18


“はじまり”も“おわり”も、全て突然だ。

突然祖父に捨てられて。
突然現れたナマエに拾われた。

終わりも、始まりも。
全てが唐突で、前兆なんてもんは俺には解らなかった。





……わからなかったんだ。










18










「おや?どうしたんだいマルコ。ナマエなら今日お休みだろう?」
「知ってるよい。ちょっとベーグル食べたくなったから買いに来ただけ。」
「あはは!そうかいそうかい!よし、何にする?特別にまけてあげるよ!」
「ししっ、ありがとよい!じゃあこのエビのやつと、ベーコンのも。」
「……そんなに食べて晩飯はいるのかい?」
「平気だよい。」


あまり天気の良くないくもり空。

ナマエが働いてるカフェで、ベーグルを買う。
今日はナマエは休みで、家で色々やってるみたいだ。


……俺が悪魔の実を食べてから数週間が経った。


ナマエのおかげでどうにか能力が制御でき始めたし、能力を使っての戦い方も覚え始めた。
まぁ、「能力に頼り過ぎちゃ駄目だからね。」というナマエの言葉に、能力なしの修行も怠ってはいないけど。
カナヅチになったことは残念だが、正直それを上回る能力の凄さに驚くばかりだ。

今日もナマエとの修行が終わって、こうして散歩していたわけだが……。
能力者になってから、やけに腹が減る気がする。
ただ俺が成長期なのか、それとも悪魔の実のせいか……。
考えたって仕方ねぇけど。


「はい、おまちどうさん!デザートつけといたから、後でナマエと一緒に食べな!」
「いいのかよい?」
「ははっ!遠慮なんてするもんじゃないよ!この間チンピラ追い払ってくれたお礼だからね!」
「そう言うことなら遠慮なく貰うよい!ありがとな!」


にかり、と笑って店を出る。

……この街はとても穏やかだ。
最初にいた島と比べれば雲泥の差。
ナマエはもっと早くこの島にくればよかった、なんて言ってたけど……。
俺にとっては少しだけ物足りない。
あっちの島の方が強い奴がたくさんいたしねい。

ばくり、とベーグルを頬張る。

ぷりぷりしたエビの食感と、カフェ特製ソースの味が絶妙で本当に美味い。
さて、さっさと家に帰ってナマエともらったデザートでも食べようか。
なんて……

家がある方角を見上げた時だった。


ビシリ


「え?」


ビシビシ
バキン

突如、空に走った亀裂。
何もない空にビシビシと音を立てながら大きな亀裂が入った。
ぱっくりと開いたソレは……とてつもなく気味の悪い色をしていて。


「な、なんだよい……あれ。」


思わず、呆然とそれを見上げたまま固まってしまう。
ボトリ、とベーグルが落ちた事にも気づかず、その“異常事態”から目を離せずにいれば……。

ドン、と人とぶつかってしまった。


「おっとと、すまないねぇ、大丈夫かい坊や。」
「……。」


ぶつかってしまったのは一人の男で。
人のよさそうな雰囲気に申し訳なさそうな表情を浮かべている普通の人間。
だ、けど……。

空に現れた明らかな“異常”。
……どうして、そんなに“普通”なんだ?


「お、おい!アンタ、あれが見えねぇのかよい!?」
「み、見えねぇのかって……何がだい?」
「あれだよい!空に……!!」
「空?……何にもないじゃないか。」
「……嘘だろ。」


あたりを見廻せば、皆が平然といつの模様に行動をしていて……。
誰一人としてあの亀裂を見ようともしない。

……本当に、見えていないのか。

どうして俺だけが見えるんだ?
あんな空に亀裂が走るなんて……。
どう考えたって異常じゃねぇか。


「ぼ、ぼうや?大丈夫か?」
「……ああ、平気だよい。悪かったねい。」


ふらり、と歩き出す。

でも……待てよ?
あれは何処かで見たような気がする。

空に走った亀裂。
そこからぱっくりと開いた空。

どこだ?
どこで見た?

