求める者


マルコは時折空を飛ぶ。

滅多にないが……。

偵察でも、戦闘でもない。
何でもない日、雨が降りそうな曇った空。

そんな日に……マルコは空を駆ける。


「お、マルコが空飛んでるぞ。」
「……あいつこんな天気の日は時々空飛ぶんだよなぁ。」
「そうなのか?」
「おう。……滅多に見ねぇけど、俺が船に乗ったときにはもうこんな感じで飛んでたな。」
「ふーん……。」
「……今日はせっかくの宴会だ。雨ふらなきゃいいけどなぁ。」
「ははっ!大丈夫だって、向こうの空は晴れてきてるしよ!」


まるで何かを探す様に。
空に抱かれるようにして飛ぶマルコ。

その姿が、酷く寂しげに見えたのは気のせいではないのだろう。

そんなことを思って、エースは目を細めて青い鳥を見上げていた。










求める者










宴会中盤。
曇り空は何処へやら、空には満天の星が広がる中。
どんちゃん騒ぎなのはかの白ひげの船、モビー・ディックだった。
酒を飲み、肉を喰らい、笑い声が響く甲板。

そもそもこの宴は昼間、調子に乗ったルーキーが白ひげの船へと襲ってきて……。
見事というか当たり前と言うか。
返り討ちにした流れでの宴だった。
皆が笑いながら宴を楽しむ中……。

その中でもひときわ酒を浴びるように飲んでいる男がいた。


「……大丈夫かマルコの奴。樽2個目だぞ。しかも強ぇ酒ばっか。」
「あいつがああやって空飛んだ日はな、潰れるまで飲むんだよ。」


グイッと酒を傾けたサッチの言葉を聞いて、エースは再びマルコへと視線を向けた。

しっかり者の長男。
冷静沈着で、広い視野を持って。
厳しくもあるがなんだかんだと面倒見がよく、家族には優しい男。

そんな長男の、真っ赤に酔った顔など滅多に拝めるものではない。


「…おーい、マルコ!大丈夫か?」
「あ?誰に向って言ってんだよい……。」
「いや、だってかなりハイペースじゃねぇか。」
「はっ!これくらい平気だよい。」


とは言いつつも、心なしか眼は据わっているし体も左右に揺れているような気がする。
見た事のないマルコの姿に、驚くエースに苦笑するサッチ。


「マルコ、また探し物はなかったのか?」
「……何の話だよい。」
「お前がこうやって荒れるのは空飛んだ日だし、なんか探してるみたいだからな。」


サッチさんにはお見通しよん。
なんて笑うサッチに、マルコはふと表情を無くした。

何か、遠い昔を思い出すような、そんな顔。


「……気のせいだろい。」
「ははっ!そっか!」


深くは追求せず、そうかと笑うサッチにエースも息をつく。

……誰だって聞かれたくない事など山ほどある。
それこそ、自分にだって。
ふと暗い気持ちが胸を襲い始めた時、甲板の端で上がった歓声。

どうやら今日頂いたお宝が思ったよりも価値のあるものだったらしい。


「おー、やってんなぁ!」
「そういやマルコ。お前って“欲しい”っていう物は少ないけど、これと決めたらすっげぇ大事にするよなぁ。」
「あぁ……もう性分だろうねい。」


マルコには、昔から癖があった。
それは入って日の浅いエースにもわかるような癖。

マルコは、基本的に宝に興味がない。
どんな宝が手に入ろうと、「これで親父の薬を」とか「エースに食い散らかされた飯の補填に」などと言っている。
どれほどの財宝だろうとすぐ金に換えてしまい、船の備品などを揃えるのを優先させるのだ。
(それで何度船員からブーイングが上がったことか)

それでも。

一度気に入った宝があれば、それはもう大事にしまくる。
誰にも見せず触れさせず、自室の奥底へとしまいこんで。
時折取り出しては磨いて愛でる。


それは、マルコの生い立ちに深く関係しているのだろう。


捨てられ、何も与えられなかった幼少期。
ナマエと出会い、欲しいものを与えられた少年期。
その時は全てが満たされていた。

そして、一番大事な人を失った。

その時、マルコは悟った。
欲しいモノは奪わなければ。
奪って、この腕の中で大切に大切にしておかなければ……。


何時の日か、突然なくなってしまうのだと。


「本当に気に入ったものは人に見せることすらしねぇしよ。……意外と独占欲強いよなぁ、お前。」
「はっ。褒め言葉、だ……よい。」


ふら、ふらり。
マルコの身体が大きくゆれる。

そして次の瞬間。
ゴン、と。
頭から床に倒れ込んだ。

驚いて目を丸くさせるエース。
只管苦笑してばかりのサッチ。


「あーぁ、おちたな。」
「……今顔面からいったけど大丈夫か?」
「平気だろ。何せ不死鳥様だからな。」


くくっと笑うサッチにエースも息を吐く。
ゴロンと転がせば、穏やかな寝顔。


「……俺、マルコが潰れたところ初めて見た。」
「ははっ!これから何度か見ることになるから慣れとけよ。」


付き合いの長いサッチはそれこそ慣れたように酒をあおる。
エースも未だ驚いた様子のまま肉を片手に頬張った時だった。

すーすー、と穏やかな寝息を立てていたマルコから、聞こえた声。


「……ナマエ…。」
「……。」
「……。」


ぴたり、と二人は行動を止めた。
……今、マルコは何と言ったのか。

マルコの寝言で聞こえたのは女の名前。

マルコとて女を買い、性欲処理はするものの……終わったらすぐさまその場から去るような男だ。
そんなマルコの口から寝言とはいえ、特定の女の名前が出たことに、サッチとエースが眼を見開いていた。


「……誰だと思う?」
「この前の島で抱いた女?」
「違ぇな、あの子の名前はアリーゼちゃんだった。」
「なんでサッチが知ってんだよ。……なら、昔フられた女とか?」
「いんや、俺がこの船に乗ってからだけど、こいつがフられてるとこ見たことねぇわ。」


2人でマルコの寝顔を覗き込んでうーん、と頭を捻らせる。
その時、フとサッチが思い出した。

時折、マルコの口からぽろりと零れる「あの人」という言葉。

今のマルコの寝顔は、ホットケーキを食べたときに「あの人」と口にした時と同じ。
酷く、優しげな表情で。


「……“あの人”ってやっぱ女だったのかよ。」
「ん?どうしたんだ?」
「いや、なんでもねぇ!」


不思議そうに首を傾げる末っ子に笑いかけて、その口に肉を詰め込む。

さぁ、せっかくの宴会だ!楽しもうぜ!
と、笑ってエースの意識を他へと持って行った。

エースもエースで。
きっとサッチが何かに気付いたんだろうということはわかっていて。
それでも言わないサッチに、何も聞かなかった。

きっと。その名前はマルコにとって特別で。
大事で、大切だから、俺が触れても良いようなものじゃないんだろう、と。

宝物を大事に大事に独り占めするマルコらしい。

その名前が、その人が。
マルコの一番の「お宝」なんだろう、と。

エースは再び肉にかぶりついた。















(不死鳥は夢を見る)
(温かで幸せであったあのころの夢)
(一番大切な人が傍にいた)

(幼い頃の夢を)


求める者 END
2015/05/08


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ゆめうつつ