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あれから、数日が過ぎた。

相変わらず、私はエースの部屋で寝起きをしている。
……不思議なことに。
寝るまでは恥ずかしくて仕方がないのに……。
いざ、エースと背中合わせに横になれば、いつの間にか眠ってしまっているのだ。
ひとえに、エースの温かさに安心してしまうのかもしれない。
(それはエースも同じようだった)

…まぁ、朝起きたら向かい合わせになっていることがほとんどだから心臓には悪いけど。

ちなみに。
その間にもエースが何度か大部屋で寝ると言って部屋を出たときがあったんだけど。
次の日は盛大な隈を作っていた。
(何でも全然寝付けなかったらしい)

……マルコさん曰く。
自分じゃない他の人間の体温を知ってしまったから。
尚且つ、それに慣れてしまったから一人じゃ眠れないんだろう、とのこと。

どうやらエースにもその自覚があったらしくて…。
今は諦めて一緒に眠っている。

気恥ずかしくて仕方ないけど……それでも私もエースも段々とその状況に慣れ始めた頃だった。

食堂の一角で、朝食をとる私とエース。
目の前にはマルコさんとイゾウさんが座っていて……何故か、二人にじっと見つめられていた。


「……ナマエよぉ。」
「はい?」
「お前さん、前に不思議な力が使えるって言ったな?」
「筆神のことですか?」
「そう、それだよい。一応どんなことが出来るか知っておきたくてねい。教えてくれねぇか?」


実践付きで。
そう言った二人はニコリと笑っていて。
隣にいたエースへと振り向けば……。

それはもうキラッキラした眼差しを向けられていた。










12










「えーと、じゃあとりあえず、一通りしてみたほうが良いですか?」
「あぁ、いざというとき奏が使える能力は知っておいた方が良いからねい。」
「了解です!」
「ははっ!楽しみだな!」
「エース、遊びじゃあねぇんだぞ?」
「わかってるって!」


食後、甲板へとでれば暖かな日差しが出迎えてくれた。
洗濯日和だなぁ、なんて的外れなことを考えながら甲板の中心部分へと歩く。
もちろん、マルコさんやイゾウさん、そしてエースも一緒に。
私に向けられる視線の強さに、思わず苦笑してしまう。

うーん、期待され過ぎるのも重荷だなぁ…。


「前に簡単に説明はしましたが、私は13種類の技を使うことができます。」
「アマテラスとそれに仕える12のフデガミだったかい?」
「はい。筆神によって使える力が違ってきますから。」


よいしょ、と用意したのは一つの樽。
(エースにお願いして持ってきてもらいました。)

……なんか、こうやってまじまじと見られることってなかったからちょっと緊張するかも。


「筆神と能力の紹介を一つずつしていきますね。」
「あぁ、頼むよい。」
「まずは“断神”です。」


心の中で思い描けば、目の前で光を放つソレ。

その光の中から現れたのは……大きな剣の上にのった可愛らしい鼠の姿。

ソレを見て目を見開くのは三人と、甲板で作業をしてた人たちで。
ふわりふわりと浮いている鼠を見て唖然としていた。


「この子が“断神”です。使える技は“一閃”。どんなモノでも斬る力を持っています。」
「すげ……。」
「……やって見せてくれよい。」
「はい。」


目の前の樽に向けて、一閃を放つ。
そうすれば、スパンと上下真っ二つに斬れた樽。
それと同時に、ふわりと光を纏って消えた断神。

おぉ、と小さく歓声が上がった。


「予備動作無しかよい。」
「実際は筆を使って線を描いてるんですけど……それは目に見えないというか何というか…。」
「んん?そりゃあ、どういうことだ?」
「すいません、物凄く説明しずらくて……。とにかく、その線を描けばそれに見合った力を使うことができるんです。」
「すっげぇ!!なぁナマエ!他のも見せてくれよ!」
「うん、わかった。」


