「お前はさっきから喧嘩売ってんのか」


中堂さんの様子がおかしい。
それはきっと、UDIラボにいる全員が感じていることだった。本人はいつも通りを装っているのかもしれないけど、常にそわそわしているし、赤い金魚のご遺体こと橘芹菜さんと亡くなった恋人、糀谷夕希子さんとの接点をどうにか見つけようとしている。



『警察は単独の犯行と考えて捜査するんですね』
「まぁ今までの証拠が不正な行為で残されたものだから、仕方ないっちゃ仕方ないけど…」
『赤い金魚…偶然にしては、おかしいですよね』



解剖の結果、橘さんはボツリヌス菌が原因で死亡したと考えられる。胃の内容物が腐食していたし、ボツリヌス菌は家庭でも繁殖する猛毒だ。ニコチン中毒で亡くなった糀谷さんとの接点は、本当に赤い金魚の痕のみで、このままでは二つの事件に関連性はないとされるだろう。私と東海林先輩は同時にため息をつく。最近、ため息ばっかりだな。



「東海林〜これ調べてもらえる?」
「なにこれ、アリ?」
「そう。中堂さんが昨日見つけたの。遺体発見現場で」
『アリの死因が犯人と関係ある…ってことですか?』
「分からないけど、念のため」


ミコトさんが東海林先輩に差し出したのは、アリの亡骸。遺体発見現場で中堂さんが昨夜見つけたらしい。…あ、また。私の胸がざわざわとして黒いどろりとしたものが溢れ出る。これをミコトさんが持っているということは、昨夜、中堂さんはミコトさんと一緒にいたのだ。それが2人の関係を示しているようで胸が苦しくなる。



「名前ちゃん?どうした?大丈夫?」
『え、ああ。すみません。…あれ?東海林先輩は?』
「さっそく、鑑定しにいってもらったけど…。本当、大丈夫?具合悪い?」
『いえ、本当平気です。すいません、ぼーっとしちゃって』


自分の嫌な感情を目の当たりにして、ここがオフィスだということを一瞬忘れていた。心配そうに見つめるミコトさんに曖昧な笑顔を向けて、デスクに戻る。東海林先輩はミコトさんからアリの亡骸を受け取って、すぐに研究室へ向かったらしい。しかも、慣れないダジャレなんか言って。私だけじゃなく、東海林先輩も中堂さんの様子が変になってから生きた心地しないって言ってたから。疲れてるんだろう。



「おい、お前。この解剖の写真どこいった」
『その写真なら、六郎くんが整理してくれてます』
「…どうした、具合でも悪いか」
『なんでですか?』
「いつもなら、言い返すだろう。お前じゃなくて名字です、って」
『ああ。そうでしたっけ』


解剖で撮影した写真の居場所を聞きにきた中堂さんへ視線を合わせず、ただ返事をする。目の前にはパソコンの画面。お願いだから、これ以上私の気持ちを引っ掻き回すのをやめてほしい。無駄に優しさを感じさせないでほしい。わかってるのに、不器用な優しさが私だけに向けられたものじゃないって。



「…具合が悪いわけじゃないなら、別に良い」
『中堂さんこそ、どうにかしたらどうです?その、目の下のクマ』
「元々だ」
『…うそつき、』


赤い金魚のご遺体が見つかって以来、中堂さんが眠れていないのは知っている。変わらず連日所長室にこもって、くたびれた古いスクラップファイルを手にとっている姿が見えたから。きっと、あのファイルは糀谷さんの事件に関することが全て書かれてるんだろう。私が小さな声で冷たく言葉を吐き出すと、中堂さんは大きなため息をついた。



「お前はさっきから喧嘩売ってんのか」
『なんでそうなるんですか』
「俺がいつお前に嘘をついた」
『その目の隈、最近寝てないからですよね?もともとだなんて、わかるような嘘をついてるのは中堂さんですよ』
「お前には関係ない」
『…そうです。私には関係ないです』


ただ私は、彼の身を心配しているだけなのだ。普段から大した食事もせず、睡眠も所長室のソファー。身体が休まらない状態なのに激務。それに加えて今回の事件。目に見えて中堂さんは様子がおかしいのに、心配することさえ許されない。関係ない、という言葉は今の私の心を崩すのには十分で。



『私は、何も知らなかったし、今も正直わかりません。中堂さんのことも、今回の事件も。わからないけど、仕事だから、最後まで見届けるつもりでいました』
「…なんで、過去形なんだ」
『中堂さんが私には関係ないというなら、そうなんでしょう。…もう、疲れました』
「…」
『中堂さんのことを考えるのも、理解したいと思うのも…もう、やめにします』


最後はきっと声が震えていたと思う。視界が揺れて、自分の目に涙が浮かんでいるんだと理解した。大きく息を吸い込んで、吐き出す。もう一度、中堂さんを見上げると目からぽろっと一粒涙がこぼれた。それに気づかないフリをして、雑に拭ってから彼の手元にある鑑定結果を奪い取る。


『鑑定結果に写真添付して終わったらデスクに置いておきますね』


事務所にいる人たちからの視線が痛い。けど、私が中堂さんに背を向けてパソコンと向き合っていたらぎこちなく他の人もまた動き出した。ミコトさんの心配そうな視線も再び感じているけど、今は知らないフリをさせてほしい。さようなら、私の恋心。もう、中堂さんのことを想うのはやめにしよう。だって、彼は今までもこれからも、きっと彼女のことを想い続けて生きていくんだから。




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