空は青く見えましたが。

枕元で響く機械音で目が覚めた。乾いた砂のような色のそれを、手のひらで叩いて黙らせた。机に置いてあった、グラスがうっすらとピンク色のメガネをかける。一気にほんとうの色を取り戻した世界に、思わず頬が綻んだ。いつまで経ってもこの感覚は慣れなくて、この世の全てに感謝したくなるから不思議。
サッと支度を済ませて外に出て、学校へ歩く。道端にちょこんと咲くお花にだって、今までは全く興味がなかったのに。色ってすごい。
すこし歩いて、ふとなんとなく振り返ると、小さく犬飼くんの姿が見えた。目が合うと、彼はにっこり笑って、小走りでこちらに来てくれた。
「あはよー露草ちゃん」
「おはよう、犬飼くん」
特に、待ち合わせをしていたわけではない。朝はいつも同じ時間で、偶然会うのだ。だから、毎朝たわいもない話をしながら一緒に登校する。どちらかが日直のときは、早く行かなくちゃ行けないからひとりだ。少し寂しい。だって、ひとりは嫌だもの。
「そういえばさ」
「なあに?」
「露草ちゃんのサイドエフェクトって、色がわかるんだって?」
あれ、ちゃんと話したことなかったっけ。記憶を掘り起こすけれど、たしかに話した覚えがない。特別すごいわけでもないから、自分からは言わないんだな。自慢にもならないし。
「そうだよ。触ったら温度でわかるの。暖色はちょっぴりあったかくて、寒色は少しだけ冷たいの。」
へえ、とあいづちを打って、犬飼くんは少し考えるように黙り込んだ。
「ねえ、ちょっとメガネ貸してくれる?」
「いいけど…あ、でも掛けないほうがいいよ?普通の人が掛けると、たぶんあんまり良くないから」
「あー、やっぱりそういうのあるんだ」
彼にメガネを渡すと、レンズや柄をしげしげと眺めていた。急にわたしを見てにこりと笑うと、彼は楽しそうに言った。
「ちょっと前向いててね」
言われた通り前を向くと、犬飼くんが見えなくなった。横並びで歩いているから、当たり前だけれど。いったい何をするんだろう。
「右手借りるね」
「え、うん」
何かしたいんだなあ、と思いながら、彼の方を見ないように右手の力を少し抜いた。彼はわたしの手を持ち上げて、そしてそっと何かを置いた。なんだかやわっこかった。
「これは?」
犬飼くんが言った。ほんのりと暖かかった。赤色よりはぬるかったから、近い色のはず。
「だいだい色?」
「残念」
見ていいよ、という彼の言葉を合図に、わたしは右手を確認する。そこには、彼の指がのせられていた。
「あったかかった?」
彼はにっこり笑った。セピア調の世界の中では、彼の瞳の空色は見えなかった。
「メガネ…」
「あぁ、ごめんごめん」
メガネを返してもらって装着すると、また世界に色が戻った。
ぐ、と息が詰まった。セピア調の世界ではわからなかった、彼の瞳の青空が、そこにあるものだと思い込んでいた。けれど彼の空は、今にも雷でも落ちてきそうで、どんよりと不気味に曇っていた。
「露草ちゃん、手冷たいね。寒い?」
「ううん、そうでもないけど」
「ちょっと分けてあげようか?おれのだいだい色。」
「あはは、ありがとう」
握った手はたしかに暖かかった。ふと空を見上げると、そこには澄んだ青空が広がっていた。
うん。やっぱり気のせいだ。
ついさっき見た曇天は、忘れることにしよう。

prev list //
top