どこかの魔術師の男の子視点
(今後一切でてきません)
梅木潤という人間を一言で表すと、「謙虚な見栄っ張り」だったんだと思う。
彼女とは、小中と同じ学校だった。しかも、なんの縁なんだかずっと同じクラスだった。だが話したことはほとんどなく、俺が一方的に眺めるだけだった。
彼女は、俺と同じ魔術師の家系の生まれだった。俺が唯一彼女に優っているのは魔術に関してのことだけだ。その力を具体的に見たことも聞いたこともないが、ただ「落ちこぼれ」だという噂だけは耳にしていた。
「困っている人を助けるのは当たり前でしょ?」
頬に傷をつくって、それでも微笑んで彼女は言った。不良に絡まれた生徒を庇ったのだ。あの噂が本当だったとしても、落ちこぼれだって魔術師の端くれなら身を守ることくらいはできただろう。しかし彼女はそれすらしなかった。
その人は、特別美人というわけでもなかった。容姿や声だって平均的で、学校内でも飛び抜けて人気があるわけではなかった。けれど、彼女は輝いているように見えた。あれは光の中を生きる人だ。直視できない光ではない。古い暖色の豆電球みたいに、柔らかな光がずっと、残像のように輝いているのだ。なるほど、魔術師には向かない。俺はただそう感じた。
あれは確か、中学2年の道徳の時間だった。テーマは「命」。よくあるトロッコ問題みたいな話だった。それについて、あなたはどちらを助けますか、みたいな意見を出し合った。
結論からいえばつまらなかった。特に正解もない話だから、ただ周りの考えがわかっただけだ。非合理的な時間に思えた。俺は自分の中の答えがいつまでも見つからず、授業が終わって生徒がほとんど下校した後も、ひとり座って考えていた。
そんな折、ガラリと扉が開いた。立っていたのは梅木だ。目が合ったが話をすることもなく、机の上に置いてあったカバンを持って出ていこうとした。
「なあ、梅木」
茶色い髪が振り返った拍子にふわりと踊る。太陽がキラキラと反射して眩しかった。
「さっきのさ、道徳のやつ。君ならどっちを助ける?」
「状況によります。より合理的で確実な方を。」
一瞬、時が止まった。覚えず彼女の顔を凝視する。彼女は少し首を傾げた。
「何か?」
「あぁ、いや…てっきり全員助けますーってタイプかと」
素直に答えると、彼女は少し面食らったような顔をしてからすぐに微笑んだ。
「助けられない存在もあります。私は最強ではありませんし、この身もひとつしかないのですから」
「そりゃそうだけどさ。思想の話だよ。全員助けられるもんなら助けたい、って思わないのか?」
彼女は無表情になり、そしてまた微笑んだ。ああそうか、この人が人前で見せる表情のバリエーションは、その2つしかないのか。
「思いません。全て、というのが全人類を含むなら、私は全てを救うことはできません。私と対立する者は、私にとっては悪。悪を救えるほどの度胸と余裕は、私にはないから」
「じゃあ君がスーパーヒーローだったら?度胸も余裕もある最強だったら、全員助ける道を選ぶか?」
「…………無意味な仮定ですね」
それだけ言って、彼女は教室を出ていった。
俺はやっと気づいた。
あの人は光などではなかったのだ。眩しいと思っていた。直視できない光だとばかり思い込んでいた。しかしそれは勘違いだった。彼女は、ブラインド越しに漏れる光を、無様に這って吸い込んで、そうして辛うじていきていたのだ。
この暗すぎる世界を理解し、それでもなお光であろうと生きている。つまりは極度の強がりなのだ。暗い世界ならせめて照らしてやろう、とでも言わんばかりに、あの人は表面的な安い光を発し続けていたのだ。暗くどす黒い海を漂う星屑のように。
飽き飽きした。興ざめだ。結局あいつも、俺を救ってはくれないのだ。