切り落とされた樽の半分を…。

“燃神”の“紅蓮”で燃やして。
“濡神”の“水郷”で鎮火させ。
“風神”の“疾風”で灰を空に舞い上げる。
“蘇神”の“画龍”で樽を元通りに直し。
“花神”の“桜花”で樽に花が咲かせた。
“壁神”の“壁足”でマストの上へと移動する。
“幽神”の“霧隠”で霧が立ち込め。
“凍神”の“吹雪”で雪を降らせ。
“弓神”の“月光”で辺りに夜を呼び寄せた。
“撃神”の“迅雷”で雷を走らせ。
“爆神”の“輝玉”で空に花火を打ち上げる。

最後に
“アマテラス”の“光明”で空に太陽を呼び戻せば……。
筆神の紹介は終わり。
一通り使ってみてわかったことがいくつかあった。

まずは良かったこと。
壁神の力を使う際、猫の銅像は必要なかったこと。
蔦ノ花神の力を使う時、木製の物であればそこから蔦を出すことができたこと。

逆に悪かったことは……弓神とアマテラスの夜と昼を呼ぶ力だ。
これはこの世界では力を使った場所から一定の距離にしか効果が無い事が分かった。
(月光を使った時、見渡す範囲は効果があったようだけれど、遠くの方は薄らと明るかったりしたから。)
残念なことに、時間にも制限があるようだ。

使う時は注意しないとなぁ、なんて思いながらマストの上から三人の元へと降りる。
一応、筆神たちの姿を見せてから力を使ったから、大丈夫だと思うけど……。
やっぱり一度に紹介するのは無理があったかな、なんて三人へと顔を向ければ。

ポカン、と間の抜けた三つの顔が私を見ていた。


「あ、あの、みなさん?」
「……今の、夢じゃねぇよな?」
「…………よい。」
「夢…じゃあなさそうだが…何なら鉛玉打ち込んでやろうか?エースよぉ。」


唖然としたまま、ジャキン、と銃を持ち出したイゾウさんに慌ててストップをかける。
そそそそんな物騒なこと止めてください!!


「ゆ、夢じゃありませんから!!全部私がやりました!!」
「ほ、本当に夢じゃなかったんだな!?信じらんねぇ何だ今の!!イゾウやっぱちょっと俺の事打ち抜いてくれ!」
「あぁ、まかせろ。」
「ああもう夢じゃないよ!何ならちゃんと理解できるまで何度でもやるから!」


なんでこう、物騒な方へ事を持って行くんだこの人たちは!
わぁわぁと騒ぎ始めたエースを見て、フと気付く。
嗚呼、海賊だから仕方ないのか、と。


「―――……今ので全部かよい?」
「は、はい。あれらから派生するものはありますけど…大きく分けてあれくらいですね。」
「なるほどねい……。正直驚いたよい。」


ふぅ、と息を吐いたマルコさんの表情は笑みを浮かべているものの…どこか少し険しくて。
首を傾げれば、返ってきたのは真剣な眼差しだった。


「……ナマエは、戦えるんだねい?」
「……はい、一応は…。」
「一応?」
「私が今まで相手にしてきたのは…人間じゃなくて“妖怪”と言われる者たちでしたから。」


人間相手だと勝手が解りません。
正直にそう伝えれば、少し考え込んだマルコさん。
少し、気まずい沈黙が下りる。

マルコさんの中で、私が戦闘員と成りえるか否か考えているんだろう。

人間相手なら、戦いたくはない。
けれど、それはこの船に乗せてもらっているのに烏滸がましい気がして。
マルコさんの判断に任せよう。
戦えと言われれば……腹を括ろう。
そう決めかけた時だった。

割り込んできたのはエースの声。


「ナマエは戦わなくて良いだろ。」
「エース?」


マルコさんに対し、怒るようなエースの顔は真剣だった。
あまり見た事のないその表情に思わず吃驚してしまう。


「この船には強ぇ奴なんていっぱいいるし!ナマエが無理に戦わなくても良い!」
「エースよぉ、そうは言うが……。」
「良いんだ!…もし何かあれば、俺が守る!!」


それで文句ねぇだろ!?

