02


吸い込まれるように手鏡の中へと入り込んだ私。
一度閉じた目を開けば……眼下に広がる戦争。
どうやら私はまた、空の割れ目からこの世界に戻ってきたようで。

パクリと開いた空の割れ目から体をひねり出す。


見えたのは……赤犬の拳がエースの身体を貫いた瞬間。


チッ、と行儀悪くも盛大に舌を打つ。
一足遅かった。
でも……エースは死んじゃいない。
まだ、間に合うのだ。

あたりを見廻せば…。
皆が一様に空の割れ目から現れた私を驚いたように凝視していた。
そりゃそうだ、誰しも空が割れて、その中から人間が出てくるとは思うまい。
ポカンの間抜けな顔を晒す男たち。

……その中には、マルコの姿も。

ビスタと共に赤犬の攻撃を防いだところだった。
丸く見開かれた眼に、思わず苦笑してしまいそうになる。

嗚呼、ごめんねマルコ。
挨拶はまた後で。

息を吸い込み、しばしの間静まり返った一体に響き渡る様に大声を出す。


「“絶対服従命令”……“全員行動停止”!!」


戦争が、ぴたりと止まる。

これで誰一人として動けない。
大将であろうと、四皇であろうと。

……これだけの戦争を止めたのだ。
恐らく後で一定の時間、私は声を失うだろう。

だが、そんなリスクは承知の上。

ひらり、と私は戦場へ降り立った。










02










トン、と軽い音を立てて降り立つ。
地面に足がついた瞬間に、私は走り出した。

向かうはエース。

彼を……絶対にエースを死なせはしない。
マルコを、泣かせてたまるものか。


「火拳のエース!!」
「……。」


エースを抱えるようにしている麦わらのルフィはすでに気絶状態。

エースは……私の声には答えなかった。
私の念能力の所為なのか、それとも……もう、声を出す力さえないのか。
か細い息、焦点の定まらない視線。
命の灯火が消えるまで、あと少し。

時間が、ない。


「……訳あって、貴方を助けます。」
「……。」
「悪いけど、文句は受け付けません。……回復した後は全力で船へ帰って、海へ逃げてください。いいですね?約束ですよ?」


勝手な約束。
だけど、全てはエースを生かすため。

……ひいては、マルコの為。


「“絶対服従命令”……“完全回復”」


エースの傷口が淡い光に包まれる。
それは一瞬の出来事で……。
一息吐く頃には、それは光の粒となって消えて行った。
……エースの傷と共に。

大穴があいていたそこには傷一つなく、あるのは……誇りの入れ墨だけ。

……ギリギリ、間にあった。
傷が消えたということは、エースは生きているということだ。
(死んでいたのなら、傷すら治らないのだから)
本来死ぬはずだった人物の生還。

どうやら、私は物語を変えられたらしい。


「……てめ、ぇ……どう、し、て……。」


ぎしり、とエースの顔がぎこちなく私へと向けられる。

……この能力の中で動ける人なんて初めて見たなぁ。

いや、これは……私の能力が解けてきているのか。
これだけの範囲で、これだけの人数。
そしてこれだけの実力者たちの行動を停止させているのだ。

長くは持たないと思っていたけど、予想よりもはるかに早いタイムリミット。


「もうすぐ私の能力が解けます。……約束聞こえてましたか?いいですね?白ひげの船員さん全てを船に乗せて、海へ逃げるんですよ?」
「……そ、な……こと……。」
「この約束を守ってくれるなら、白ひげさんの傷を責任を持って回復させます。……回復力は今、貴方が身を以て実感したでしょう?」
「……。」


この戦争で傷を負った貴方の仲間を全員、完全に回復させます。
そう伝えれば……グッと眉を顰めた後、小さくうなずいた。
やっぱり白ひげ命なんだなぁ、なんて苦笑していた時だった。


「おと……うと、も……。」
「?」
「頼む……俺の、弟……なん、だ。……こいつ、も……。」
「……はい、了解しました。」


懇願するようなエースの視線にコクリと頷く。

さぁ、時間が無い。
もう少しすれば、海軍たちも動き出してしまう。


「“絶対服従命令”……“白ひげ海賊団及び火拳のエース奪還に関わる人物への能力解除”!!」


ザン、とつんのめる様に動き出したのは海賊たち。
今、自分の身に何が起こっていたのか……理解できず茫然としているようだ。
一瞬、チラリとこちらを見たエースが、そんな海賊たちへと声を上げた。


「皆!船に戻ってくれ!!」
「……エース?」
「エースだ……。」
「エース隊長の傷が治ってるぞ!!」
「エース隊長ぉおお!!」
「今回は本当にすまねぇ!詫びは後でする!!だから、今は船に乗って逃げるんだ!!


