IFの物語


※もしも「おふくろさんっ!」設定で頂上戦争が起きていたらの話。戦争終結後。






電伝虫に良く似た、映像を映し出す電伝虫。
そこから映し出された光景を……ただただ見ていた。


「そんな……。」
「……っお父さん!」
「エース隊長……。」


若く明るく、まるで太陽の様な青年が地に伏せ……。
大きな道標たる男もまた、己の信念の元に息を引き取った。

その映像を見やる老齢の女性の後ろには、若い女たちが涙し互いを支え合うように肩を抱き合った。
どん底にいた自分たちを引き上げてくれた大きな手に、もう触れられない。
いつだって力強く、道を指し示してくれたあの瞳を見ることは叶わない。
涙で視界は揺らぎ……雫を止めようにも止められない。

ふと……一人のナースが前を見やる。

視界に入ったのは、ただ只管に映像を見上げる老齢の女性の背中。


「……お母さん……。」
「……。」


決して涙を流すことも無く。
崩れ落ちることも無く。
真っ直ぐに、映像を見やるその背中は……

ただ、凛としていた。










IFの物語










とある島。
花が咲き乱れるその島に……立派な墓が二つ。

ポートガス・D・エース
エドワード・ニューゲート

両名の名前が刻まれた墓に軽く頭を下げ、背を向け歩き出したのは赤髪だった。
白ひげの息子達が列を成し、まるで船へと続く道とも言えるべき場所を歩く。
悲痛な表情を浮かべた者、覚悟を決めたように目を閉じる者、悔しさに歯を食いしばる者。
それでも、多くの者たちが結末を受け入れたかのように佇み、静かだ。


「……流石は、白ひげの息子ということか。」


かの偉大な男が居なくなっても、その意思はちゃんと後世へと受け継がれている。
白ひげ海賊団は必ずまた立ち上がるだろうと……小さく笑みを漏らした、その時だった。

シャンクスは前から歩いてきた人物に気付いた。

花束を手に、ゆっくりと……しゃんとした足取りでしっかりと歩いてくる女性。
見覚えのあるその姿を見て、彼はほんの少しだけ眉根を寄せた。


「シャンクス君。」
「ナマエさん……。」
「随分と迷惑をかけてしまったようで……ごめんなさい。」
「……。」
「それから……本当に、ありがとう。」


自分の存在に気付き、微笑んで、頭を下げた女性に……シャンクスも頭を下げた。
そんなシャンクスにもう一度微笑み掛けて、再び歩き出したナマエ。
すれ違い、その顔を見るも……泣いてはいなかった。
自分の記憶にある表情と何ら変わりなく、穏やかな微笑すら浮かべて。


「……。」


強い。
彼を慕った息子達も、その妻も。
愛する者の死を受け入れるというのは、どれほど痛い事か辛い事か知っている。
だからこそ……折れないでほしいと強く願う。
グッと唇を噛みしめ、シャンクスは再び歩き始めた。
自分の仲間が待つ船へと。






「……おふくろ。」


シャンクスが己の船へとたどり着く頃。
ナマエもまた、その墓前へとたどり着いていた。
くしゃりと、表情を歪めたマルコが何か言わねばと口を開くも……言葉が出ない。
そんなマルコに、ナマエは微笑み掛けた。


「マルコちゃん、お疲れ様。」
「おふくろ……。」
「皆も、よく頑張ったわねぇ。」
「……っ。」
「ちゃんと無事で帰って来てくれて、ありがとう。」


おかえりなさい。

ただ、それだけだった。
その言葉だけで、目頭が熱くなる。
漏れそうな嗚咽を必死で押さえつけて……。
そんな彼らを慈しむ様に見詰めた後、ナマエはエースの墓前へと跪いた。
二つの内、一つの花束をそこに添える。


