白銀の誉

物心ついた時には既に、私は自分の立場を理解していた。自分は人より上手くできない。いくら努力しようとも、それは埋まらない溝なのだと。
勉強は人一倍努力した。だから人より少し出来た。運動も、学校で習う範囲なら標準程度の成績を保てた。けれど、魔術は。あれは根本的な問題だった。私の魔術回路は酷く脆い。魔術を育てようにも、力の通り道が壊れやすいのでは話にならない。こればかりは頑張りようがなかった。
けれど私は頑張らなくてはならなかった。立ち止まってはいけなかった。
両親は私に愛をくれた。だから私も、相応のもので応えたかった。
背の高いヒールを身につけた。自分の意思で背伸びをした。それでも、強くなるには足りなかった。

そしてある時、最愛の母が死んだ。私は11歳だった。
聖杯戦争で負けたそうだ。私が強ければ一緒に行って、守れたかもしれないのに。死ぬのは私で済んだかもしれないのに。
空葬いだった。あの日だけは、父は抱きしめてくれなかった。
それから私はもっと高いヒールを履いた。ブラックコーヒーを飲んだ。美しいドレスを身にまとった。母が褒めてくれたこの笑顔を、私は懸命に守った。私は母に顔が似ていた。であれば、私は笑っていなければならない。常に笑えるように努めた。そうすれば、父だって笑ってくれたから。

13歳の頃から、私はイギリスに留学していた。魔術協会の力を借り、私の魔術回路がどうにかならないものかと研究を進めていたそうだ。その時の私は何も知らずに、ただ新しい世界に順応するので精一杯だった。
「ジュン、ここは君にとって、楽しむべきではない場所なのかな?」
それがいつだったか、そう問うたのが誰だったかも覚えていない。しかし男は、はっきりとした口調でそう言った。
「なぜですか?」
出された紅茶にミルクを注ぎ、私はそう返す。
「君の纏う雰囲気はいつも、悲哀と寂寥で満ちている」
目を閉じたまま聞いていた。その言葉に、私は驚かなかった。否、驚かないようにした。
「さあ。気のせいでしょう」
隠し事は紅茶と一緒にかき混ぜて、飲み干してまた閉じ込めた。

14歳の誕生日がきた。朝起きたら父が死んでいた。その日から、私の誕生日は喜ばしいものではなくなった。
父が亡くなったと同時に、知らない男が父親になった。血縁関係でもない、全く面識のない人物だ。その男は英国人で、高い地位を持っているらしかった。
私が彼と過ごしたのは、たった2週間だけだ。その期間だけ、私の姓は片仮名になった。
2週間でダンスを覚えた。
2週間でロシア語を覚えた。
2週間で食事のマナーを身につけた。
2週間で歌のレッスンを受けた。

たった2週間で、私は母の笑顔を忘れた。

写真を見た。けれどその顔は、私の記憶に残っているものとは違っていた。私はその時初めて気がつく。笑顔とは、全て同じでは無いのだ。同じ人物の笑顔でも、ひとつひとつ、その色は異なるものなのだ。私は鏡に映る自分に微笑みかける。はあ、そうか。私の笑みには色がなかった。

「ジュン、出かけるよ」
そう言った彼の後ろに続き、何日もかけてたどり着いた簡素な建造物。中に足を踏み入れると、近未来的な雰囲気がチクチクと私を蝕んだ。
「今日は少し用事でね。待っていられるかな?」
「はい、父上」
彼の後ろを歩きながら返答する。この人は、絶対に私の隣を歩かない。私に隣を歩かせない。|お父様《﹅﹅﹅》なら、いつだって手を繋いで歩いてくれたのに。そう思いかけて、心の中で首を振った。何を馬鹿なことを考えていたのだろう。他人と他人を比べたって、得られるものなどあるはずがない。
「もうすぐつくよ」
「はい、父上」
彼がある扉の前で立ち止まった。同時に自動で扉が開く。
「久しいね、アニムスフィア」
父上は軽く一礼した。
「この子は娘のジュンだ」
私は右手を胸にあてがい、左手でドレスの裾をつまんでお辞儀をする。これもこの人の教育だ。この人は、私が言うことを聞くと機嫌が良くなる。まあ、誰だってそうに違いないが。
「ジュン、これから私は彼と話をする。アニムスフィア、書庫を借りても?」
「もちろん」
アニムスフィア、と呼ばれた人物がにこやかに答える。父上はもう一度扉を開け、通りがかったスタッフらしき人に声をかけた。
「書庫まで案内を頼めるかな?」
「え?あっ、はい!」
事情は把握していたのか、驚いたもののすぐに対応してくれた。私は再び部屋に戻る父上を見届けると、スタッフの女性の後ろに続いた。
「ここが書庫です。お父上のご用事が済んだら呼びに来ますね」
「ありがとうございます」
お辞儀をして礼を告げると、彼女もぺこりと頭を下げて去っていった。
書庫は案外広かった。それでもお父様の書斎の方がずっと本が多かったが。
その場所で私は1時間待った。2時間待った。3時間待った。数えるのに飽きてきたとき、書庫の扉が開いた。
入ってきたのは、ここのお医者様の1人のようだった。戸惑う彼から話を聞いた。

父上は、私を置いてここを出た。

まあ、つまりは捨てられたのだ。予想していたことだった。驚きもしなかったし、別段悲しみを抱いたりもしなかった。
これからどうすればいいかと尋ねてみれば、どうやらこの施設で衣食住を保証してくれることになったようだ。
「悲しく、ないのかい」
その人は苦しそうに言った。なぜ彼がそんな顔をするのだろう。所詮他人事で、感情移入の必要などないというのに。
私は微笑んでみせると、彼はさらに顔を歪めた。失敗だったかな。いや、いいはずだ。正しいはずなのだ。私は、何一つ偽っていないのだから。
それから私はカルデアで過ごした。幸運なことに私にはマスター適性があり、カルデアで完全なお荷物になることはなかった。今思えば、私をここに連れてきた|あの男《父上》は、全て知っていたのかもしれないが。
その場所は知識の宝庫だった。仲間にも恵まれた。自由はないが開放感はあった。
「おはようございます、梅木さん」
私は、カルデアで生きている。
「おはよう、マシュ」
やっとハイヒールを脱ぎ捨てた。
「今日も一日頑張りましょうね」
代わりに顔にセメントを塗った。
「ええ」
私は、一体どこで間違えたのでしょうね。

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