05

「名前、背中乗るか?」

ゲンマさんが心配そうに俺の隣の彼女に訊ねる。

「んーん、平気。歩けるよ。ありがと。」

そう言って背伸びして*にキスする姿を唖然として見つめる。

「相当酔ってんな。またカカシさんに怒られるぞ。」
「俺の大事な部下に悪影響与えないでちょーだいよ!って?」
「似てないから。じゃあ俺こっちだから、気を付けて帰れよ。」
「ありがと。ゲンマ。」
「お疲れ様です。」

結局同じ方向なのは俺達二人だけだったようで並んで歩く。

「家近いんですか?」
「うん。そういえば奈良くんのご実家?一族?の近くだって聞いたよ。」
「結構距離ありますけどね。」
「ふふ。今は実家?」
「いえ、近くに一人暮らしを。」
「そっか。」

よたよたと歩くのをいつか転ぶんじゃないかと、ひやひやしながら見守る。

「酔ったらカカシさんに怒られるんですか?」

先程の会話を思い出して訊ねる。

「んー、奈良くんに甘えた時だけ、かな?」
「え?」
「ふふ、何だかんだ部下思いだよねーカカシ。」
「いや、妬いてんじゃないすか、普通に。俺、いつか刺されたりしませんよね?」

ツボにハマったのか涙を流して笑う姿に唖然とする。笑いすぎて歩けないようで、フラフラと壁に手をつく。

「大丈夫っすか?」
「うん。」
「吐きます?」
「ううん。本当に大丈夫。」
「あんたの大丈夫っていつも大丈夫じゃないですからね。」

そう言うとキョトンとこちらを見られる。

「気付いてなかったんすか?大丈夫って言いながら毎回俺に素直に助けられてくれてますけど。」
「気付いてなかった。そっか、それであんな怒ってんのか。」
「?」
「ね、やっぱ大丈夫じゃない。」
「え?」
「腕貸して?」

気持ち赤くなった顔でそう言われ、差し出した腕を絡め取られる。されるがまま腕を組んでいる。

「あ、あの、」
「やだ?」
「いや、むしろ嬉しいっすけど、これは?」
「嬉しいのか。それは良かった。」

俺の質問には答えず歩き出す。酔ってると人肌恋しくなるタイプなのかもしれない。

「カカシ、何て言ってた?私のこと。」
「え、と、先に言っときますけど、俺の言葉じゃなくて、あの人が言った言葉ですからね。」
「うん。」
「あいつは、変なとこ強がりで素直じゃないから、お前みたいに、えっと、優しくて、細部に目の届く奴と一緒になると、幸せになれるんじゃないかな、って。」

恥ずかしくて尻すぼみに言う。何も言わない彼女の方をそっと盗み見ると、顔を真っ赤にしていた。その反応は意外だった。

「え?」
「え?あ、そうだったんだ。教えてくれてありがと。」

酔いが冷めたのか何なのか、パッと絡めていた腕を離して歩き出す。

「あの、」

もしかして、と思い浮かぶ。彼女はカカシさんを好きな訳ではなかったのだろうか。彼女の行動や言動から何となくそうなのかと思っていたけど、別に確認した訳ではない。

「あの、もしかして、好きな人、カカシさんじゃないんすか?」

目をまん丸にして、こちらを見られる。

「え、違うよ?!違うから!」
「そんな否定しなくても。」

カカシさんに少し同情する。じゃあ、別に好きな人も付き合ってる人もいないのに、俺は無理ってことか?それはそれでキツイものがある。

「あれ、じゃあ彼氏って?」
「残念ながら、おりません。」
「彼氏はいないけど、婚約者はいる、とか、旦那はいる、とかは無しですよ。」
「お姉さんの傷抉らないでくれるかな?」

ニコリと笑ってそう言う姿はいつも通りのその人だった。

「あー、そうですか。はは。」

乾いた笑いを零した俺を心底不思議そうな顔で見られる。

「?奈良くん?」
「単純に俺は無理って感じですよね。すみません。なんか、悪足掻きしちゃって。」
「あのね、」
「大丈夫です。こうならないように、やんわり断ってくれてたんですよね。分かってるんで。それ踏みにじったのは俺なんで。」

このまま酔った彼女を夜道に置いてなんて行けないけど、自然と足を動かすのが速くなる。

「ね、待って。」

随分後ろから声が聞こえて、はっと立ち止まる。振り返ると急に動いたからか、電柱に手をついて座り込む姿が見えた。

「あ、の、すみません、大丈夫ですか?」

駆け寄って声をかける。

「うん、ちょっと休めば平気だから、気にしないで。」

隣に座り込んで背中を撫でる。

「カカシは、小さい頃家の近くに住んでて、それからもいろいろ面倒見てくれた、お兄ちゃんみたいな人なの。」

そう言われてみれば、カカシさんがこの人の事を話したときの口調は見守る人のものだったような気もしてくる。何も言わない俺に構わず続ける。

「私、恋愛あんまり上手くなくて、毎回だめにしちゃうから、毎回カカシに相談してるんだよね。」

俺の知る姿からは恋愛が苦手というのは意外だった。

「なんか、付き合うとイメージと違うらしくて。だから、好きな人と付き合うの怖くなっちゃって。」

そこまで言うと顔を上げた彼女は涙に目を潤ませていた。

「それでカカシに纏わり付いて、いい加減にしなさいよ、そんなだから勘違いされちゃうんでしょーよって言われるくらい。」

自嘲して笑う姿に、あの日寂しそうに目線を向けていた姿が重なる。

「奈良くんが言った、カカシの言葉が本当ならいいな。」

都合よく解釈しようとする頭に喝を入れる。俺と話してる最中に不安そうにカカシさんを見ていた目。カカシさんの言葉。好きな人と付き合うのが怖いという彼女の言葉。

「そんな事言われたら期待します。」
「うん。いいよ。」
「でも、俺に苦手って。ごめんって。」
「モテる人苦手なんだよね。でも、奈良くんはモテそうだけど、なんでか、好き。だから、ごめん。」

