思い出


朝食後。
朝の戦争のような朝食風景が嘘のように静かになるこの時間。
見事なまでに空になった皿たちに、サッチは満足そうに笑みを浮かべていた。
やはり作った料理をこれほどまでに完食してくれると気持ちの良いものがある。
機嫌よく後片付けへと入っていれば……。

コツコツと足音を響かせて食堂へと足を踏み入れてきたのは、この船の長男。


「マルコ!遅かったじゃねぇか。」
「昨日徹夜で書類整備してたからねい。流石に腹減った。」
「ははっ!お疲れさん。すぐ朝飯作ってやるよ。」
「あー……それなんだけどよい。」
「ん?」


何やら言いよどむマルコに、サッチが首を傾げて入れば。
マルコは言い辛そうに首の後ろ掻きながら近寄ってきた。
バツが悪そうな、そんな表情をして。


「朝飯、食いたいもんがあるんだが……。」
「なんだよ、リクエストか。別にいいぜ。何が食いたい?」


いつも頑張っている長男の、珍しい食事に関するリクエスト。
今日は8番隊がシーツを洗って干すって言ってたから、雨でも降らなきゃ良いがなぁと内心笑う。

快諾しても、なかなか言いそうにないマルコに、サッチが再び首を傾げる。
そんなに手間のかかる料理なのか?
それとも高級料理でも作れというのだろうか?
若干怪訝そうな表情になってきたサッチの耳に飛び込んできたのは、思いもよらぬ料理名で。


「あー……あのよい。」
「どうしたんだ?さっさと言えよ。」
「………−キ。」
「ん?」
「……ホットケーキ、と、ミルクココア……。」
「……、……。」


厳つい顔からは想像できない程可愛らしい料理名が飛び出したことに、一瞬意識が持って行かれる。

嗚呼、こりゃあ雨じゃなくて槍……いやいや、サイクロンでも来るかもしれねぇな、なんて。
サッチは8番隊に深く同情してしまった。










思い出










甘い匂いが厨房に広がる。
綺麗な狐色へと色を変えたホットケーキ。

……これが、可愛い女の子へなら納得もできただろう。

シロップとバターたっぷりのふわふわホットケーキ。
ミルクたっぷりの温かいココア。
女の子らしい朝食だ、と悶えているかもしれない。

けれど、これを注文したのは他でもない白ひげ海賊団一番隊隊長様で。

新聞を読んでいたマルコの前に出来上がったホットケーキとミルクココアを置けば。
その視線は新聞から外され、ホットケーキに釘付けになった。

マルコの眼の下には濃い隈ができていて……相当疲れているんだろうということがわかる。
昨日は徹夜したと言っていたが、確かその前も偵察か何かでほとんど眠れていない筈だ。
……疲れている時には甘いものが欲しくなるとは言うが……。


「ほい、おまちどうさん。」
「……悪いねい。」
「簡単なもんだったからな、気にすんな。……でもよう、お前……。」


本当にこれ、食うのか?
と疑問に思ってしまうのは仕方ないのだろう。
なんせマルコといえば常にコーヒーはブラック。
ケーキやパフェなど……食べないことはないが、白ひげの中でマルコは甘いモノ嫌いで有名だ。

そんなマルコが頼んだホットケーキ。
しかもホットケーキはシロップとバターたっぷりで?
ココアには砂糖いれてミルクたっぷり?
……普段のマルコとはかけ離れた料理に、厨房にいたコックたちが青褪めたのは気のせいじゃない。


「心配すんな、全部きっちり食べるよい。」
「や、でも……お前甘いの嫌いだろ?」
「……これは別なんだよい。」


ホットケーキを見るマルコは、酷く穏やかな眼をしている。
何か、思い出しているような……そんな目。


「なんだぁ?昔彼女にでも作ってもらったとか?」
「違ぇよい。……家族だ。」
「は?」
「小せぇ頃……家族が、俺の好物だからって、良く作ってくれたんだよい。」


ぽつりぽつりと話すマルコ。
そんなマルコに、サッチは目を丸く見開いていた。

マルコは、過去の話は一切しない。
サッチと出会った当初はあれだけ荒れていたし、訪ねみても返ってくるのは殺気かスルー。
なので船員たちの間では聞くのはタブーとさえ言われていた。
正直、今マルコが話しているのも……眠気や色々な物が重なっての奇跡としか言いようがない。
もう、頭の中も半分以上眠ってしまっているのだろう。


「……家族か。」
「あぁ……。」
「ははっ!ならおふくろの味ってやつだな。」
「……そうだねい。」


今にも眠ってしまいそうな眼で。
ホットケーキを切り分けて、口へと運ぶ。
何度か咀嚼してごくりと飲み込めば……。

マルコが、見たことも無いくらい優しい笑みを浮かべた。

それに更に目を見開くのはサッチで、ガタガタと震えはじめるのはコックたち。
どこか酷く安心したかのようなその小さな笑みは、長い付き合いになるがサッチは初めて見た。


「……くくっ。」
「ま、マルコ?」
「ふ……く、くくっ……。」
「ちょ、どうしたんだよマルコさん!?いきなり笑い出すとか俺めっちゃ怖いんだけど!?」


喉を鳴らし、突然笑い始めたマルコに「実はもう相当眠気がヤバイんじゃ……。」と心配し始めるも無理はないだろう。
サッチまで顔を青くし始めた頃。
ぽつり、と呟いたマルコ。


「やっぱ、違うもんだねい……。」
「は?」
「あの人の方が、美味ぇよい。」


くくっ、と笑いも収まらぬまま、突然のサッチへのダメ出しともいえる言葉にポカン。

また、ホットケーキを口に運ぶ。
その間も、幸せそうな表情は崩れない。

そんなマルコに、次第に冷静さを取り戻すのはサッチで。


「……そりゃお前、“おふくろの味”にゃ勝てねぇだろ。」
「そうだねい。」


呆れたように笑ってやれば、マルコも静かに笑った。















(お、マルコ珍しいもん食ってんじゃん。)
(エース。お前甲板掃除どうし……)
(俺にもくれよ、いただきっ!!)
(あっ!!)
(!)
(甘っ!!なんだこれめっちゃ甘いけど美味ぇ!)
(あああああエース、お前何てことを……っ!)
(……エース……。)
(んん?……マルコ、なんでそんな覇気だして戦闘態勢に……。)
(死ぬ覚悟はできてんだろうな……?)
((ひっ!))

ぎゃああああ
と響き渡った悲鳴は海へと消えた。


思い出 END
2015/05/08


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ゆめうつつ