美味いラーメン

クラスの女の子は、正直言って苦手だ。話が合わない。笑うポイントがわからない。彼女たちは日々、愚痴と文句と反論で構成されている。私にはあまり理解ができない。でも、誰にでも分け隔てなく、私は接する。誰かに嫌われるより、猫を被って我慢した方が、何倍もマシだ。
「アズサー、帰るぞー」
ドア口を振り返れば、遊真とオサムくん、チカちゃんが立っていた。私は話していた女の子たちにバイバイを言って、四人で並んで帰路についた。
「アズサさ、さっきの人たちのこと好きじゃないだろ」
「え?」
突然遊真が言った。学校から離れてからその発言をしたのは、彼なりの気遣いだろうか、とも少し思った。
「わかりやすかった?」
ああ、やだな、綺麗に塗装したつもりだったのに。握った手にじんわりと汗が滲んだ。
「僕は別にわからなかったけど…」
「私も。遊真くんは、サイドエフェクトで?」
「まあな」
なくてもわかったけど、と彼は、頭の後ろで腕を組んだ。ふわりとシトラスの香りがした。今の私には、刺すように冷たく感じた。
できれば気づかれたくなかった。
「何でそんなムリするんだ?辛くないの?好きなフリするのって」
「ちょ、おい、空閑…」
言葉を選べ、とオサムくんが軽く遊真を小突いた。
「すまん」彼が言った。「いいよ、別に」私も言った。
「美味いラーメン屋があったとする。」
「ほう?」
生ぬるい風が肌を撫でた。今日はやけに蒸し暑かった。
「作る側は、食べるのがどんな人か知っていたら、その人の好みの味を作る。だがそうはいかない。食べる人がどこの誰かも、塩辛いのが好きなのかも、薄味が好みなのかも、何もわからん。だから、定評を得やすい濃いめの味を作る。誰にでも好かれやすい味は濃い味だ。ラーメンに限らず、ご飯屋さんはしょっぱいものが多いのはそのためだ」
へええ、とオサムくんとチカちゃんが声をあげた。遊真が一人首を傾げる。
「して、そのココロは?」
「つまり、ボクがやってるのもそれと同じ原理なのさ。誰にでも好かれるように、ボクは濃いめのラーメンになる。でも、濃い味は食べすぎると飽きちゃう。だから少しずつ味見をさせるんだ。もう少し食べたい、というところで一旦距離を置く。その程度が一番丁度いい。
付き合いが長い人には、濃い味を作る意味はないから距離を置く必要も無いわけね。」
ふうん、となんでもない事のように、空閑はあいづちを打った。何でもなかったのかもしれない。或いは、そう装ってくれたのかもしれない。
「でもやっぱり、それじゃ涼宮が辛いんじゃないか?」
オサムくんが言った。予想出来ていた言葉だった。しかし改めて言われると、目の奥が押し潰されるように痛かった。オサムくんは、いつだって綺麗だ。
「ボクにとって、取り繕うのはそれこそ、濃いラーメンを作るのと同じ感覚なのさ。それ以上でもそれ以下でもない。ラーメンを作る時にストレスは伴わないし、むしろ楽しいと思うことさえあるよ」
ちらりと盗み見た空閑の瞳が、一瞬だけ黒く光った。
ああ、間違えたな。これは嘘だったか。後できっと、やんわりと問い詰められる。この場で何も言ってくれないのがありがたかった。
「この世界を、自分が生きやすいようにカスタムするんだ。ね、案外面白いよ?」
にっこりと笑って見せた。みんなに心配をかけないように。ボクは楽しくてやっている。そう信じてもらうための笑顔だった。
オサムくんもチカちゃんも、微妙な顔をしていた。これでいい。当たり前の反応だ。
「おれたちは、濃いラーメンは好きじゃないよ」
空閑が言った。冷ややかな瞳だった。深い深い海の底のような、或いは、高い高い空の向こうの、宇宙の果てのような。それほどまでに、彼の瞳は遠くにあって、ボクに居場所を悟らせなかった。
「食べさせたいだけさ」
「エゴだな」
「エゴだよ」
私は彼の顔を見ないまま、遠くの道に揺らぐ陽炎を睨んだ。不自然な声で蝉が鳴いた。押し寄せる熱気が背中にダイレクトにのしかかり、息が苦しかった。
不意に、彼の大きな手のひらが、私の指先を掴まえた。私の指の先から、爪の形から、ぜんぶを確認するように、彼は私の指を撫でた。やがてぎゅっと強い力で、でも痛くない、不快でない強さで、彼は私の手を握った。オサムくんとチカちゃんに気づかれないように、私はそっと、空閑の男の子らしい腕に頭を寄せた。

prev list //
top