高い所は全て禁止です!【公瑾】


「…… 何をしているのです?」
 とある昼下がり、長時間の執務に身体の疲れを感じた公瑾が、運動がてらに子敬の所へ書簡を持って行こうとして西方の庭で咲き誇る花々を見ながら足を進めていた時、花の姿を視界に留めた途端、公瑾の口からは自然と問いかけの言葉が放たれた。
「え、えっと…… かくれんぼです」
「かくれんぼ……? それは遊びなのですか?」
 公瑾の連続的に続く質問に、花は周りを気にしながら言葉を返してくる。
「は、はい…… 私たちの国で小さな子供が遊びです」
 公瑾が花をじっと見つめる。その視線が痛いのか、花は気まずそうに顔を俯けた。それもそのはずだ。今の花がしようとしている状況を見れば、誰しもが眉を顰めるであろう。公瑾もその中の一人である。
「その、かくれんぼという遊びには木登りをしなければならないのが前提なのですか?」
「い、いえ…… 木登りは関係ありませんけれど、どこか隠れるところはないかなって考えていたら、目の前に大木があったので…… この木だと私の重さでも耐えられる太い枝があるはずなので……」
 花は自分の国で着ていたという【制服】と呼ばれる着物を纏っている。それはかなり動きやすく仕立てられているらしく、木登りするにもいいらしい。
 公瑾が大きな溜め息を放つ。
「降りて来て頂けますか?」
 その言葉に対して、花はぷうっと頬を膨らませた。
「せ、せっかくここまで登ったんですから、今降りてしまったら見つかっちゃう。だから嫌です!」
 そう反論をしてするすると木の上に登って行き、枝に寄り添っている葉の群衆の中に紛れ込んでしまった――。
「怪我をしても知りませんよ……」
 公瑾は木の上に向かって声を放つが返事はない。
 再び大きな溜め息を、それも花に聞こえる程の鼻息を鳴らした公瑾は、未だ終わらない仕事を熟しに執務室へと戻る。
 全く、あの娘は――
 玄徳軍の使者でなければ、このような自由を城の中で与えないというのに――


「かぐや姫……?」
「ええ、幼子にはかぐや姫なんですけど、私たちのような年頃の者たちは、【竹取物語】と呼ぶようになるんです。まあ、どちらでもいいとは思うんですけれど、正確な題名は後者なんですよ」
「一つの本に、複数の名があるのですか…… 変わった国ですね」
「ふふっ……」
 最近の花はよく笑うようになったと、満月に照らされた花の笑顔に公瑾は暫し食い込むような視線を向けていた。
 花は時折、夜の庭に姿を現す。それはいつも満月の時に限ってである。何故ならば、満月の夜は、ない夜よりも明るいからだそうだ。この時に少しばかり会話をした公瑾は、花の国で読まれている【かぐや姫】というおとぎ話を聞かせてもらったのだ。
 最後には花の国の最高権力者である【帝】と呼ばれる男と少しいい雰囲気になるらしい。しかしかぐや姫は月で悪い行いをして、その罰として地上へと落とされたのだ。その罰もようやく許されて月から使者がやって来た。
 帝と呼ばれる男は、かぐや姫を月に帰さない為に、数多の兵士たちをかぐや姫の屋敷に宛がう。しかし、満月の光は目を開けられないほどに強くなり、屋根や屋敷の周り、木に登って隠れていた兵士たちの手にある剣や弓矢は全く役に立たなかった。
 月の使者がかぐや姫に一枚の羽衣を渡す。その羽衣を身に纏うと、地上での記憶が全て失ってしまうのだと言う。
「記憶がなくなる前に……」
 かぐや姫は今まで纏っていた着物を脱ぐ。そして使者が差し出した小さな壺に人差し指を少し差し込むと、その指先についた練薬のようなものを口の中に含ませる。その壺を使者は引こうとしたが、かぐや姫はそれを制止した。
「その壺の中に入っていたのは【不死の薬】で、かぐや姫はそれを帝に献上したんです。そして羽衣を纏い、月に帰ってしまったんですって……」
 記憶を失くす――
 公瑾の頭の中にその言葉が残る。そして、自然と花へ問うていた。
「あなたも、あの本によってあなたの国へ引き戻されたら、ここでの記憶を全て忘れてしまうのでしょうか?」
 その問いに、花は一瞬だけ目を見開き、曖昧な言葉を返していた。
「さあ…… 私には分かりません…… でも……」
 その後の言葉は続かなかった。しかし公瑾には、花が次に紡ごうとした言葉を一文字も違えずに代弁することができるだろう。
 記憶はなくなるのかもしれませんね――
 いっそ冗談のように声真似でもして花を笑わせてみようかとも考えたが、今、声真似をするには相応しくない場所だと考えた公瑾は、唇をきゅっと噛みしめて、花の隣に立ち尽くしたまま、夜空に浮かぶ満月を見上げていた――。



