隠し事


「そこ!もたもたしてる暇なんてねーぞ!腹空かせた野郎共が押し掛けてくるからな!」
「は、はい!サッチ隊長!」
「手ぇ空いた奴、あっちの作業まわってやれ!グズグズすんなー!」
「「はい!」」


今日も怒号飛び交うモビーディックのメインキッチン。
その中心ではサッチが隊員たちに指示を出し、大食らい達のお腹を満たす為に料理を作り続けていた。
時間は昼。
キッチンが賑わう飯の時間。
わいわいがやがやと賑わしくなる食堂の片隅から……その厨房へと視線を向ける6つの眼があった。


「……なぁ」
「なんだエース」
「なんか……サッチの奴変じゃね?」


厨房でせわしく動き回る兄弟分をじーっと見つつ末っ子はそう言い放った。
いつもと変わらない光景。
いつもと変わりない厨房。
でも、どこか違和感がぬぐえなくて、思わず出た言葉。

そんな末っ子の鋭い指摘に顔を見合わせたのはマルコとイゾウだった。


「……エースにまでバレてらぁ」
「まぁ、あの様子じゃ仕方ねぇよい」
「え?なに?何かあんのか?」


イゾウとマルコの言葉に振り向けば、仕方なさそうに苦笑した兄2人。
そんな二人に首を傾げれば、くつりと笑ったのはイゾウだった。


「サッチの野郎、今体調崩してるみてぇだなぁ」
「え、マジで?」
「いつもならもっと上手く隠すんだけどねい、今回は相当きついんだろい」
「そうなのか?」
「いつもは俺かマルコが気付くか気付かないかくらいだからなぁ。大抵の奴は気付かねぇよ」
「へぇ……」


そんなマルコたちの言葉にもう一度厨房へと視線を向ければ……。
いつも通り忙しなく動き回っているサッチの姿に、やはりどこか違和感。
体調が悪いなら休めよ、と言いに行こうと立ち上がったところでストップがかかった。


「やめとけ。言ったって聞きやしねぇよい」
「でもよ、きついなら休めば良いだろ?」
「あいつも変なプライドがあるからなぁ、俺たちが言っても笑って誤魔化されるだけだ」


じゃあどうすんだと眉を顰めたところで、目の前に運ばれてきた料理に視線が移る。
ダラダラと涎が垂れそうになっても、気になるのはサッチの事で。
そんな末っ子の心境も見抜いているのか、コーヒーを飲みながらマルコがぽつりと呟いた。


「大丈夫だよい」
「?」
「もう少しすりゃ……あいつも休まされるだろい」
「休まされる?」
「いいから早く喰っちまえ。お前さんの隊は今日甲板掃除あたってんだろう?」
「うわ、やべっ!!」


がつがつと料理に手を付け始める。
サッチの事が気にはなるが……イゾウ達がそう言うのなら問題は無いのだろうと。
それよりも掃除をしなかった罰の方が気になり始めて、エースの意識は違う方へと向いて行った。

そんな様子を見てイゾウとマルコはアイコンタクトを交わす。
サッチは変なところで意地を張る癖がある。
エースが真正面から「休めよ」と言ったところで逆効果になるだろう。
それは過去自分たちがやってしまったからこそ確信を持って言える。
こんなとき、自分たちは下手に手を出さない方が良い。
この船でサッチを素直に休ませることができるのは……たった二人だけなのだから。










隠し事










「おし、この仕込が終われば夜までは楽になるな……」


厨房で一人、夜の仕込みをしていたサッチがふぅと息を吐き出した。
今回はサイクロンだの敵船だの海軍だのと重なったので、船員たちの食事の時間がもろに重なった。
故に短時間でかなりハードな作業となったため、他のコックたちは夜の戦いに備えて先に休ませている。
目頭を押さえ、ぐっと目を瞑れば……くらりと頭が揺れたような感覚。

高熱、など何年振りだろうか。

基本的にサッチは健康人間だ。
しかし、エースのようにまったく風邪を引いたことがないなんて超人なわけでもない。
幼い頃は風邪を引いたし、熱を出したこともある。
この船に乗ってからも熱を出すことはあまりなかったのだが……。

今回は色々と重なったせいか、久々に熱を出してしまったようだった。

流石に視界がまわり始めたとなれば放ってはおけない。
味覚はおかしくなるし、調理中に自分の指まで輪切りにしたとあっちゃお笑い種だ。
船医に解熱剤だけ貰って夜まで大人しくしとくかー、なんて思っていたその時だった。


「サッちゃん、今ちょっと良いかしらねぇ?」
「!お、おふくろ」


突然背後から掛けられた声に、びくりと肩を跳ねさせる。
振り向けば……厨房の出入り口にて静かにたたずむナマエの姿があった。
まずい、気配も解らない位まで熱が上がってやがる、と。
ぐらつく頭に冷や汗を流しながらも、表面上はいつもと変わりない笑みを浮かべて見せた。


