01


(HHキャラが出張ります。ご注意)





本当に、一瞬の出来事だった。


「……まだ落ち込んでるのか?」
「……。」
「いい加減立ち直れ。あれからもう一ヶ月経つんだぞ。」
「……わかってますよーぅ。」


散歩でもしようかと家の外へ出れば……。
聞こえた大きな亀裂の入る音。
空を見上げれば、懐かしい空の割れ目が見えて。

ゾッと、悪寒が走った。

逃げようと思っても、まるで金縛りみたいに体が動かなくて……。
聞こえた声に振り向けば……。


マルコが、泣きそうな……必死の形相で私に向って手を伸ばしている姿。


私もマルコへと手を伸ばそうとすれば。
視界は暗転。
まるで、ブツリとテレビの電源が切れるかのように意識が途絶えて。

気が付けば……私は、戻ってきてしまっていた。


「ほら、これでも飲め。」
「ありがとー……。クロロ。」
「どういたしまして。」


「HHの世界」へと。










01










飲み物を受け取り、口へと含む。
苦いコーヒーの味が口の中に広がって、少しだけ息を吐いた。
そんな私の隣に腰を下ろしたのは……。

クロロ・ルシルフル。

かの有名な盗賊集団、「蜘蛛」…「幻影旅団」の団長様だ。
今は街ということもあって、いつもはオールバックの髪をおろし、にこりと笑う様は彼を本当に幼く見せた。
(本っ当に童顔だなぁ……。)
このHHの世界において私の友人……悪友とも呼べる彼。
何だかんだで親友みたいなものなのかもしれない。

どうやらこのHHの世界でも7年の時間が過ぎていたらしく。
その間急に消えて音沙汰の無かった私を心配してくれていたようだ。
7年ぶりに再会したかの悪友はそういって笑っていた。


「まだ浮かない顔だな、そんなに“向こうの世界”が良かったのか?」
「良かったというか……置いてきちゃった子がいるから……。」


思い出すのはいつだってマルコの事。
最後に見ちゃったのかあんな泣きそうな顔だったんだもの。
心配して当然ってもんじゃないですか。

……マルコは、大丈夫だろうか?
泣いていないだろうか?
一人でもご飯は食べているだろうか?
ちゃんと眠れているのだろうか?


「……おいナマエ。」
「え?」
「また眉間に皺が寄ってるぞ。見れない顔が余計にみれなくなる。」
「酷い!」


まるで労わる様に微笑んだクロロに…私も笑った。
何だかんだで、仲間には優しいんだこの男は。

クロロから貰ったコーヒーをグイッと飲み干す。
少しだけ、気持ちが落ち着いた気がした。


「で?置いてきた奴というのは?」
「向こうでできた家族だよ。……すっごーく可愛い子。」
「へぇ?」
「……言っとくけど、女の子じゃないからね?男の子だからね?」
「ははっ!それは残念だな!」


クスクス。
次第に笑い声が二人を包む。
あぁ……本当に、クロロと居ると楽だ。
何も気兼ねせずに済む。

きっとこのHHの世界は私にあっているのだろう。

この世界で過ごした時間は短くても、内容がすごく濃くて……。
培った物は元の世界で生きてきた何よりも“生”につながる物ばかり。
だからこそ、この世界の空気が好きだ。

……だけど。


「……戻りたいか?」
「え?」
「その海賊の世界とやらに。」


クロロがほほ笑みながら問うてくる。

戻りたい?なんて愚問でしかない。
……戻れるものなら戻りたいよ。

だってあの世界には……愛しい愛しい家族がいるのだから。


「戻りたい。……戻りたいよ。」
「……二度と俺たちと会えなくても?」
「それは……。」


真っ直ぐな眼で見据えられて、言葉が詰まる。

……正直、クロロ達と合えなくなることは悲しい。
この世界で私が生きてこられたのは、きっとクロロ達がいたからだ。
あれこれと悩む前に、クロロが次から次へと私をいろんな事件や出来事の中に引っ張り込んで。
悩む暇すらなかった。
だからこそ、私は違う世界でも生きてこられた。


「…クロロ達と会えなくなるのは悲しいし寂しい。」
「なら俺たちがいるこの世界に留まれば良い。」
「……ごめん。」
「……お前は昔から我儘ばかりだな。」


くくっ、と。
喉の奥で低く笑ったクロロが取り出したのは、一枚の手鏡。
差し出されたソレを受け取るのを、少しためらう。

……だって、呪いのアイテム大好きクロロが取り出した手鏡だ。
何かしらいわく付きでもおかしくない。


「そう警戒するな。」
「警戒しますとも。……これは何の呪いがかかってるんですかね?」
「くくっ、呪いといえば呪いだが、お前にとって“悪いモノ”じゃないさ。」


無理矢理手渡されて、その手鏡をまじまじと見やる。
美しい細工の施されたソレは、手のひらサイズで…。
キラリと光る鏡面は輝いていた。

そんな私を見ながらクロロが取り出したのは、同じ手鏡。


「え?何、これって二つあるの?」
「あぁ、二枚で一対の手鏡でな。……どんな効果があるか、聞いてみるか?」
「……うん。」


こんな状態の私にわざわざ手渡してきたのだ。
きっとクロロの言うように、私にとって“悪いモノ”ではないのだろう。


「これは数か月前とある富豪の家からとってきたものだ。」
「美術品だったの?」
「あぁ、価値もしらない豚どもには勿体ない。」


うっとりと、その手鏡を眺めるクロロは本当に呪いのアイテムが大好きだ。


「で?効果って?」
「この手鏡はどれだけ離れていようともその鏡面に写ったものをもう一つの手鏡に映すことができる。」
「……携帯のテレビ電話的な?」
「まぁそういうことだ。」