 晴天が続いている。そのせいか、公瑾の執務室の周りは最近、異様な賑やかさに包まれていた。
 部屋の中の一角をじとりと見やれば、花もそわそわとして落ち着きがない。
「何か、約束でもしているのですか?」
 公瑾がそう尋ねてみれば、花は呟きのような声音で、
「はい……」
 と返事をしてくる。
 仕事中だというのに――
 公瑾はそう思いながら、
「どのような約束をされているのですか?」
 と問えば、
「大喬さんと小喬さん、そして尚香さまとかくれんぼをする約束を……」
 かくれんぼという言葉を聞いた公瑾が大きな溜め息を放つ。
 最近、あの時に流行ったかくれんぼが再び人気を呼んでいるらしく、大喬と小喬はそれに夢中。しかし二人でそれをするのは難しいらしく、尚香や女中を巻き込んで毎日のようにその遊びをしているのだ。花にも勿論、声を掛けてはいるらしいのだが、公瑾と共に仕事をしなければならない身の花にはそのような時間はなく、今まで断り続けていたらしい。しかし、今回は強制的に参加と言われて、断ることができなかったのだそうだ。
「全く…… 大喬殿と小喬殿にも困ったものです。あの方たちは私たちがしている仕事を理解されていない」
 すると、花は理解できなくて仕方がないと答えてきた。
「かくれんぼは子どもに人気のある遊びですから…… 大喬さんと小喬さんもまだ、子どもなんですよ」
 そういうあなただって――
 公瑾はそう反論しようとしたが、思い留まって頭を軽く振る。
 花はもう十七歳。いや、もうすぐ十八歳になろうとしている女性だ。その花に向かってあなたも子どもだと公瑾は言うことができないでいる。
 もうすぐ公瑾の妻になる花に向かって、子どもなどと言えば失礼になってしまう。それに、微々たるものではあるが、花は少し落ち着いた女性になったような気がしないでもない。
 まだ二人が想い合っているとは考えていない頃の花は、目も当てられないほどに危なっかしくて、落ち着きがなかった。そんな態であるというのに、時には無謀なことをして公瑾を振りまわす。それが最初ははた迷惑だと思っていた公瑾が、今では振り回されることに慣れてしまって、迷惑とさえ思わなくなってしまった。
 ただ――
 ああ、またやったのですか――
 くらいのものだ。しかし、そうは思っていても心中は穏やかではない。危なっかしいことをした時には怪我をしていないか心配になるし、そそっかしいところを見れば傍についていなければと思ってしまう。そして無謀なことをした時には、公瑾の前からいなくなってしまうのではないかと思って不安になるのだ。
 あれだけ花のことを警戒し、邪魔者扱いしていた公瑾が今ではこれだ。
「仕事はもう、終わりそうですか?」
「ええっと…… これを子敬さんに渡せば、少しの時間は暇になるかな?」
 このまま仕事を続けていれば、公瑾の執務室の周りの騒ぎがおさまることはまずないだろう。
「では、その書簡を子敬殿に渡した後、自由時間を与えますから、大喬殿と小喬殿をどこかに連れて行って下さい」
 そうでもないと筆が進まない。しかし、以前にかくれんぼをしている花のあの姿を見ている公瑾は静かに釘を刺すような言葉を伝える。
「かくれんぼをされるのはいいですが、決して木には登らないで下さい。分かりましたか?」
 その言葉に花の頬は瞬時に上気する。そして恥ずかしそうに、
「はい、木には登らないようにします」
 と言い残して、公瑾の執務室を退出した――。