顔を真っ赤にしてそう呟くその人を思わず抱きしめていた。

「なんですか、そのくそわかりにくいの。」
「ごめん。言い訳するとね、奈良くん、凄くストレートに好意ぶつけてくれるから、嬉しすぎて怖くなって。」

恥ずかしそうに言う姿に、思わず唇を重ねた。一度唇が離れて目が合う。

「名前さん、俺と付き合って貰えませんか。」
「は、はい。よろしくお願いします。」

綺麗に微笑んで彼女の視線がまた伏せられた。伏し目がちな目に誘われるようにもう一度重ねる。柔らかい唇がゆっくり離れていくのが名残惜しい。

「悔しいけど、当たってますね。」
「?何が?」
「カカシさんが言ってたこと。変なとこ強がりで素直じゃない。」
「返す言葉もないです。」
「今日、なんであんな酔ってたか、聞いていいですか?」

顔を合わせると気まずそうに俯かれる。

「カカシ、奈良くんに私のこと言っちゃうんじゃないかって気が気じゃなくて。」
「酔ってると素直ですね。」
「…どっちが好き?」
「まぁ、両方っすね。」

俺の言葉に嬉しそうに笑って立ち上がる。もうだいぶ酔いが覚めたのか、いつもの表情だった。隣に並んでゆっくり歩き出す。

「じゃあ、あれは?ゲンマさんの。」
「?ゲンマ、何か言ってたっけ?」

遠慮がちに腕に乗せられていた手が離れる。

「さっき、帰るとき。」

俺の顔が不機嫌になっていくのか、少し焦ったような表情で顔を窺われる。

「キスしただろ。」

自分でも驚くくらい不機嫌な声だった。

「シカちゃんもして欲しい?」

そんな声を気にしていないのか小さく笑みを携えて、勝つと分かってるようなあのいつもの目で聞かれる。

「いつもあんな事してんすか?」
「んーん、酔った時だけ。だから酔わないように気を付けてるでしょ?」
「そうですか。」
さも当たり前であるかのように言われて苛立つ。嫉妬なんて格好悪くて決まり悪くて口を噤む。
「シカマル。」

彼女の優しい声で下の名前が呼ばれて思わず足を止める。片方の肩に手を置かれたかと思うと、*にチュッと柔らかい感覚がした。

「ごめんね?今度から気をつけるから、許して?」

困ったようにふわっと微笑むと、また俺の腕に手を乗せて歩くよう促された。まだ喋らない俺の顔を覗き込んでくる。

「酔うのは俺と居るときだけにしてくださいよ。」
「ふふ、はーい。」
「俺的には男と2人で飯は完全アウトなんで。出来ればカカシさんとも。」
「肝に命じておきます。」
「手繋ぐのもハグもほっぺにチューも、あと露出多い服もダメっす。キス以上は論外っすから。」
「私、そんなオープンな女じゃないから。大丈夫だよ。」
「あと、夜帰り遅くなるときは、迎えに行くんで、一人で帰らないでください。」
「…奈良くん忙しいのにそんな時間ある?私そっちの方が心配なんだけど。」
「そうだ、休み合わせて取りたいんで、今度教えて貰っていいですか?」
「それはもちろん。」
「あの、」
「なーに?」
「合鍵、渡しといていいですか?」
「…奈良くん、信用して貰えてるのは嬉しいんだけど、早くない?付き合うと毎回そんな感じで渡してるの?お姉さんビックリなんだけど。」
「自分のこと、お姉さんって言って予防線張るのも禁止です。もう張る必要ないですよね?」
「え、もう癖になっちゃってて自分でも知らずに言ってるときとかあるんだけど。」
「それと、」
「はい。」
「下の名前で呼んで貰えると嬉しいです。いつか、お互い奈良になるかもしれないし。」
「え、」

顔をほんのり赤らめる姿に*が緩む。立ち止まって肩を両手で掴んで向き合う。

「さっきみたいに、呼んでみてください。」
「う、うん。」

じっと見つめると恥ずかしそうに俺の名前を呼んだ。

「もう一回。」
「シカマル。」
「もっかい。」
「シカマル。」
「俺がいいって言うまで。」
「ちょっと、こんな公道で、普通に恥ずかしいんだけど!」
「じゃあ、俺の部屋に場所変えません?」
「え?」
「ここの5階なんですけど。」

親指で指した方に目をやってポカンとする彼女の次の言葉を待つ。

「奈良くんさ、強かすぎてたまに恐怖すら覚えちゃうんだけど。」
「…それどっちなんですか?」
「お、お邪魔します。」

なんだかんだ、お互い一筋縄じゃいかない者同士、うまくいきそうな気がした。