『ミコトさん、おはようございます』
「おはよー」
『今日も朝から丼物ですか。胃にきません?』
「えー?そうでもないよ?」
女子ロッカー室を開けると、今日も今日とて朝食べるにしては重たいものを食べているミコトさんがいた。彼女の顔は晴れやかで、私も口角が上がる。たわいも無い話をしながら、2人でオフィスへ向かうと夕子さんと所長の声が聞こえてきた。
「そこはほら、天下りパワーで」
「だから天下りじゃありませんってば!」
「所長、私と東海林の長期休暇どうなりましたー?」
高瀬事件が終わった後、南の島へバカンスに行きたいと言っていたミコトさんと夕子さんはダメ元で所長に長期休暇をお願いしたらしい。私も論文や雑務がなければ、ご一緒したかったんだけど、そうもいかない。
「無理でしょ、毎日ご遺体きますから」
『…ですよねー』
「うーわ!ブラック企業!」
「まっ、7Kだしね」
南の島への夢が儚く散った夕子さんとミコトさんは、不貞腐れながらも「きつい、汚い、危険に、臭い、給料安いに、気持ち悪い!」と7Kを嘆いている。私は今日再びUDIラボへ戻ってきた坂本さんのムーミングッズを眺めながら2人の話を聞いていた。
「あとなんだ、えーっと…」
「…嫌いじゃない?」
「「『嫌いじゃない、のK!』」」
7Kの最後が思い出せない2人に、坂本さんが助言する。成る程。坂本さん、上手いこと言うな〜と感心していたら、所長も同じことを思っていたらしい。
「成る程!うまい!」
「そんなわけねぇだろ、クソが」
「クソが!のK!クソが」
「いや、違うよ?」
『ちょ、夕子さんの中堂さんモノマネ、ヤバイ』
すかさず普段通りのクソが、で突っ込む中堂さん。その真似をする夕子さんが面白すぎて、笑いが止まらないのは許してほしい。似てるような似てないような。どう考えても真似してる時の顔に悪意がありすぎて、笑ってしまうのだ。
「やっぱ落ち着くなぁ、UDI」
「ホントに戻ってきて良いんですか?」
「うん」
きっと誰しもが坂本さんに聞きたかったであろうことを、ミコトさんが聞いてくれた。一度は中堂さんを訴えていた坂本さんが、臨床検査技師として戻って来ると聞いた日は、それはそれは皆んなで驚いていたんだけど。
「中堂さんのこと、もう良いの?」
「スナフキンだと思えば、愛せる気がして」
『ぷっ、スナフキン…!』
そんなことを話されてるとは中堂さんも思っていないだろう。確かにモスグリーンのジャケットを着てる中堂さんがスナフキンに見えなくもない。
「分かる?」
「えっ?どういうこと?」
『私はちょっと分かりますけどね』
「さすが、永遠の中堂さんの部下」
『やめてください、夕子さん。それは嫌ですー』
きゃっきゃと3人でスナフキンがどーのこーのと話していると、所長がみんなの事を呼ぶ声がして、そちらをむいた。
「バイト希望の学生さんが面接に来ました」
『へ、』
そう言った所長に驚きの視線を送り、ゆっくりとオフィスに入って来たのは、愛しい彼の姿。
「久部 六郎と言います。大学の医学部を1年近く休学してたんですが、また大学に戻って勉強中です」
緊張した面持ちで、話している六郎くんにみんなの視線は集まる。彼が今、ここで、何を話すのかそっと耳を傾けていた。静かに話していた六郎くんは、一度大きく息を吸ってから、こうハッキリと続ける。
「将来は、法医学の道に進むつもりで、そのためにUDIラボで勉強したくて応募しました!法医学は未来のための仕事!いずれ自分も胸を張って、そう言えるようになりたいです!」
大きな声でハキハキと話す言葉、ひとつひとつに今の彼の気持ちが現れていて、目頭が熱くなる。初めは臨床医を目指していて、法医学にも偏見を持っていた六郎くんが。ここまで思っていてくれたことが、ただ素直に嬉しかった。
「どうでしょう。なかなか見どころのある新人だと思いますけど」
所長がみんなに問いかける。静まり返ったオフィスで一番最初に口を開いたのは、夕子さんだった。
