『こうじや ゆき…』


喉の渇きで目が覚めた。ゆっくりと身体を動かし、周囲を見渡すと、雑魚寝をしている東海林先輩と六郎くん。ぼけーっとその光景を見て、ああ、そうか。昨夜は中堂さんのお家にお邪魔して、仕事をしているミコトさんたちを横目に3人で呑んでたっけ、と思考を巡らす。



「起きたか」
『あ、おはよう、ございます』
「飲め」


そう言われてコップに注がれた水を素直に受け取る。ごくり、とそれを飲み込むとお酒を飲んだ後のなんとも言えない口内に広がる嫌な感覚も喉の奥へと流れて行った。



『あれ、ミコトさんは?』
「警察に事情説明しに行った」
『ってことは、何かわかったんですね?』
「ああ」


昨夜いたはずのミコトさんの姿が見えず不思議に思うと、彼女はすでにここを出ていたらしい。近くに置いていた自分のスマホを見ると、朝の5:30を過ぎたところだった。




『中堂さんは、すこし眠れましたか?』
「いや、寝てない」
『ええ!徹夜はまずいですって!少し寝たほうが良いですよ!』
「うるせぇ。徹夜明けで頭ガンガンするんだから大声出すな」
『それなら、尚更。はい、この毛布かけて少し横になって下さい!出勤時間前には私が起こしますから!』
「お前な、」
『お前じゃありません、名字です!』



私にかかっていた毛布を無理矢理押し付けて、少しでも寝るよう促す。彼も疲れているのか私の根気に負け、仕方なしに横になって目を閉じた。数分後には、静かな寝息が聞こえてきたので、本当にお疲れだったんだと思う。




『あ、コーヒー発見』


すっかり目も覚めてしまった私はキッチンにコーヒーがあるのに気づき、静かに淹れる。本当は砂糖2つにミルクも足したいところだけど、ざっと見た感じなさそうだし、何より中堂さんはきっとブラック派だろう。少しいつもより苦いコーヒーを啜る。



『それにしても、殺風景。本だけたくさんあるし、』


生活感のない部屋を見渡し、東海林先輩が中堂さんは所長室に住んでいると話していたことを思い出した。別にラボからここはそう遠くないのに。激務とはいえ、帰れる時には帰れば良いのに。たくさん山積みになっている本たちを見つめると、その中に1冊だけ置かれた絵本があった。



『中堂さん、絵本とか読むの…?』


コーヒーカップを置いて、絵本を手に取る。題名は《茶色い小鳥》というもので、表紙を優しく撫でてみた。姪っ子でもいるのかな?いや、中堂さんが子どもの相手してるの想像できない。



『可愛い絵…』


表紙を開いて、絵本の中身を見ると、淡く優しい絵が描かれている。作者は《こうじや ゆき》と書かれていて、絵本は医学書の山の中でたった一冊しかなかった。


『こうじや ゆき、』


ふと、作者の名前を小さく読むと、静かに眠っていた中堂さんが、ピクッと反応したように思えた。


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「あー…気持ち悪い、」
「大丈夫か」
『中堂さんが優しい…!』
「うぜぇ」
『うざくて、すいませーん』



7:00を過ぎた頃にみんなを起こし、各々一度自宅に戻って改めて出勤する。昨夜たくさん飲んだ東海林先輩は、ソファーでぐったり。六郎くんも軽く二日酔いなのか顔をしかめる回数が多い。




『二日酔いに効く薬飲みます?』
「うーん、ちょーだーい…」


鞄の中をガサゴソと探り、常備薬の入っているポーチを手に取る。ガタンっと大きな音がしたかと思えば、びっくりした様子の六郎くん。そして、慌ててオフィスを飛び出していく中堂さんの姿が見えた。



『え、なに。どうしたの、中堂さん』
「いや、なんか、これを見てから…」


これ、と六郎くんが指差したのはPCで。その画面には青森医大から送られてきた死後CTだった。これがどうした?と見つめていると、警察へ行っていたミコトさんがオフィスに入ってきて、すぐ死後CTを確認した。





『あ、雪』
「本当だ、ミコトたち傘持ってったかなあ」


オフィス内にある会議室で死後CTと、昨夜中堂さんとミコトさんが採取したプランクトンの話を聞く。
結果から言うと、自殺ではと言われていたご遺体は、他殺の可能性が高いということだった。その事実を一足早く知った中堂さんは、解剖を依頼した方に会いに行ったらしい。