確か……あれは雨が降ってるくもり空で……。
……廃墟の、島、で……そこ、から……


ナマエが、現れて。


「……っ!!」


ぞっ、と背中を悪寒が走る。
ぶわりと、冷や汗が噴き出す。

そうだ、思い出した。
あの亀裂……。
ナマエが現れたときの亀裂だ!!

ばっ、と走り出す。

ドクリドクリと嫌な音をたてはじめた心臓。

なんで。
なんであの亀裂があるんだ?
しかも……俺とナマエの家の上に。
……嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
何がなんだかわかんねぇけど……嫌だ!!

通行人とぶつかりながらも全速力で駆ける。
能力を使い、時折飛びながら最短距離で家を目指す。

ザン!と、空から地面へと降り立てば……数十メートル先に俺とナマエの家。


「……っナマエ!!」
「あ……ま、マルコ…。」


家の前にはナマエが突っ立っていて。
空の亀裂を見上げていた。

……きっと、ナマエも思い出したんだ。
あの亀裂から自分が現れたと言うことを。

一歩。
ナマエに近づこうと足を踏み出した瞬間。

ぐにゃり、と歪んだ亀裂が……ナマエに向って伸び始めて。

悪寒が、酷くなる。
慌ててナマエに向って手を伸ばし、走る。

……けど。


「ナマエっ!!」
「え、わ、きゃ……」


バクン

……一瞬だった。
空の亀裂がナマエに向って伸びたかと思えば……それはバクリとナマエを飲み込んで。

スゥ、と消えた亀裂。


そこには、何も無くて。


「……ナマエ…?」


ナマエが、消えた。


「……嘘だ……。」


がくり、と膝をつく。

嘘だ。
こんなの。
嘘だ、夢に決まってる。

それでも、ぎゅっと握りしめた手は痛くて。
爪で切ったのだろう。
血が流れる感触も、何もかもがリアルで。

……嫌だ。


「あ……あ゛あ……。」


嘘だ
夢だ
信じたくない。


「……っ!!」


ナマエが、俺を置いて……

消えてしまった、だなんて


「あ゛、ああああぁぁぁあ!!」





はじまり”も“おわり”も、全て突然だ。

突然祖父に捨てられて。
突然現れたナマエに拾われた。

終わりも、始まりも。
全てが唐突で前兆なんてもんは、俺には解らなかった。



あまりにもあっけない“終わり”。



俺はその日。

ひとりぼっちになった。















そんな、俺の前に現れた一人の男


(グラララ、活気付いた良い島だと思えば……随分と危ねぇ目をした餓鬼がいるじゃねぇか。)
(……。)
(どうした?この世の全てを恨むような面しやがって。……後ろの血塗れの連中もお前がやったのか?)
(……ろい……。)
(あ?)
(……あの人を、消した……こんなクソみてぇな世界、恨んで当然だろい……。)
(……。)
(……いっそ、無くなっちまえば良い……全部、何もかも……。)
(……。)
(……行けよ、オッサン。俺じゃアンタに勝てねぇよい。……それとも俺を殺すか?)
(グラララ。……その歳でもう相手との力の差がわかるのか。大したもんだ!)
(……。)
(嗚呼……“あいつ”が言ってたのはテメェの事らしいなぁ……。)
(?……殺すならさっさとヤれよい。)
(グラララララ!そんな勿体ないことしねぇよ!)
(は?)
(……どうだ小僧。俺と来るか?)


この世が本当にクソか如何か、テメェの眼で確認しやがれ。


そう言って手を差し伸べ、豪快に笑った男。
その笑顔は……どこかあの人と重なって。

気付けば……俺はその手をとっていた。



どん底にいた俺を、デカい手で掬い上げたのは……。

エドワード・ニューゲート。

“白ひげ”だった。


18 END
2015/05/08


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ゆめうつつ