……なるほど。
クロロがコレを渡しに手渡した意味が分かった。
恐らくは、私が仮にワンピースの世界に行けたとして……これで連絡を取れば寂しくないだろうと言うことなのだろう。


「……これ、片方くれるの?」
「いらないか?」
「ううん、欲しい。……ありがと、クロロ。」
「くくっ、礼を言うのはまだ早いさ。」
「?」


にんまりと。
まるで悪戯を仕掛ける子供の様な笑みを浮かべたクロロ。
そんなクロロに首を傾げるばかり。


「この手鏡の裏面に宝石がついているだろう?」
「あ、本当だ。……私が持ってるのは薄紫……。クロロのは薄緑だね。」
「あぁ。……これにはそれぞれ効果がある。」


一度きりしか使えない、人知を越える力。
そう前置きしたクロロが言った言葉に、私は眼を見開いた。


「俺が持っている薄緑の宝石は、別の場所……“別の世界”から“何か”を呼び出すことができる。」
「……っ。」


一瞬にして、理解した。
私がこのHHの世界に戻ってきた理由。
それは……。


「クロロが私をこの世界に呼び戻したの!?」
「正解。……相変わらず呑み込みが早いな。」
「笑ってる場合じゃない!!」


くつり、と笑うクロロを責める訳じゃないが……。
まさか、クロロが私の為にそこまで動いていたなんて。


「マジですか……。」
「いきなり悪友が消えたんだ。探しもするさ。」
「あーもう……大好きだクロロ。」
「俺もだよ。」


2人して笑い始める。
周りの人たちは不思議そうな眼で私たちを見てきたけど……。
今は構っている暇なんてない。


「目的のものを思い浮かべながら鏡を見れば、鏡面に映る。それを取り出す様にするだけだ。」
「……効果は絶大だけど、一度きり。」
「あぁ、もうこの宝石に力はない。」


キラキラと光る美しい薄緑の宝石。
それを愛おしそうに撫でながらクロロは言葉をつづけた。


「そして、お前が持っている手鏡の宝石は、まだ力が残っている。」
「……こっちにはどういう力があるの?」
「……“別の世界”へ“何か”を送り出す力だ。」


ドクリ
心臓が跳ねる。

嗚呼、クロロの本題はコレだ。


「自分の行きたい場所、送りたい場所を強く思い描きながら鏡を見ろ。鏡面に映る筈だ。」
「クロロ……。」
「そして鏡面に手を入れろ。……そこに行ける。」
「……ごめん、クロロ、せっかく呼び戻してくれたのに……。」
「いいさ。無事であることがわかっただけで。それに、これからはこの手鏡で連絡が取りあえる。」


ニコリと笑ったクロロに、泣きそうになる。
嗚呼、もう、本当に……。

この男は狡くて意地悪で……誰よりも優しい、私の親友だ。


「泣くなよ?」
「泣かないよ。……これがあれば寂しくないから。」
「くくっ、時折連絡しろよ。俺もする。」
「うん、うん。……っマチやパク達とも、お話したい。」
「あぁ、きっとあいつ等もナマエに会いたがるさ。」


くしゃり、と頭を撫でられて、じわりと涙が浮かぶ。
それでも、泣くものかとグッと唇を噛みしめた。


「クロロ……。」
「ん?」
「……ありがとう。」


ニッと笑ってクロロを見やれば。
キョトンとした後、満面の笑みを浮かべた彼。

照れ隠しなのか、“早くその大事な家族とやらを思い浮かべてみろ”と頭を叩かれた。
にへへと笑いながらも手鏡を覗き込む。


ねぇ、マルコ。
今どこにいるのかな?
元気にしてる?
怪我や病気なんてしてない?
……会いたい。
マルコに会いたいよ。


強く、強く。
マルコの事を思い出す。
会いたい、会いたい、会いたい。
私の家族に、会いたい。

きらり、と光った鏡面。
ハッと覗き込めば……。



映し出されたのは、マルコ。



「っマルコ!!」


久々に目にしたマルコの姿に表情を緩めるものの……。
そのマルコの姿は。


「……ナマエ、お前置いてきたというのは子供じゃなかったのか?」
「……の、はずだったんだけど。」


映し出されたマルコの姿は“大人”のもので。
恐らくは私が読んでいた原作時代の姿なのだろう。

両腕を青い炎に変え、空を駆ける。
嗚呼、能力を使いこなせるようになったんだなぁ、なんて思って違和感。


……え?
ちょ、ちょっと待って。


「これ……。」
「……どうやら戦争中みたいだな。」


映し出されたマルコの背後では。
海軍と“白ひげ海賊団”がぶつかり合っている最中で。

待って、待ってよ。
私、この場面を知ってる。
何度も、何度も繰り返し読んだもの。

これは……。


「……頂上戦争っ!!」
「……。」


そう、頂上戦争。
エースが捕えられ、彼と白ひげが命を落とす場所。

嗚呼、駄目だ、そんなことさせてたまるものか。


「ごめん、クロロ、私……っ!!」
「行くんだろう?……早く行け。」
「……っありがとう!」


ぎゅう、とクロロを強く抱きしめれば、同じ強さで抱きしめ返される。

大丈夫、寂しくないよ。
だって、これからは何時だって連絡を取り合えるもの。


「またね!」
「あぁ、またな。」


クロロに手を振り、満面の笑顔で再会の言葉を残す。
クロロも穏やかに笑い、再開の約束をしてくれた。

それに安堵しつつ、私は手鏡の中へと手を差し入れた。


ねぇ、マルコ。


今、行くよ。















(かの地に戻る一人の女)
(すべては)
(愛しき家族の為に)

さぁ

新たな幕開けだ


01 END
2015/05/16


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ゆめうつつ