歓声が上がる。
その中で、ひときわ強い視線。
白ひげ、エドワード・ニューゲートがこちらをジッと見据えていた。

……あぁ、この人も随分と歳をとった。

にこり、と微笑めばニッと上がる口角。
…私の事は覚えてくれているようだ。


「……息子たちよ!目的は果たした!!船へ戻れ!!海へ帰るぞ!!」
「「「おぉぉおおお!!」」」


エースの叫び、そして白ひげの命令に船員たちが雄叫びを上げる。
全員が驚くべき速度で船へ戻る中……。

一人、ゆらりと私の前に立つ男。


「……。」


それは、他の誰でもない……大きくなったマルコ。
まるで夢でも見ているかのような、狐につままれたかのような。
そんな顔をして私を見つめていた。

……ねぇ、マルコ。
言いたいことがたくさんあるんだ。
話したいこともたくさん。


「…お前……は……。」
「マルコ!!行くぞ!!」
「……っ待てよいビスタ!!俺はあの人を……っ!!」
「待たん!親父の命令だ!!……あの女性と何があるんだろうが、それは後だ!!」


ビスタに腕をとられ、引きずられて行くマルコ。
ハッと我に返ったのか、それに抵抗するかのように暴れ出す。
そんなマルコに苦笑して……言葉を紡いだ。


「行って。……ちゃんと、後で行くから。」
「お前、やっぱり……っ!!」
「ビスタさん、でしたよね。……早く行ってください。」


コクリ、と神妙な顔をして頷いたビスタさんに対し……。

マルコは今にも泣きそうな顔。
まるで親と引き離される子供の様な。

あぁ、あの時見たのもこんな顔だったなぁ、なんてまた苦笑。


「また後でね。……マルコ。」
「……っナマエ!!」


眼を見開いて、私の名を叫んだマルコ。
その姿が船に乗り込んだのを見届ける。

岸を離れ、海へと漕ぎ出した船。

背後で、海軍が動き出す気配。
私はそちらへと向き直った。


ぎしり、と少しずつ少しずつ動き出す赤犬の腕。


まだ……まだだ。
まだ、彼らを追わせるわけにはいかない。


「貴、様……何者じゃあ…。」
「ごめんなさい、答える義理はありませんので。」
「わっし等、の、動きを止めるなんざ、不思、議な力だね〜……。何の能力、だい?」
「それも秘密ということで。」


苦笑する様にニコリ、と笑う。
すぅ、と息を吸い込み、もう一度同じ言葉を紡いだ。


「“絶対服従命令”……“海軍行動停止”。」
「……っ!!」


再び、ピタリと行動を停止する海軍。
動きは止めたものの……恐らく、この効果も長くは続かないだろう。
チラリと海を見やれば、もう遠くへと逃げ果せた白ひげの船。

あれ程までに逃げ切れば……能力の効果が切れ海軍が追ってきたとしても無駄だ。
白ひげの船に追い付けるはずがない。

ホッと息を吐き、海軍へと向き直る。
ペコリと頭を下げた。


「それでは、海軍の皆様。これで失礼します。」


“絶対服従命令”……“テレポート”。

目の前の景色が歪む。
目を瞑り、再び開けば……そこは、白ひげの船の上。

全員が唖然と驚いた表情で私を見やる中……。
私は、ヘラリと笑った。















(お前、さっきの……。)
(えぇ。……さて、約束でしたよね。)
(……本当に、親父の怪我を治せるのか?)
(もちろん。……“絶対服従命令”、“白ひげ海賊団及び火拳のエース奪還に関わったものを完全回復”。)

淡い光が船全体を包み込む。
少しすれば、そこにはキョトンと怪我一つない船員たちの姿。
ソレを見た鬼の子は、はらりと一粒の涙を流した。

そして残るは

青い鳥


02 END
2015/05/16



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ゆめうつつ