「どうしたんだ?」
「ナースちゃんたちとお茶することになってねぇ、お菓子を作るのに厨房を少し借りたいのだけれど……」
「なーんだ、そんなことならお安い御用だってんだ。なんなら俺が作るけど、どうする?」
「ふふ、大丈夫ですよ。私も久々に作ってみたいお菓子がありますからねぇ」
「わかった。ならこっちのやつなら自由に使ってくれて良いぜ!それからあっちのは……」
「……」


と、サッチが使ってよい食材の場所を支持し始めた、その時だった。
ピタリとナマエの動きが止まる。
そんなナマエに気付きもしないサッチに目を細めた。


「この中のは夜使うから置いて……」
「サッちゃん」


名前を呼ばれ、サッチの行動もピタリと止まる。
ゆっくりと振り返れば……自分をジッと見据えるおふくろの姿。


「おふくろ?ど、どうしたんだ?」
「サッちゃん、熱あるでしょう」


疑問形でもなく、確信を持ってスパンと言われた言葉に「あぁ、やっぱりバレた」と肩の力が抜ける。
多少の体調不良で、マルコやイゾウ達が気付かぬ程だったとしてもナマエにはばれていた。
なら、今回のように高熱が出たとあれば隠せるはずもなかったな、と何処か納得している自分が居た。
悪戯がバレて叱られる子供の様に視線を足元へとおとす。


「あー、平気だっておふくろ。心配しなくても大したことじゃねぇからよ」
「サッちゃん」
「ほんと。本当に平気だからさ!」
「……」
「ちょっと休んだらすぐ治る……」


「サッチ」


びくり、と肩が跳ねる。
ちゃん付けではない呼ばれ方に、そろりと視線を上げれば……
そこには、少しばかり怒ったような表情をしたナマエの顔。

ナマエはいつだってにこにこと微笑んでいる。
見る者を安心させるような、優しくて柔らかな笑み。
その笑顔が崩れるところなどあまり見たことがない。
……その、あまり見ることのないナマエの“怒った顔”。

あ、やべぇ。と思った時にはもう遅かった。


「あ、あの……」
「寝なさい」


どんなに強い冷酷無慈悲な海賊相手であろうと怯むことなどないサッチ。
ましてや、かの白ひげ海賊団の隊長格を背負う豪傑の一人なのだ。
たとえ相手が百戦錬磨の海軍が相手であったとしてもその口元の笑みを絶やすことは無いだろう。

しかし、普段優しい筈の母が怒った威力は凄まじい。

流石のサッチであろうとも……母の怒りは怖いようで。
ジッと静かに怒る母を前にダラダラと冷や汗を流し、その口元はひくりと情けなくも引き攣る。
彼に許された行動は「……はい」と素直にお返事して、おとなしくベッドに横になる事だけだった。



・・・ ・・・



「……」
「……」


サッチの自室。
傍らにはナマエが椅子に腰掛け、冷たい水で濡らしたタオルをきつく絞っていた。
そんな様子をベッドに横になりながらもチラリと見やるのはサッチ。
……誰だってこんな気まずい雰囲気は好きではないだろう。
かといって、場を明るくしようとふざけたところでナマエに視線で叱られて終わりなのも目に見えていて。
八方塞、どうしようもない。
おふくろ、まだ怒ってんのかなーなんて思いながら眼を閉じた瞬間、額に感じた冷たい感触に肩を震わせた。


「……っ!!」
「あらあら、冷たすぎたかしらねぇ」


ごめんなさいね、なんて苦笑したナマエの眼は……もう先ほどのように怒ってはいなかった。
そのことにほんの少しだけ安堵する。
安堵したと同時に襲ってきたのは、羞恥心。
あぁ、もう、良い歳して何やってんだ、と。


「……悪ぃな、おふくろ」
「……サッちゃんは昔から変なところで意地っ張りですからねぇ」


くすくすと、笑い声が静かな部屋に響く。
……いつだったか、マルコが言っていた。
おふくろの声はまるで子守唄の様だと。
その通りだよチクショウなんて自分でも訳の分からない悪態をついてみても、誰に聞かれるわけでもない。


「ははっ……だって情けねぇだろ?良い歳した男が熱でダウンなんて、ガキかってんだよ」
「情けないなんて思いませんよ。……あのねぇ、サッちゃん」


ナマエの穏やかな目がサッチへと向けられる。
温かな愛情を含んだ視線が自分へと向いていることに、嬉しさとほんの少しの気恥ずかしさ。
ゆっくりと、耳に入ってくる柔らかな声が心地良い。