「エースちゃんも頑張ったわねぇ。ちゃんとルフィ君を守れて、とっても偉いわ。」


そうやって話しかける声は穏やかで、震えてはいない。
愛情に満ちた表情で微笑み、言葉を続ける。


「貴方は自慢の息子ですよ。……エースちゃん、お疲れ様。ゆっくり、おやすみなさいね。」


たくさんサッちゃんにおねだりして、美味しいもの作ってもらってね。
あと、あの人がお酒を飲みすぎない様にちゃんと見張ってて頂戴ね。

そう言って、エースの名が刻まれた墓石に手を伸ばし、優しく撫でた。
冷たく、硬いその墓石の後ろからひょっこりとエースが出てきそうで……少し、表情が揺らぐ。
歪みそうだった視界を閉じて、大きく息を吸い込み深く吐く。
そうして立ち上がれば……また微笑むことができた。


「マルコちゃん。」
「……何だよい、おふくろ。」
「少し一人にしてくれないかしら。」


そう言って微笑むナマエに、マルコはきつく眼を閉じた。


「……嗚呼、わかったよい。」
「ありがとう。」


指示を出し、兄弟たちを一度船へと撤退させる。
イゾウやジョズたちと視線を交わし、こくりと頷いて自分たちも離れた場所へと移動する。
チラリと盗み見たナマエの目に……涙が、浮かんでいるような気がした。

息子達の大体が船へと戻り、数人の隊長格が遠く離れた場所へと移動したのを見届けて。
ナマエは白ひげの墓の前へと花を添えた。


「まずは……あなた、お疲れ様でした。」


そう言って、微笑む。
見上げる程に立派な墓に、揺れる見覚えのあるコート。


「ふふっ……心配なさらなくても、あの子達なら大丈夫ですよ。あなたに似て、強い子達ばかりですから。」


彼にとっても彼女にとっても、自慢の息子達。
しばらくの間は落ち込み、悔やみ、嘆き悲しむだろう。
しかし、必ず立ち上がるという確信があった。
何故なら、彼の息子なのだから。


「……本当に、色々ありましたねぇ。」


柔らかな風が頬を撫でる。
彼と出会ったのも、こんな春島だった。


「初めて会った時、貴方の眼に惹かれて……。そうそう、初めて喧嘩をしたのは夏島でしたねぇ。」


春島で出会い、彼と一緒に海へと出た。
夏島で喧嘩して駄々をこねて、彼を相当困らせた。
秋島では手料理をふるまい、そこで駆け出しの海賊王とも出会った。
冬島で遭難した時は一緒に小さな小屋で身を寄せ合ったこともある。


「覚えてますか?はじめてマルコちゃんが船に乗ったときの事……。」


彼が誘拐同然で連れてきた子供。
最初はそれはもう驚いたものだ。
薄汚れた子供を小脇に抱えて、目を丸く見開く彼女に「俺たちの息子だ!」と言い放った時の事。
マルコが離せよい!と必死に抵抗していたのを見て、彼を怒ろうかどうしようか酷く悩んだ事も今では大切な思い出だ。

じわり、と、視界が揺れる。


「その後も、懲りずにサッちゃんやジョズちゃんを連れてきて……いつの間にかこんな大家族になってましたねぇ。」


一人二人と子供たちが増えた。
子供を作ることが出来ない自分に与えてくれた、大事な子供たち。
立派に成長し、彼の遺志を受け継いだ強い人間となった。
それもこれも、すべて彼のおかげだというのに。

その彼はもう、ここにはいない。


「…………狡い人。」


目頭が熱くなる。
鼻の奥がツンと痛む。
視界が……涙に揺れる。


「私を置いて行くなんて……本当に酷い人。」


思い出すのは、彼の全て。
ごつごつした大きな手は、無骨だけど温かで。
彼女や幼かった子供たちに触れる時は、とても優しかった。
鋭い切れ長の眼は力強く、時には恐ろしくもあったが……
家族に向けられる視線は穏やかで、いつだって見守ってくれていた。
強く、おおらかで、芯が通った強い人で……。
あの笑い声を聞くだけで、安心し、こちらも笑っていられた。