「今夜は大きな満月が見られそうですぞ」
 子敬が公瑾の執務室へと姿を現す。
「大きな満月? それは、是非とも見てみたいものですね」
 格子窓の方に視線をやれば、既に空は夕色と化し、闇が訪れようとしている。しかし、その闇もいささか明るいものがあり、普段の満月の時には見られない光景である。
 いきなり入って来て月の話をするなど、この国にも少しずつ穏やかな時間が戻ってきたのかと思う。今までの公瑾ならば戦のこと、仲謀のこと、そして自分の死に場所のことで頭の中はいっぱい、いっぱいであったが、それも今ではそれらで占領されることはない。
 公瑾の頭の中の大部分が花に関することで溢れている。
「今宵は月を見ながら酒を飲むのもいいかもしれませぬな」
 子敬がさり気なく宴をしないかと誘ってくる。子敬の言う通り、大きくて美しい満月の下で美味い酒に舌鼓を打つのもまた一興。そう思っていた矢先であった。
 扉が激しい音を鳴らして開き、青ざめた大喬と小喬、そしてその後から尚香が顔を出した。
「どうしたのです?」
 その三人の中に花の姿がないことに公瑾は気づく。
「花の姿が見当たりませんが、どうされたのですか?」
 また、何かしでかしたのだろうか――?
 三人が青ざめているということは、危なっかしいことをしたかそそっかしいことをして軽い…… いや、もしかすると大きな怪我でもしたのだろうかと、急に心配になり始めた。しかし、公瑾が考えていたこととは全く異なった言葉が大喬の口から飛び出す。
「花ちゃんがいなくなったの!」
「かくれんぼしていたら、ぜんぜん見つからなくって、今もどこにいるか分からないの!」
 大喬の言葉に続いて小喬も大声を放つ。
 公瑾は一瞬、自分の耳を疑った。
 花の姿がない――?
 それは公瑾にとって、一番の打撃を与えられる言葉である。
 花の姿がなくなると不安になる――
 もしかして無謀なことをしたのでは――
 いやいや、かくれんぼごときに無謀なことをするわけがない――
 そう思いながら、公瑾の腰は椅子から即座に浮く。
「今から、探します…… もうすぐ暗くなるでしょうから、子敬殿……」
 公瑾の後に続く言葉を察したのか、子敬がいつになく機敏な動作を起こした。しかし、口調はいつものままで――
「今から仲謀さまにお声を掛け、兵士たちにも花殿を探させましょう」
 一体、どこに――
「あなたたちはもう部屋に戻っていて下さい。このような闇夜の中、女子が外を出歩くなど危険極まりありませんからね」
 公瑾は言うべきことは伝えて、執務室を飛び出していた――。


 花殿、一体何をされているのですか?
 えっと、かくれんぼです――
 かくれんぼという遊びは木登りをすることが前提にあるのですか?
 隠れるところを探していたら大木があったので、この木なら私の重みでも耐えられる太い枝があると思って――


 天の羽衣を纏ったかぐや姫は、地上での暮らしの記憶を忘れて――
 大きな満月からは目を覆いたくなるほどの強い光が降り落とされて――
 兵士たちが手に持つ剣も弓矢も全く役に立たなくて――
 あなたも、あなたがいた時代に戻れば、記憶はなくなってしまうのですか?
 この時、花の表情が公瑾の脳裏にはっきりと浮かぶ。
 曖昧な言葉を響かせながら――

 分かりません――
 でも――


 花の姿を探す間に、公瑾の頭の中にはあの時の会話が繰り返し浮かび上がる。
 以前に花が隠れていた大木に辿り着いた公瑾は、下から上に向かって視線を上げた。しかし、花が隠れている気配も香りもしない。
 花にはお気に入りの香りがあり、それをいつもつけているらしく、朝に出会うとその香りがいつも公瑾の鼻腔を擽った。
「…… いない」
 花が行きそうな所を全て見て回る。しかし、花はいない。
「一体、何処に行ったのですか……?」
 花がこの時代に来た時に共に持ってきていた本は既に消えてなくなっており、花自身の国へ戻ることはできない。あとは帰るとすれば、第二の故郷である玄徳軍のところであるが、かくれんぼをしている途中で、いきなり玄徳のもとへ帰るようなことは、花の性格上あり得なかった。
「落ち着きなさい…… 落ち着け……」
 小さな声音で自分を落ち着かせようとする公瑾。
 落ち着かなければ、考えることもできない。
 正しい判断ができないのだ――
 あの時のことを思い出す公瑾。
 かくれんぼの時は、木に登っただけで、他には何もない。ただ、怪我をしても知らないぞと言い放って、あとは何事もなかった。
 では、かくれんぼの時ではなく――
 公瑾が何か思い出したように顔を上げる。
 かぐや姫の話をしていた時、兵士たちはどこにいた――?
 というよりも、公瑾は執務室を退室しようとした花に何と言った?