「皆海賊ですもの。多少の怪我なんかは仕方がないとわかってますよ」
「……おう」
「でもね、酷い怪我や病気なんかは隠したりしないでちょうだい」


心配で寿命が縮んじゃいますよ

そう微笑んだナマエの表情は穏やかだったけれど……観察力の高いサッチが、その瞳の奥に隠された心配でたまらないと言った感情を見落とすはずもなく。

気恥ずかしい
くすぐったい
自分を思っての言葉に……表情が、緩んでしまう。

いくら自分が嘘を吐いたところで、どんな隠し事をしたところで。
結局母親には全部バレてしまうのだろう。
そう、温かで優しいこの人には。


「ん……ごめん、おふくろ」
「わかってくれたなら良いんですよ。……本当に、この船は大きな子供が多いわねぇ」
「はははっ!女からしたら男は全員ガキだって」
「まぁまぁ……どこかの誰かさんみたいなこと言っちゃって」
「……もしかして親父?」
「ふふ……さぁ、どうでしょうねぇ?」


リーゼントを解いた頭を優しく撫でる。
熱を測るためだろう、首の後ろへと回された手は冷たくて……どこか、温かい。


「もう少し落ち着いたら、何か食べてお薬飲まないとねぇ」
「……今なんも欲しくねぇんだけどなぁ……」
「駄目ですよ。卵粥を作りますから、ちゃんと食べてちょうだいね」
「……なら、食う」


あまり食べる機会のない手料理。
こうして特別に食べられるというのなら……たまの熱も良いかもしれない。なんて思ってしまったのはきっと気のせいだ。


「なぁ、おふくろ」
「なぁに?」
「……おふくろは、こんな俺たちが“息子”でよかったのか?」


いつも馬鹿やって、喧嘩っ早くて頑固でどうしようもないあぶれ者が「息子」で。

熱に浮かされた、サッチの言葉。
おそらくは眠気も相まって普段なら言わない事も言ってしまっているのだろう。
一瞬キョトンとした表情を浮かべたナマエが、その顔に優しげな表情を浮かべたのはそのすぐ後で。


「もちろんですよ」
「……」
「まだまだやんちゃで心配ばかりかけられるけどねぇ。私にとって、貴方達は自慢の息子なんですよ」


仲間を思いやり、家族を思いやり、時折ひやひやさせられることもあるけれど……心根の強く優しい息子達
彼等を自慢と言わずなんというのだろうか。
そんなナマエの言葉に、ぐっとサッチが口を噤んだ。
たっぷりと時間を置いて、絞り出す様に語られたサッチの声は小さかったが、ちゃんとナマエに届いていて。


「……昔、親父にも、言った事あるんだけどよ」
「?」
「……俺等の事、息子って呼んでくれてありがとうな」
「私の方こそ、こんなおばあちゃんを“おふくろ”と呼んでくれてありがとうねぇ」


サッチは、優しく頭を撫でられる感触に目を閉じた。
普通に考えれば良い歳をした男が母親に甘えるなど気持ち悪いと思われても仕方ないのだろう。
でも……自分たちは海賊で。
家族と呼べるものなど、とうの昔に亡くしていて。
「息子」と、呼んでくれることが……どれだけ嬉しいかなんて、きっとそれは「息子」にしかわからないのだろう。

優しい手に思い出したのは、この船に乗って初めて熱を出したこと。
他の奴らが平然としている中で、自分だけがこうやって熱を出したことが酷く恥ずかしく情けなくて……。
それに気付いたおふくろが、他の奴らにばれない様に看病してくれた。
その時の事をナマエも思い出していたのだろうか、「おかゆと一緒にゼリーも作りましょうかねぇ」なんて笑う。
卵粥とゼリーは、ナマエが初めて熱を出したサッチの為だけに「特別」に作った料理。


「サッちゃんだけに作ったことは、皆に内緒ですよ?」
「おう」


そう言って笑いあう。
ナマエとサッチの小さな秘密。
ふと胸の内が温かな何かに満たされていくのを感じながら……サッチは静かに目を閉じた。















(うっし!全快全快!隊の奴らに迷惑かけた分巻き返さねぇとな!)
(あ、サッチ隊長!)
(おう!昨日は悪かったな!ちゃんと回ったか?)
(はい、サッチ隊長がほとんど仕込してくださってたので……それよりも昨日はお疲れ様でした!)
(んん?)
(おふくろから聞きましたよ!昨日はあれからサブキッチンの方でナースたちのお茶会のお菓子作ってたとか)
(……)
(いやぁ、俺もナースたちは嫌いじゃないんですけど、あいつらスイーツとなると結構好み激しいし我儘じゃないっすか。あれ結構疲れるんすよねぇ。本当お疲れ様でした!)
(……)
(?…サッチ隊長?)
(……おふくろぉおお!!今からとびっきりのスイーツ作るから待ってろよぉおおお!!)
(!?)

息子のプライドを守る事だって母の役目なのです


END
2016/04/05


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ゆめうつつ