「……っどう、して……。」


一緒に連れて行ってくれなかったのですか、とは言えなかった。
どうして自分もそちらへ連れて行ってくれなかったのかと。

わかっていたことだ。
彼がこの戦争を自分の最後と決めていたのは。
わかっていたはずだ。
彼女は残された息子達が立ち直るまで傍に居るために生かされたのだと。
それでも……

一度、涙があふれてしまえば……もう止められない。

崩れ落ちる様に座り込み、体を丸め、嗚咽を漏らす。
何十年ぶりかに声を上げて泣く。
この泣き声が遠く離れた息子達に聞こえやしないかと気を配る余裕もなかった。


「あなた……っあなた……ニューゲート……っ。」


平気なはずがない。
普通であるはずがない。
この世の誰よりも愛する人を失った。
例え覚悟をしていたとしても……堪えきれるものではないのだ。


「……っ。」


痛い、痛い。
胸も、心も、全てが痛い。
ぎゅうと胸を抑え、唇を噛みしめる。

涙で濡れた目で見上げれば……穏やかな風に揺れるコート。


「……。」


それを見た瞬間。

……何故か、フッと笑みが漏れた。


「……ふふっ。」


風が花の香りを運び、頬を撫ぜる。
ぽかりと穴が開いたような胸に……なんだか温かな風が舞い込んできたかのようだ。


「……狡くて、酷くて…………本当に凄い人ですね、あなた。」


彼女が泣いていれば、いつだって差し出されていた大きな手。
今はもう触れてはくれないその手。
でも……

今、まるで、彼が差し伸べる手のように、風が優しく頬を撫ぜた。

まるで魔法のように、涙が止まる。
冷たく、痛かったはずの胸が……じんわりとした温かさに包まれる。

彼女の言葉に、答える様に揺れるコート。


「……これから大変ですねぇ。あの子達にたくさん頑張ってもらわないと。」


涙に代わり、笑みを浮かべる。
我慢しているわけでもない、自然と浮かんだ笑みに……気持ちが凪いだ。


「それに当分寂しいですよ。だってあんなに広いベッドに私一人ですもの。」


ナースちゃん達に遊びに来てもらわないと。
そう言ってクスクス笑う。
涙を拭い、ゆっくりと立ち上がれば……ひらりとはためいたコートの裾が彼女の頭を撫でる。
嗚呼、もう、本当に心配性なんですからと、更に笑みがこぼれた。


「あなた、また落ち着いたら会いに来ますね。」


しっかりと大地に足を付け、穏やかな気持ちで墓石を見やる。
それを通して見たのは、彼の豪快な笑い顔。

踵を返し、歩き出そうとすると……それに気付いた息子達が慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
どうやら、心配性なのは彼だけではないらしい、と苦笑する。

そんな息子達に歩み寄ろうとした彼女が「あぁ、そうそう」と忘れていたかのように振り返る。
そうして墓前で告げた言葉は……


「あなた、いつまでも愛してます。」


そちらで浮気なんてしちゃ嫌ですよ、なんて。

永遠の愛を告げる言葉。















(―――…ぉぃ……おい、エース?)
(あ……?)
(お前何泣いてんだよい?)
(悪い夢でも見たんじゃねぇの?)
(あー……うん、なんか、変な夢見たような…。)
(変な夢?)
(サッチが死んで……俺と親父も死んだ夢)
(え?何?俺も死んでんの?)
(お前と親父も死ぬとか縁起でもねぇ夢見てんじゃねぇよい)
(んー……おふくろ泣かせちまった…)
(……ったく、ただの夢だろい。さっさと忘れろよい。)
(そうそう、ただの夢だろ、夢。)
(夢……。)
(そう、夢だよい。)
(……だな!よし、忘れた!)
((早ぇよ))


これは夢、もしもの物語


END
2016/02/28



[*前] | [次#]
back


ゆめうつつ