『東海林先輩。中堂さんって普段からこういう感じなんですか?』
「こういうって?」
『普段ぶっきらぼうな態度なのに、ご遺族に直接お話をしに行ったり』
「いやぁ、これが初。っていうか、今回はなーんか中堂さん気合入ってるっていうか。変な感じなんだよねぇ」


中堂さんを慌てて追って行ったミコトさんと六郎くんは、無事に合流できたのだろうか。他殺とわかったご遺族の方は、どういう気持ちなんだろうか。気になることはたくさんあるけど、私と東海林先輩は検査室で細胞検査やら溜まっている仕事をこなす。


『東海林先輩、写真整理も残ってるんで、先に戻ってますね』

「了解」


検査結果がでてから、先にオフィスへと戻る。オフィスの電話が鳴り、UDIラボの名字です、と言った自分に少しここにも慣れてきたんだな、なんて思ったり。



『あ、ミコトさん?中堂さんと合流できました?』
「…実は、」


今、警察署に居て。と言うミコトさんの話を聞くと、私は口を開けたまま、驚くことしかできなかった。




「名前ちゃん?大丈夫?」
『え、あ、はい。それで…中堂さんは、』


ミコトさんたちが向かった先は葬式場。そこで犯人を遺族が刺した、と。私は最初からこの解剖に立ち会ったわけではなく、深く関わって居たわけじゃないけれど。胸を引き裂かれるような思いだ。復讐、という形でこの件が終わってしまうなんて。


「私は、これから事情聴取。きっと中堂さん、そっちに戻ると思うんだけど、」
『中堂さんは事情聴取、必要ないんですか?』
「多分、必要だと思うから追って警察から連絡くると思う」
『わかりました、』


そっと受話器を置いて、息を吐く。ご遺族の方が犯人を刺した、ということは中堂さんが死因を説明したんだ。それで、葬式の場に来て居た犯人を。受話器を握りしめたまま、考えていると、誰かが歩いてくる音。




『…中堂、さん』


気怠げに歩き、私の方を見ずに所長室へと入って行った。どうしても聞きたいことがある。私は、閉められそうになった所長室のドアを必死に押さえた。




『こうなること、わかってて、ご遺族に話したんですか?』


私の問いに、中堂さんは反応することなくモスグリーンのコートを脱いで、乱雑に置いた。私が所長室から出ないことにイラついたのか、眉をひそめながらあからさまにため息をつかれる。



「俺はただ真実を伝えただけだ」
『ご遺族への説明を個人的に行なっている、とは聞いてなかったですけど』
「俺は俺の仕事をした。その後、どうなろうと知ったこっちゃない」
『人一人、死ぬかもしれなかったんですよ?』
「殺す奴は、殺される覚悟をするべきだ」



そう言って、私を見る中堂さんの瞳は曇り一つなく。本気でそう思っていることがわかる。言葉に詰まると、またオフィス内の電話が鳴り響く。ゆっくり受話器を取り、応答すると相手は警察の毛利さんという方からだった。



『…中堂さん、警察の毛利さんという方からお電話です』


電話口を押さえながら、そう伝えるとソファーに座っていた中堂さんは舌打ちをして、私から受話器を受け取る。きっと事情聴取の件についての話だろう。荒々しく電話を切って、彼はまたモスグリーンのコートを手に取った。



『もう一つだけ聞いても良いですか』
「…なんだ」
『どうして、今回の事件にはそこまで肩入れしていたんですか?普段の中堂さんなら、あり得ないです』
「たかだか一週間程度で俺の何がわかる」
『口が悪くて、性格もひねくれてる。だけど、仕事はしっかりこなす。仕事以外のことは興味もない。…って事くらいは知ってます』
「クソが」


捨て台詞のように、そう言ってオフィスを出て行った中堂さんの背中を見つめる。結局、何一つ私の問いに答えてくれてないじゃないか。中堂系という人物を少しでも知りたい、と思って聞いたのは確かで。



『はぁ、写真整理しよ』


彼に認めてもらうには、自分の仕事をしっかりこなしてからじゃないと、相手にもされない。少しでも対等な立場で物を言い合いたい。写真整理は記録員の仕事だろうけど、私はPCの電源を入れて椅子に座るのだった。




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