涼宮と初めて会ったのは、中学生の頃だ。彼女は転入生だった。顔立ちの整った人だと思った。今まで誰かを美人だと感じたことはなかったが、彼女は確実にそうだと、一目見て確信した。
さらに驚いたのは、彼女が秀才だったことだ。俺はそれまでのテストで、全教科一位をとってきた。しかしそれをあっさりと越えられてしまった。しかも一教科だけでなく全教科で。
最初に俺が抱いていたのは、嫉妬やら劣等感やら、汚い感情ばかりだった。俺は美しい人間にはなれなかった。
「キミも図書委員だよね?」
初めて話しかけられたのはその時だ。
「…そうだよ」
「よろしくね」
「ああ、よろしく」
その程度の会話だった。彼女は仕事のできる人だった。貸し借りの手続きも早く覚えて早くこなした。ただ、本の整理に関しては俺の方がよくできた。彼女は高いところを整理するには、身長に難があったからだ。
「上の方、俺がやるからいいよ」
「え?」
いっぱいに背伸びしている彼女に、思わず声をかけた。俺から話しかけたのは、それが初めてだった。
彼女は数回、その大きな金色の瞳を瞬いた。そしてすぐに微笑んで、鈴のような声で「ありがとう」と言った。
「いいなあ。背が高いのは羨ましい」
「女子は小柄な方が…可愛いよ」
うーん、と彼女はうなった。まあ本人なりに悩みがいろいろあるのだろう。長身の人が低身長になりたがるのと同じことだ。
「低身長ってだけでイコール可愛いってわけではないでしょ?」
「涼宮は可愛いよ」
また彼女は目を丸くした。
「いや、違うか」
涼宮は目を白黒させて首を傾げた。頭上に浮かぶクエスチョンマークが見える気がした。
「綺麗だよ、涼宮は」
窓から差し込んだ夕日が辺りを照らす。赤くなった頬が目立たないからありがたかった。
「あは、ありがと。初めて言われたなあ」
「えっ、ほんとに?」
「ほんとに」
うふふ、と彼女は笑った。笑顔がほんとうに似合う人だ。無意識に、本を持った手に力がこもる。この人は、やっぱり可愛い。綺麗でもあるが、可愛いんだ。笑うとぐんと幼くなる。あどけなさの残る笑顔は、やっぱり可愛い。
同じ高校に進学した。俺も涼宮も、もっと上の高校を選択できるだけの実力があった。だけど俺たちはそうしなかった。明確な理由は、俺にはない。
一年の時は同じクラスで、まあまあ話す機会もあった。問題は今、二年になった今だ。ただでさえ個々で選択科目が異なり、クラスで集まることが少ないというのに、クラスまで離れてしまった。
俺はなんとなく、彼女が忙しくなさそうな時間に顔を見に行っていた。
「涼宮、ちょっといい?」
「ん、どうしたのー?」
高校生になって、俺はさらに背が伸びたが、涼宮は変わらないままだ。失礼かもしれないが。
「数IIのさ、ここの問題教えてくれる?」
「ああ、これはね、式が長いけど公式に当て嵌めて一個一個やれば解けるよ〜」
屈んでさりげなく顔を寄せると、どことなく椿のような香りがした。
「どこから手つければいいかな」
「んーっとねえ」
ふっと気配を感じてそちらを向くと、長身の男子が隣に立ったところだった。確か、同じ学年の空閑だ。
「アズサ、話してるとこ悪い、現代文の教科書貸してくれ」
「オッケー、ちょっと待ってね」
彼女が行ってしまうと、俺と空閑が残された。なんだろうこの状況。謎だ。
「おまえ、アズサと仲良いのか?」
「え?あ、うん。まあね」
話しかけてくるとは思わなかったので、少し身構えた。それにしてもだ。こんな露骨な探りの入れ方があるだろうか。もう少しさりげなくやるのが普通じゃないのか。明らかに、俺と涼宮が話してるのがお気に召さないようだ。なんなんだろうこの人。
「今日現代文の授業あったっけ?」
言ってみると、彼は頭の後ろで手を組んだ。
「んや、宿題やるの忘れてたから空き時間にやろうと思って」
提出期限が今日までだった、と彼は付け足した。頭がいい方ではないのかもしれない。空閑と涼宮と、どこに接点があるのだろうか。
「はい、あったよ」
そうこうしているうちに、涼宮が戻ってきて教科書を彼に手渡した。
「今日授業ないし、返すのは帰ってからでもいいよ」
「おー」
「え?」
あまりにナチュラルに流れかけたその発言に、俺は思わず口を挟んだ。
「帰ってから…?」
あ、と二人が同時に声を上げた。顔を見合わせて、涼宮の方は微妙な面持ちである。
「ま、ナイショってわけでもないんだろ?」
「う〜〜〜〜ん…」
百面相していると、空閑が俺の耳に顔を寄せて耳打ちをした。
「アズサ、おれの彼女」
ニヤリと笑ったその顔は、勝ち誇ったような笑みに見えた。涼宮に向き直ったそいつからは、椿の香りがした。