「どうかな〜?…へっぽこだし」
「意外と優秀かもよ?」
『そう、ですね』
ミコトさんが優しく柔らかく言うもんだから、瞳から溢れそうになる涙を急いで拭った。ここにいる皆んなは彼を受け入れようとしている。
「とりあえず、今日の予定は?」
「今日?」
「解剖立て込んでんの!」
ミコトさんに今日の予定を聞かれて、目を丸くした六郎くん。夕子さんからはバシッと解剖に関する書類が挟まれているバインダーを、胸に叩きつけられていて、小さく笑ってしまった。
「早く行くぞ、クソが」
中堂さんも、彼の肩をバシッと叩いて気合いを入れる。中堂さんなりの受け入れと、激励なんだろう。本当に、不器用な人だ。
「クソ頑張ろ!」
可愛らしくそういって、慌てて中堂さんの背中を追うのは坂本さん。これから、中堂班が復活する事を、私は密かに楽しみにしていた。
各々、六郎くんに声をかけてオフィスを出て行ってしまい、残されたのは私と所長のみ。
『…遅いよ、バカ』
「すみません、」
『ふふ、解剖終わったら写真整理と鑑定書の整理。山ほどあるから覚悟してね?』
申し訳なさそうに謝った六郎くんがなんだか面白くて。解剖だけじゃなく、残されている仕事がたくさんある事を伝えた。
「行ってらっしゃい。時給安いよ〜」
「…はい!」
所長に背中を押された六郎くんは、嬉しそうに歩き出す。中堂班だけじゃなく、三澄班も復活、ということだ。嬉しくて、頬が緩んでいるのは、きっと私だけじゃない。
「名前さん!」
『ん?』
解剖室へ入り、マスクやエプロンを付けようとしていたら、急に六郎くんに名前を呼ばれて、振り返る。
「好きです」
『へ、』
「俺、名前さんのこと、好きです」
私の瞳を真っ直ぐ見て、そう言った六郎くんの頬は少し赤くて。私の心臓が激しく音を立てた。
『…それ、今言う?』
「あ、いや、次、会えたら。絶対、伝えようと思ってて、」
『もー…ダメだよ、不意打ちは』
「す、すいません」
全てが終わったら、ゆっくり話をしようと思っていたのに。次会った時は私の気持ちを伝えようって。私の勘違いでなければ、もしかしたら彼も、なんて思ってたのに。
「職場で告白なんて、六郎のくせに結構やるじゃん」
「はいはい、東海林。邪魔しないの」
「久部くん、男気あるね〜」
「おい、名字。ぼーっとしてないで早く準備しろ」
『…中堂さんは、少し空気を読んでください』
勿論、六郎くんの想いは私だけじゃなくみんなにも丸聞こえだ。なんてったって、今から解剖が始まるんだから。こんな時に、真っ直ぐ想いを伝えられるなんて、思ってもみなかったから、私の頭もごちゃごちゃしてるけど。皆んな、気を利かせてなのか早々と準備をして、自分のネームプレートをホワイトボードにぺたりと貼って、足早に解剖室へと入っていった。
『…はい、』
「ありがとうございます」
自分のネームプレートを貼ってから"久部 六郎"と書かれたネームプレートを彼に渡す。六郎くんは大事そうに受け取って、三澄班の記録補助の欄に貼り付けた。
『ねえ、六郎くん』
「はい?」
『私も好きだよ』
「え、」
『六郎くんのこと、好き』
にっこり笑って、そう告げてから恥ずかしくなり、マスクをつけて解剖室へと入る。…みんな、顔にやけすぎ。マスクつけてても、目が笑ってるもん。
「どっちも事故のご遺体?」
「どうだかな、不自然な内出血がある」
2体のご遺体を解剖台に乗せてから、カメラを首から下げる。六郎くんも自分と同じような動作をしていて、パチっと目があった。優しく笑う彼の姿に、また胸が高鳴る。ついさっき、想いが通じあったなんて信じられない。
「始めます」
ミコトさんの声に、目の前のご遺体へと意識を集中させる。一体、何故亡くならなければならなかったのか。一度、目を閉じて息を吸い込む。法医学で、最期の声に耳を傾ける。これからの、未来のために。
…end.
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