 決して木には登らないで下さいね――
 その後の花の返事を思い出す。
 はい、決して木には登りません――

 【木には】と言ったのだ。ということは、木には登らないが、他の場所には登るかもしれないということだ。
「何と迂闊な……」
 あの時、全ての高所には登らないようにと強く言い含めさせるのであったと、今更ながらに後悔をする公瑾は、木の他にどこが高所かを確認する為に辺りをぐるりと見回した。
 あの時の花は、難なく木の上に登って行った。
「つまり、高いところは意外と平気ということですね」
 公瑾の視線が屋根の上で止まる。
 屋敷の周りは決してない――
 木の上も登らないと約束をしたから、それはない
 ということは、屋根以外あり得ない――
 公瑾は広い城の中、屋根だけに視線を向けて駆け回る。その間に子敬の言う通り、普段より一回り、いや二回りほど大きく見える満月が眩い光を照らし出した。そして公瑾の焦る心中とは裏腹に、柔らかく、それでいて髪の毛を少しだけ乱すほどの風が吹き始めた。

 満月の強光に兵士たちの手にある剣も矢も役には立たなくて――

 本当に役に立たないかもしれないと、強光を瞳に浴びた公瑾は思わず両目を細めた、その時――
 ここが最後だろうと思われる屋根から薄絹が風に揺られて空を舞っているのが見えた。その薄絹の持ち主は、あろうことか平坦ではない不安定なその上に両足裏をつけて立っている。しかし、その姿は大きな満月の強光に照らされ、公瑾にはまるで月からの使者を待ち侘びているような【かぐや姫】に見えた。
 月へ、帰ってしまう――
 公瑾がそう思ってしまった時、屋根の上で立っていた花がこちらに顔を向けてきた。その目は何となく虚ろに近い。
 ということは――
「あ、公瑾さん…… どうしたんですか?」
 何とも普段から変わらない声音で名を呼ばれれば、今の今まで心の中に焦りと不安が生じていた公瑾は、後者はほんの少しばかり残し、それらの感情を怒りに変えた。
「それはこちらが聞きたいところです。花殿…… あなたはそこで一体何をされているのですか?」
「え……? えっと…… かくれんぼです」
 あの時の問いの言葉が、一部を変更して口から吐き出される。
「ほう…… かくれんぼという遊びは、昼夜問わず、屋根を上ることを前提としたものなのですか?」
 公瑾のその言葉に、花が瞠目して辺りを見回した。
「あ、あれ…… 月があまりにも明るいから、夜とは思いませんでした」
 いくら月の光が強いとはいっても、この暗さを夜と思わないとは――
 公瑾を誤魔化すことなどできはしないのに、それを行おうとしている何とも愚かな――
 説教は後にして、花を今の場所から下ろさねば、公瑾のほんの少しばかり残った不安は完全に取り除かれない。
「花、そこから降りることができるのですか?」
 問うてみれば、花は満面の笑顔で肯定の返事をする。
 恐らく、降りる時も上った時と同じようにするだろうと考えた公瑾。しかし、その予測は見事に外れることになる。
「今から降りますから、そこで待っていて下さいね」
「ちょ、ちょっと…… ま、待ちなさい! 今から何をしようと!?」
「何をって…… 今から公瑾さんの傍に行くんです」
「え…… えっ!?」
 花は本当に予想外の、それも無謀なことをすると、公瑾の傍に歩み寄った花の無事な姿を見ると改めてそう思う。
 花は屋根の先端まで歩いて来ると、そこから地上へ向かって軽々とした動きで飛び降りたのだ。
 この場にいたのは公瑾だけ。ホッとしたのも束の間、公瑾は先ほどの光景が脳裏から離れずに、悶々とし始めた。
 公瑾は花が降りる瞬間、そしてその後に続く一部始終を目の当たりにしていた。
 今まで着慣れているからと言って、毎日洗濯をしていた制服姿ではない。今の花は、この時代に合った、公瑾が用意した衣装を身に纏っていた。
 長い裾をたくし上げ、それを太腿辺りにクルクルと巻き付ける。そして沓(くつ)を脱ぎ、それを両手に持って地上へと身体を落とした。
