「うちに来て欲しいの」


学生時代から東海林先輩のお願いは断れなかった。それは、薬学部を卒業して社会人となった今もそうだったわけで。よく学生の頃に飲み会で使っていた居酒屋の目の前へやってきて、変わらない外装に懐かしさを感じていた。



「あー!名前!こっち、こっち!」
『東海林先輩!お久しぶりですー!』


大きく手を振って居場所を教えてくれた彼女に笑顔を返す。昨夜、久しぶりに連絡が来たかと思えば、私に頼みたいことがある、と伝えた東海林先輩の誘いを受け居酒屋にやって来た。


「とりあえずビールで良いよね?」
『もちろんです』


すぐに頼んだビールはやって来て、乾杯をする。仕事を終えた後の一杯は最高!2人してゴクゴクと飲み干し、すぐ追加の2杯目を頼んだのは言うまでもない。


『それで、東海林先輩。私に頼み事ってなんですか?』
「あー…それなんだけどね、」


会わなかった間のお互いの恋愛についてや、仕事の話に花を咲かせ、頃合いを見て今日の目的を尋ねてみた。先程までニコニコと話が盛り上がっていたのに、目の前の彼女は急に改まり気まずそうに口を開いた。


「ややこしいの嫌だから、単刀直入に言う」
『?はい、』
「うちに来て欲しいの」
『え?うち?』
「うん、UDIラボ」


UDIラボ…それは、今東海林先輩の勤め先である不自然死究明研究所の通称である。うちに来て欲しい、というのは私が臨床検査技師として転職しないか?と言うこと、だと思う。


「さっきもチラッと話したけど、今うち人手不足で」
『法医解剖医2人いるのに解剖実績増えてないんですもんね』
「そう!それが、ヒジョーにヤバイ!のよ!」


頭を抱えて、支援金打ち止めになったら私は恋人もいない無職になるのよ?!と悲観している東海林先輩の姿を見て少しクスッと笑ってしまった。



『んー、でも、転職…ってなると、』
「最長で2ヶ月!次の人が本格的に決まるまでのあいだで良いの」
『ん?それって、どういう事ですか?』
「実はもう名前の上司には話を通してて…」
『え?!』


飲んでいたビールを詰まらせそうになり、ゴホッと咳き込むと、東海林先輩がゴメンゴメン!と謝る。上司には話を済ませてる?と疑問に思っていたのが顔に出ていたのだろう。東海林先輩は話を続けた。



「本格的に転職って言うんじゃなくて、ヘルプとして来てほしくて」
『ヘルプですか』
「うん、っていうか、もう決まっちゃってるんだけど」
『え、今日、上司からそんな話聞いてないですよ』
「ついさっき、うちの所長とそっちの上司とで話がまとまったみたいだから」


東海林先輩が言うにはUDIラボの所長である神倉さんと、私が務めている監察医務院の上司が昔からの知り合いらしい。人手不足で困っている神倉所長が私の上司にお願いして、ヘルプとして私が最長で2ヶ月間、UDIラボで臨床検査技師として働くことが決まったと。



『じゃあ、東海林先輩がこうやって私にお願いしなくても、明日にはわかってたこと…なんですよね?』
「まぁね。でも昔から可愛がってた後輩がヘルプで来るかも、って聞いて、居ても立っても居られなくてさー」


久し振りに飲みに誘っちゃった!と、ほろ酔い気味で話す東海林先輩は、昔からの変わらないサバサバした性格だけれど、どこか可愛げのある笑顔を浮かべていた。これだから、私は東海林先輩に敵わないのである。



『ってことは、私は、これから東海林先輩と同じ職場なんですね』
「そういうこと!よろしく!」
『はい、こちらこそ』


またビールを片手に乾杯をする。空になったグラスを置いて、次はレモンサワーにしようと店員さんを呼んだ。


「いやー、実は、このヘルプは名前じゃないと無理だよなーと思って私が神倉さんに推薦したんだよね」
『私じゃないと無理…って?』
「まあ、うちで働いてみたらわかる。さっそく来週からだから、よろしく」


その日はお腹いっぱい美味しいご飯を食べて、お酒も飲んで。お会計をする時に、私も財布を出したけれど、良いから、と東海林先輩がご馳走してくれた。
次の日、職場で上司から今回の件について話をされ、自分の荷物を軽くまとめようと近くにあった段ボールを手に取るのだった。




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