咲き誇る骸

驚くほど感情の移り変わりが激しい人だと、僕が少し面食らったくらいだ。
僕は世界の全てを見渡す魔眼を持つ。彼女―梅木潤だって例外ではない。彼女は傍目から見てもわかるほど、心の動きが早いのだ。一瞬感情がピークに達し、すぐに冷める。そして次の感情に移る。僕にとっては好都合だった。生きるための感情エネルギーを、効率良く多く摂取できるのだから。
僕が彼女に近づいた理由などそんなものだった。同時に少し興味もあった。人間の、まだ年端もいかない子供が、ここまで感情をコントロールしきれるものかと。少なからず興味が湧いたのだ。
「君は泣かないね」
多くの兵の骸を見下ろす彼女の、悲しみの香りは最早跡形もなく消えていた。振り返った彼女の瞳は無感動なまま、しかし鋭い光を持って僕を見上げる。
「全て、仕方のないことだと思えてしまうんです」
目を剥いて横たわる兵士の瞼を、彼女はそっと撫でて閉じさせ、そのまま地面に膝をついた。
「怒りも悲しみも、人並みに感じます。しかし、どんなに腹が立っても、心が抉られるように悲しくても、目の前の事象には私が何をしたって無駄なのだと、全てははじめから決められていた・・・・・・・ことなのだと思ってしまう。そう思えてしまえば、湧き上がる感情は勢いを失ってしまうのです」
僕は彼女の頬にこびり付いた赤黒い|飛沫しぶきを指で拭った。彼女の手を引いて立ち上がらせながら、先程の言葉を復唱する。
「決められていた?」
「はい。この世界には、世界の創造主である神が存在します。その存在は世界のはじまりからおわりまでを全て、予め決めているのです。それに抗うことはできません」
彼女はまるで見てきたかのように語る。用意された小説の文字をなぞるように、淡々と。
「しかし、現にそれは起こった。今、あるはずの未来が失われている」
僕が言うと、彼女は僕から目を逸らさずに頷いた。その瞳は相変わらず、鋭い光を宿している。
「はい。今世界を終わらせようとしているのは、イレギュラーな存在。それらの行動は、神への冒涜に値します。」
それは、彼女の妄想に過ぎない。そしてそれを、彼女自身も自覚している。その上で、彼女は自分を守るために、空虚を見つめているのだ。その中に存在し得ない「何か」を、そこに在ると信じている。
「愚かだと笑いますか?」
彼女は笑顔で言った。それは酷く不自然で、それでいて違和感を抱かせない笑顔だった。感情と表情が一致していない。にも関わらず、おかしいことに気づかせない。普通の人間なら、気に留めるはずもないことだろう。
「笑わないさ。ただ…」
言葉を切った僕を、彼女は不思議そうに見上げる。一拍置いてその表情が一気に強張った。彼女は目を見張っていた。伝わる感情は、戸惑い、悲しみ、そして、怒り。
「どうかしたかい?」
次の瞬間には、既に無表情に戻っていた。冷酷さを感じさせるそれではなく、ただ、ぼんやりと空を眺めるような、読み古した本の文字を追っているような、そんな顔だといえるだろう。
そして流れてくる感情、これは恐らく「諦め」だ。
「言っても無駄なことかな」
僕がそう言うと、彼女は少し目を細めた。
今、確実に何かを堪えたのだ。僕に対して、確かに怒りを抱いたはずだ。
「…二度と私を、そんな…憐れむような目で見ないでください。不快です。すごく、すごく」
吐き出すように彼女は言った。それでも無感動な表情のままで、そして怒りも過ぎ去っていた。
「なぜ不快なんだい?」
彼女は1度目を伏せると、口を開いてまた閉じた。少し間を置いて、それから言った。
「私は、誰よりも幸せに生きているから。私の人生のほんの1部しか見ていない者に、同情されたくありません」
「幸福を謳う時は、もっとそれらしい顔をするものだよ」
彼女は僕に背を向けて、骸の間を縫って数歩進む。
「いいえ、私は間違えていません。だって幸福なんて、その中にいてはどうやっても、重みに気付き得ないものなのですから」
振り返った彼女は、花のような笑みを浮かべていた。

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