『ミコトさん!』
「名前〜!」
『お疲れ様です!ミコトさん、最っ高でしたー!!』
毛利さんに連行された宍戸を見届けてから、ミコトさんと夕子さんの元へ戻った。ミコトさんに会うと嬉しさのあまり抱きついてしまい、そんな私を彼女もぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「それなら私も〜!」
「ちょ、東海林まできたら重い!」
「いいじゃんよ〜ねぇ?」
女3人で抱きしめあってる姿は、他人から見たらどう見えてるのだろう。今はそんなこと気にならないくらい、ミコトさんに感謝の気持ちを伝えたくていっぱいだ。
『もー、ミコトさん凄かったです!法医学で認めさせましたね!』
「本当!明日の週刊誌の見出しは、女法医学者、リベンジ果たす!だわ」
「もー、やめてよー」
夕子さんの冗談にケラケラ笑うミコトさん。でも、良かったね。とお互いの顔を見合わせて安心する。終わったんだ、これで。そう思うと、気持ちがフッと楽になった気がした。
『そういえば中堂さんは?』
「UDIに戻った」
「ああ…今日の夕方だっけ」
『夕希子さんの、ご遺体の引き渡しでしたね、今日』
後数時間後には、中堂さんと夕希子さんに再び別れがやってくる。犯人が分かったとはいえ、きっと中堂さんにとっては一生気持ちの区切りなんてつけられないだろう。中堂さんの気持ちを思うと胸がチクリと痛んだ。
「終わったことだし、帰りますか」
「そうだね〜」
『あ、私。人を待たせてるので、2人でお先に帰っててください』
「六郎か」
「それに違いない」
『…違わない、ですけど。もー、何ですか2人してニヤニヤしないでください!』
ミコトさんたちと合流する前に、六郎くんに後から時間が欲しい、と伝えたら彼は頷いてくれた。私が待たせている人が六郎くんだと、すぐに見破った夕子さんとミコトさんの顔はニヤついている。
「あのへっぽこに伝えておいてよ」
『はい?』
「明日からも解剖立て込んでて、バカンス行く暇ないって」
『バカンス…?』
「バイトの1人でもいなきゃ、ウチらに休暇回ってこないわけ」
「そうだよね。雑務も溜まってるしさ〜。解剖ってだけでも忙しいのに」
「…まあ、そういうことだから」
口を尖らせて、そう言う夕子さんに私もミコトさんも頬が緩む。六郎くんがUDIを去った時、彼を恨んでしまいそうといっていた彼女が、遠回しだけれど、バイトとして必要だと言っているわけで。そんな夕子さんをミコトさんが肘でツンっとして、笑みを浮かべる。
「な!別に?あの、へっぽこじゃなくても良いんだけどね?」
「またまた〜照れちゃって〜」
「は?照れてないし!私は名前の為にも良いかなってだけで」
「はいはい、わかりましたよ〜」
「もう!ほら、帰ろ!じゃあね、名前!」
ミコトさんの腕を半ば強引に引っ張って歩いていく夕子さん。ミコトさんは私の方を見てヒラヒラと片手を振っている。私も振り返して、2人の背中を見送った。
『…よし、六郎くんに連絡しよう』
スマホを取り出し、六郎くんへとメッセージを送る。すぐに返事が来て、裁判所の近くの公園にいる、ということで、目的地まで足を進めた。
『お疲れ、六郎くん』
「あ、ありがとうございます」
公園のベンチに座っていた六郎くんに、買って来た缶コーヒーを渡す。プルタブを開けてから、一口飲み込むと程よい苦味が口内に広がった。
『終わったねぇ』
「…そうですね」
2人で何を話すわけでもなく、そのまま空を見上げる。遠くで夕日が顔を出していた。時刻はもうすぐで夕方といわれる時間だ。今頃、中堂さんは夕希子さんと最後のお別れをしているのだろうか。
『明日からもさ、UDIは忙しそう』
「そう、ですね」
『最近さー、中堂さんにも写真整理やって貰ってるんだけど』
「え、中堂さんが?」
『でも、あの人、意外とパソコン使えないから。余計時間かかるんだよね』
苦笑いしている六郎くんを横目に、また一口コーヒーを飲む。ふぅ、と小さく息を吐いてから、隣りに座る六郎くんを見つめた。
『写真整理が得意なバイト連れて来いって中堂さんに言われたの』
「え、」
『夕子さんには、バイトの1人でもいないと休暇が取れないし、バカンスにも行けないって言われた。ミコトさんも解剖以外の雑務が溜まってて困ってるみたい』
「バ、バカンス?」
『神倉所長も、バイト募集してるのに時給安くて誰も応募してこないって嘆いてた』
そこまで言うと、私の意図が少しわかったのか、六郎くんが困ったように私を見つめる。
『私もね、論文書いたり中堂さんの助手してから写真や鑑定書の整理すると、そりゃもうすごい仕事の量で、定時で終わるわけない』
「…そうっすね、」
『なので、今UDIラボでは、パソコンに強くて写真整理や雑務ができる学生のアルバイトを探してます』
「名前さん、」
『あ、あと解剖に慣れてる人が良いかな。うん』
缶コーヒーをゴクゴクと飲み干して、立ち上がる。六郎くんは依然、困ったような顔で私を見上げるだけだ。
『…そんな条件満たす人、近くにいないかなぁって』
「名前さん、俺、でも、」
『神倉所長が、前と同じところでバイト募集の連絡待ってるらしいよ?ま、これは独り言なんだけど』
そう言って、ニッコリ笑うと六郎くんもやっと笑ってくれた。私が今日言いたいことは、それだけだ。スッキリとした気分で、また六郎くんを見つめる。
『じゃあ、私帰るね』
「え?!」
『今日はこれだけ言いたくて。…また、ね。六郎くん』
「…はい、また」
しっかりと彼の目を見つめて、また会う約束をした。私の言葉で彼がどう行動するかは、正直わからない。だけど、私はそのまま振り返らずに、UDIラボへ向かう道を進んだ。
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ラボの中は、照明がいつもより落とされていて、静かにオフィスへと入り込む。唯一、明るく照らされていた場所には中堂さんが座っていた。
『中堂さん、まだ居たんですか?』
「…ああ」
『あ、ピンクのカバ』
ぼーっとした様子の中堂さんが見つめていたのは、夕希子さんの次回作であった「ピンクのカバ」の絵だった。オフィスのソファーに座り、一息つく。
「最後の電話で夕希子が言ってたらしい」
『え?』
「今度の絵本は二匹のカバが旅をする話だと」
『二匹のカバ…』
夕希子さんのご遺体を引き渡した時に、彼女の父親が言っていたらしい。いつも一緒にいると甘えてしまうから、一度1人でやってみる。でも、いつかまた二匹一緒に旅をするんだと。彼女の旅は終わったけれど、貴方は生きてください、と言われたことも、中堂さんは教えてくれた。
『…夕希子さんは、ちゃんと教えてくれましたね』
「ああ、そうだな」
『犯人も、ピンクのカバの話も』
ずっと夕希子さんを殺した犯人は中堂さんだと思っていた彼女の父親から言われた、その一言は中堂さんの冷たく固い部分を、少しでも溶かしたように思う。その証拠に彼は今、とても優しい表情で、その絵を見つめている。
『明日からも忙しくなりそうですね』
「…クソ面倒だ」
『ふふ、まぁ、そう言わずに。』
まだまだ中堂さんには教えてもらわなきゃいけないことが沢山ある。私たちには明日がある。絶望する暇もないくらい、忙しい明日が。
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