週末は生憎の天気で、パラパラと雨が降っていた。だけど、私はレインシューズを履いて駅前の本屋まで足を進める。東海林先輩と飲みに行ったのは、週の始めであっという間に数日経ってしまい、明後日から私は新しい職場でヘルプとして勤務することとなる。
『医学書コーナーは、っと』
あまり駅前の本屋はこないので、どこに何があるのか見つけるのに時間がかかる。気になっていた医学書が先日入荷したばかりだとわかり、大きな書店が良いだろうとやってきたわけで。
『あ、ここか』
やっと医学書コーナーを見つけ、目的の本に手を伸ばすと、誰かの手とぶつかってしまった。すみません。と慌てて謝る。どうぞ、と先に本を取るよう促すと、ぶつかってしまったお相手は小さくお辞儀をして、本を手に取り、会計へと向かう。
『わー、けっこう揃ってるなぁ…』
自分も目的の本を手に取ってから、他の医学書に目を向ける。今まで、この書店にあまり立ち寄らないので気がつかなったけれど、なかなか品揃えが良い。外の雨は強くなってきているのに、私の視線は本棚から離れなかった。
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週明け月曜日の朝は、週末の雨とは打って変わって晴天。気持ちの良いスタートが切れそうだ、と目の前の大きな建物を見る。最長で2ヶ月お世話になるUDIラボ。もしかしたら、ヘルプは1週間で終わるかもしれない。そんな思いは数時間後に打ち消されることとなる。
「ああ、名字さん!こちらです」
『神倉所長、本日からよろしくお願いします』
優しく朗らかな笑顔で迎え入れてくれた神倉所長に挨拶をする。ざっとラボ内を案内してもらってから、今日からお世話になる方々がいるというオフィスまでやってきた。
「皆さん、ご紹介します。今日からヘルプとして働いてくれる臨床検査技師の名字さん」
『名字名前です。よろしくお願いします』
ぺこりと頭を下げると、よっ!名前!と囃し立てる東海林先輩の声がする。彼女の隣に立っていた眼鏡をかけた青年が、東海林さんの知り合いですか?と不思議そうに声をかけた。
「そう!名前は薬学部時代の後輩」
「臨床検査技師ってことは、中堂班…ですよね?」
「はい、そういうことになります」
目の前にいた可愛らしい女性は法医解剖医の三澄ミコトさん。眼鏡をかけた青年は、アルバイトの記録員で久部六郎くん、だと紹介される。神倉さんが、中堂さんと呼んだ視線の先を辿ると、ソファーにどかっと座っている人がひとり。
「名字さんは、中堂班のヘルプですから。くれぐれも!よろしくお願いしますよ」
「…クソ」
『くそ…?』
彼から発せられた言葉に驚いて、復唱してしまうと、キッと睨まれた。あれ?ちょっと待て。この人、何処かで、
『あっ!!』
「なんだ、人を指差すな」
『す、すみません、』
思わず差してしまった人差し指を引っ込める。この人、週末行った本屋で手がぶつかってしまった人だ。重たい前髪が邪魔じゃないのかな、なんて勝手に心配したのを思い出した。それに彼は今まさしく、あの時の本を読んでいたのだ。
『…中堂さん、これからよろしくお願いします』
「ああ」
私には目もくれず。本を読みながらの空返事をいただいた。東海林先輩。このUDIラボが人手不足で、臨床検査技師が次々と辞めてしまう理由。すぐにわかっちゃいました。
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