その男は容姿が良かった。背が高くて男らしくて顔が端正で自信に満ちた表情が似合っている。白のタキシードを着て私がゆっくりと歩いていくのを待ってくれている。歩きながら両脇にある参列した人の顔を見回す。身内だけを呼んだ簡素な集まりだ。恥ずかしがりな祖父が目に涙を溜めている姿が見える。妹が嬉しそうな笑顔を向けてくれる。あまり性格が合わず会えば険悪になっていた母がハンカチで目元を押さえている。私のことをこれでもかと可愛がってくれた祖母が目を赤くして口を手で覆っている。歩みを止めて腕を組んでいた父を見上げると、嬉しいんだか寂しいんだか薄く笑った。しっかりと笑顔を向けてその手を離すと、向かいに立っていた男が私に手を差し出す。その手を取って横に並び正装した男の人の言葉を静かに聞く。
「誓います。」
隣で低い声が響く。
「名前さん、あなたは右隣の方を夫とし神の導きによって夫婦になろうとしています。」
今度は私に言葉を向けられる。
「汝、健康の時も病めるときも富ときも貧しき時も、幸福の時も災いにあうときも、可能な時も困難なときも、これを愛し敬い慰め遣えて共に助け合い永久に節操を守ることを誓いますか?」
映画やテレビドラマで聞いた時には何とも思わなかったが、改めて当事者として聞くととても重たい言葉に感じた。人生を共にする、結婚する、ということはそういう事なのだと思い知らされる。チラリと右隣の人を見ると優しく微笑まれる。
「誓います。」
私の口からその言葉がでると、また神父が言葉を続ける。無宗教とは言っても神の御前だと言うのはやはり身を引き締めるような気がした。左手の薬指でシンプルなデザインの指輪が光る。私の好きなブランドのオーソドックスなデザインだ。彼の顔が近づいてきて唇に優しく触れた。祝福の拍手を全身で浴び、笑顔を向ける。ほっとした表情の両親に心がチクリと痛む。生きてる間に見られて良かった、と泣いて喜んでくれる祖母につられて涙を流す。結婚式は花嫁が主役なんて言うけど、やっぱり一番はお世話になった人の為にあるんだなと何気なく思う。結婚式をしてよかった。
彼と初めて会った時、低めの声で簡潔に挨拶されて一瞬時が止まったようだった。完璧過ぎる程に完璧だった。こんなに綺麗な人が世の中に存在するのか、と不思議に思ったくらいだ。口数は少なそうだがこういうことに慣れているのか、特に緊張している様子ではなかった。
「依頼された内容は交際相手並びに結婚相手としての偽装、期間は1ヶ月、でいいんだよな?」
淡々と契約内容を確認され、迷うことなく返事をした。違反事項や契約範囲を事務的に説明したかと思うとハンコを求められる。一度目を通して押印し、前金の入った封筒を差し出した。
私と彼は、ただの契約関係だ。