最終的には怒鳴るようにそう言い切ったエースに目を丸くさせるしかできない。
今度は私がポカンとエースを見やり。
やれやれと言いたげな表情をしたのはイゾウさん。
そして……ハァ、と重いため息を吐いたマルコさん。


「諦めなぁ、マルコ。こうなりゃあ聞かねぇだろ。」
「ったく、仕方ねぇよい。……だがエース。強制はナシだよい。」
「……わかってるよ。」


がしがしと首の裏を掻く仕草は、この船に乗って何度か見た。
マルコさんの癖の一つなのだろう。

そんなマルコさんからエースは私に視線を移した。
酷く、真剣な表情をして。


「ナマエ。」
「は、はい。」
「戦闘に関しては心配しなくていいからな。いざとなりゃ、俺が守る。」
「でも……。」
「けど戦うなと強制もしねぇ。……お前が戦いたいと思えば戦ってもいい。ただ、一つだけ注意してくれ。」
「え?」


スッと、真剣さを増したエースの眼。


「筆神の力を使う時予備動作はねぇから、ナマエがその力を使ってるってバレる事はほとんどねぇと思う。」
「……。」
「だけど……気付く人間もいるんだ。」
「……実際、俺たちは薄々感付いてたからなぁ。」


エースの…マルコさんやイゾウさんの言いたいことが段々と解ってきて。
私も表情を引き締めた。


「ナマエの力は、かなり特殊だ。……バレたら、色んな勢力が奪いに来るかもしれねぇ。」
「……。」
「海賊、海軍…革命軍。…“力”が欲しい奴はごまんといるからねい。」
「白ひげに手ぇ出す奴ぁ、ほとんど居ねぇがなぁ。」


改めて言葉にされて、ゾッとした。
イゾウさんはそう言ってくれたけれど……それだって“絶対”ではない。


「……わかった。」
「ナマエ…。」
「なるべく、この力は使わない方が良いんだね。」


つまりは、そういうこと。
この力が、白ひげ以外の勢力にバレると厄介だ、ということなのだろう。
三人が言いたいことを理解して、その解決案を提示する。

簡単なことだ。
私が力を使わなければ良いんだから。

……だけど、きっとそうもいかない。


「でも……たぶん、使っちゃうな…。」
「なんで……。」
「私だって、みんなを手助けしたいよ。」


直接は…きっと戦えない。
人間相手じゃ加減がよく解らないから。
“アマテラス”の力を使って人の命を奪いたくはない。
(それすら、甘えなのだろうけれど)

でも、私だってこの船の一員になったんだ。


「直接は戦えなくても……皆を守りたいもの。きっと手助けだって出来る。」
「ナマエ……。」
「ごめんね。せっかく注意してくれたのに。…あ、でもちゃんと気を付けて使うから!」


他にバレないように注意して、慎重に。

グッと拳を握りしめて、エースに宣言する。
絶対、みんなの迷惑にはならない様にするから、と。

そうすれば、エースはキョトンとした後……困ったように、笑った。


「あ、もしかして普段も使わない方が良いかな……。」
「……そこまで気にしなくていいって。この船の中なら好きなだけ使えよ。」
「い、いいのかな?」
「あぁ!俺だってまたあの不思議な力見てぇし!!」


“家族”なんだ、船の中なら遠慮すんな!

そう言って笑ったエースは…今度は満面の笑みで。
それに釣られるように、私も笑んだ。















(ちょっと今外がスゲェ事になってなかった!?)
(あぁ、サッチ。今頃来たのかよい。)
(一足遅ぇなぁ、もうおわっちまったところだぜ?)
(何なに!?何があったんだよ!!)
(え、えっと……。)
(なんか霧がでたと思ったら雪降って、夜になって雷なって花火上がってまた昼にならなかったか!?)
(ぶはっ!!サッチすげぇ顔になっちまってんな!!)
(エース!!だから何があったんだよ!俺気になって仕事に集中できねぇんだけど!?)
(ナマエ!)
(な、なに!?)
(もう一回、サッチにみせてやれよ!)

笑う君に、もう一度筆を揮う


12 END

〜2015/04/01


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ゆめうつつ