例えるなら、それは一滴の墨汁

おちこぼれだと言われました。
いいえ、両親にではありません。何も知らない傍観者たちに。彼らは私を指さして言うのです。
「梅木家も、もう終わったな」と。
両親は言います。「気にする事はない」と。それどころか、辛いなら魔術をやめても構わないと。最早私には、期待などなかったのです。しかし私はやめなかった。絶対にやめようとしなかった。私は並の魔術師にも及びません。それだけでも恥だというのに、魔術から目を背けるなど、そんなことは許されないと思った。魔術師の家系に生まれた以上、この名を背負った以上、我が一族の紋を穢すわけにはいかなかったのです。


「どうしたものかな……」
ドアの隙間から漏れる光。零れてくる父の声と、母のすすり泣く音。
「せめて、|潤《﹅》が生きていてくれたら…」
確かにそう聞こえました。父は確かに、私の名前を口にしました。けれど、彼の発した固有名詞が指す人物は、私ではないのだと思いました。直感的に、そう思ったのです。
それから私は調べました。「梅木」にいたはずの「潤」という人物の影を、ただひたすらに追いました。
捕まえるのは、案外簡単でした。その人は母の日記の中にいました。梅木家に存在するはずだった「梅木潤」とは、
私の、実の兄でした。
流産だったそうです。彼らが泣いて求めた潤とは、人としての輪郭を辿る前に地上に堕ちてしまった個体の名でした。彼につけられるはずだった名前が私につけられたのだと、ようやく気がつきました。
父と母の中では、兄は優秀だと決まっていたようです。
彼らにとって期待を抱く対象とは、生きて魔術を学ぶ私ではなく、死んで二度と口を聞けなくなった兄だったのでした。
両親は私に期待しない。
努力すれども結果はでない。
しかしそれらは、立ち止まる理由にはなり得なかった。もっと決定的な言い訳があれば、どれだけ楽だったことでしょう。


もう、疲れました。


兄であったはずのその人に、一切非はない。けれども私は思ってしまうのです。彼が、私よりおちこぼれであればいいと。

***

酷い悪寒で目を覚ます。ああ、全て夢だったのだ。遠い昔の夢だった。
五感が著しく鈍っていた。いつも聞こえるはずの機械的な音も、この部屋の匂いも、何も感じなかった。いつの間にか、私は体を起こしていた。蹲るように背を丸めていた。
遠くで叫び声が聞こえた。喉が焼け焦げるように痛むから、叫んでいるのが自分だと気づいた。

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