 怒りよりも――
 公瑾の顔に普段ならば滅多に表れることのない赤みが月夜に照らされようとしたが、その光が公瑾の顔を照らす前にそれを隠すかのようにして、普段通りの自分を花に見せつけた。
「普段、何でもないところで頻繁に躓くというのに、あのような屋根の上ではそれがないのですね?」
 すると、花も公瑾の言葉に気づいたようだ。
「そう、みたいです…… 何ででしょう?」
 と、不思議そうに首を傾げる。
 いや、公瑾が言いたいのはそれではない。
 何と、はしたない――!
 それでも私の許婚ですか!?
 と、言いたい。
 しかし、公瑾にはもう一つ、解せないことがあった為に、その説教言葉は喉奥に引っ込む。
「屋根に上る時はどうやって上ったのですか?」
 そう、それが聞きたかった。いくら花でも、飛び降りた時と同じように、屋根に飛び乗ることなどできない。
 屋根の高さは、花の背の高さの倍ほどもあるからだ。
「え? 屋根に上る時ですか? そんなの、こうしてやったんですよ」
 公瑾の問いかけに対し、花は先ほどまで上っていた屋根のある建物に駆け寄って行き、その建物と屋根を支えている太い柱に両手を絡みつかせると、いきなり両足もその柱に絡ませて、するすると上に上って行ってしまう。それを見た公瑾は、花がよじ登ろうとしている柱のところまで駆け寄り、小さな身体の動きを両手で止めた。
「わ、分かりました…… どうやって上ったのかよく分かりましたから……」
 もう、怒ったらいいのか呆れたらいいのか分からない――
 しかし、これだけは言っておかなければ――
 公瑾は大きな溜め息を吐き出すと、普段のような辛辣な言葉は発せずに、柱から離れて立つ目の前の花の身体を強く抱き締めた。
「大喬殿と小喬殿、そして尚香さまが部屋に飛び込んできた時、私はあなたが大怪我をしたのではないかと心配になりました。それがあなたの姿がないと言い出したものですから、私はあなたが前に話してくれた【かぐや姫】を思い出したのです。その時に子敬殿から今宵は普段よりも大きな満月が見られると聞いていて、あなたもその月からやって来た使者と共に帰ってしまうのではないかと……」
 月の使者を玄徳軍の使者に置き換えて伝えてみる。それともう一つ、本という存在は今ないにしても、いつかまたいきなり花の前に現れて、あの強光によって花を連れ帰ってしまうのではないかと――
 勿論、花は公瑾の捻った言葉を理解できるわけがない。花は相手の心を推し量るようなことをしたことがないだろうし、恋愛に関しても殆ど無知に近い状態にあるのだから。だから、公瑾の腕の中でクスクスと笑っている。
「公瑾さん、あれはおとぎ話であって、実際にあった話ではありませんよ」
 私は自分の意思でここに残ったから――
 花がいつも不安になる公瑾に伝えてくる言葉。その言葉を聞いて安心した公瑾は、花を愛するが故の厳しい言葉を最後に放った。
「これからかくれんぼをする時、決して、高い所には上らないで下さい。全く、あなたって方は…… あなたがいなくなったというだけで、仲謀さまから子敬さま、そして兵士までもが今、あなたを探す為に城内を駆け回っているのですよ。大体、君主の手を煩わせるなど…… あなたが起こす迷惑は私にも降りかかってくると考えないのですか?」
「は、はい…… 約束をします…… 高いところには上らないと……」
 ぐだぐだと説教を続ける公瑾。その説教を聞いている花はその目の前で項垂れている。
 そのような二人の耳には、少しずつ、城内で心配をしてくれている者たちの掛け声や足音がこちらに向かって聞こえてきた。
 その後、高いところに上ってはいけないと釘を刺された花は、
「じゃあ、高くないところだったらどこでもいいのかな……?」
 と、公瑾の心配や不安を他所に、自分のやりたいことを再び考え始めたのであった――。


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