先に居酒屋を出て行った姿を見送り終わると、彼女と目が合った。とんとん、と彼女の隣を指差してこっちに来いと言われている。たいそうご立腹らしい。
「どうしたんすか?」
隣に来た俺を睨んで、手に持っていたグラスを一気に飲み干したかと思うと、店員に日本酒を頼む。
「日本酒なんて飲めるんですか?」
純粋な疑問から訊ねた言葉には答えが返って来なかった。
「何話してたの?」
いつもの優しい声じゃなかった。冷たく突き放すような声に怒っているのが伝わってくる。
「何って、世間話ですよ。一応上司なんで、あの人。」
日本酒が届いて手酌する姿に、注ぎますというと、いい、とピシャリと断られた。
「私のこと、何か話した?」
そういえばカカシさんも最後に日本酒を飲んでいたな、と頭の隅で思う。
「あの人が、こういう席で私の方見るなんてあり得ない。」
彼が彼女に鋭い視線を投げかけたのを思い出した。
「何言ってた?」
今にも泣き出しそうな顔で俺の目を覗いてくる姿に胸が掴まれる思いがする。抱き締めて今すぐ不安を全部取り除いてやりたいと思った。衝動を抑えるように目を逸らして、気まずさと闘いながら口を開く。
「あー、最近働き詰めってことを指摘するときに、ちょっと、名前を、お借りしました。」
「何て?」
「最近会えてないって言ってましたよ、みたいな。」
窺うように其方を見ると、目を見開いていた。
「あ、でも、その後、ちゃんと、昔みたいに皆でバカ騒ぎすることもなくなったな、って言ってたってことも、伝えて。」
言葉を切り取った訳ではないことを慌てて伝える。お猪口をグッと飲み干す姿が見える。ふと彼女の手元にいつもはスタンバイされているグラスがないのが目に入る。
「あれ、烏龍茶頼んでないんすか。」
すみませーん、と店員を呼び烏龍茶を何杯かまとめて頼む。その間にもお猪口がまた液体で一杯になる。
「何て言ってた?カカシ。」
初めて彼女がその人の名前を出した。声が震えてて、泣きそうなのは一目瞭然だった。
「いや、はぐらかされて、特には。」
タイミングよく届いた烏龍茶を渡し、飲ませようと半ば強制的に手渡す。
「奈良くんについても何も言わなかった?」
グラスを受け取らない姿に少し違和感を覚える。いつもと違う雰囲気に相当酔ってると踏み、気にかけずグラスを手渡す。渋々と言った感じで飲む様子を見守った。気付かれないようにそっとお猪口と徳利を遠くに押しやる。
「ね?」
アルコールが回ったのか目線が覚束ない。距離感が掴めないのか異様に近い位置に顔があった。急いで距離を取るように、視界に入った別の烏龍茶のグラスに手を掛ける。多目に頼んでおいた自分を褒めてやりたい。
「え、と、言ったら、ちゃんと茶、飲みます?」
「飲みます。」
敬語で言い正座になった彼女につられて自分も正座になる。
「名前さんが、その、好きなら、俺にお伺い、立てる必要はないよ、と言われました。」
言いながら恥ずかしくなって顔を俯ける。
「それで?」
容赦なく続きを促された。酔うとこういう感じになるのか、というのは新しい発見だった。
「あ、あの、あんまり言いたくないんですけど。」
「なんで?」
「いや、てか、言ったんだから飲んでください。てか、近いっす。」
あ、ごめん、と素直に距離を取ってくれる。
「でも、続き聞きたいな?」
「…甘えてもだめですよ。」
「えー、シカちゃん、教えて?」
膝の上に置いていた両手を取ってぶんぶんと振られる。シカちゃん。いつも先輩にからかわれる時に呼ばれる呼び方だ。そういえば彼女と先輩は同期だったから、自分知らないところでその呼び名を知る機会があったのか。一気に顔が熱くなる。
「だめ?」
「あの、手。」
「この前、もっと凄いことされた気がしたけど。」
「い、や、あれは、その、雰囲気というか、なんというか。」
「何ー、名前、シカマルに説教してんの?されてんの?」
席を外していた人が戻ってきたようで、俺たちが正座して向かい合う異様な光景を見つめる。
「ふふ、されてた?かな。」
「してないですから!」
完全に酔ってるらしく、いつもよりも笑顔が緩んでいる。可愛いな、とそっと思う。声を掛けた男が向かいの席に座る。彼女の隣に女がやって来て座ると仲が良いのか両手を広げて抱きつき始めた。
「あれ?この子酔ってる?」
「みたいです。一応、烏龍茶頼んだんですけど飲まなくて。」
「珍しいわね。何か嫌なことでもあったかー?」
ふざけたようにそう言われて、ニコニコと機嫌良さそうに笑ってテーブルに向き直った。
「そういや、カカシさん帰ったんだな。」
向かいに座っていた男が地雷を投入してくれたおかげで、先程までのやり取りを思い出したらしい彼女が俺に向き直る。
「そうだった。で?何だったっけ?」
「何の話?」
「奈良くんがカカシと話してたから、何話してたか聞いてたの。ねー?」
そう言って首を傾げニコニコと笑いかけてくる。可愛いな、くそ。じゃなかった。
「本当ただの世間話なんすけど、名前さん酔っちゃったみたいで、気になるの一点張りで。」
「世間話なんかいちいち覚えてないだろ。困らすなよ、後輩。」
「ごめん。」
男の言葉にシュンとして謝る。
「じゃあ、これ、飲んでくれたら許します。」
いいチャンスとばかりに今度こそ烏龍茶のグラスを差し出すと受け取って素直に飲み始めた。
「そろそろお開きにするか。」
幹事だったらしい目の前の男がそう言って、ゾロゾロと店を出て行く。
「名前さん、立てます?」
「ん。大丈夫。ありがと。」
大丈夫と言いながら差し出した手にしっかり掴まって立ち上がる。
「シカちゃん、紳士だな。」
介抱する姿を見たのかゲンマさんにいじられる。
「ふふ、できた男でしょ?妬ける?」
自分の物を自慢するように言われ胸が高鳴る。
「それ、お前にだけだからな。」
「ゲンマさん、俺、前回、酔い潰れたの、家まで送りましたよね?」
慌ててそう言うと、あーそうだったな、サンキューな、と思ってんだか思ってないんだか言われた。店先で解散するとそれぞれの方向へ人が散って行った。