17


コンコン

結局一睡もできなかった日の朝。
ノックの音が響き、私はビクリと体を跳ねさせた。
太陽はすでに海面から姿を現し、船員たちが活動し始める頃合いなのだろう。
誰かが起こしに来たのかな?なんて考えるまでも無い。
扉の向こうにある気配はもう覚えがあり過ぎて。


「ナマエ、起きてるかい?」
「……!」


マママママママルコ、だ。
どっどうしよう何の心の準備もできてない。
どう返事をすれば良いんだ!?
あれ?私って今までどうやってマルコに接してたっけ?
あああ駄目だ混乱と睡眠不足でまともに頭が働かない!

返事もできずグルグルと思考がループしていれば……。
がちゃり、と開いたのはこの部屋のドアだった。
し、しまった!!
鍵かけ忘れてた!!


「ん?なんだ、起きてんじゃねぇかよい。」
「お、おおおはよう、マルコ。」
「おはよう。サッチがもうすぐ朝食ができるって言ってたからねい。」


行こう。
そう言って、マルコは笑う。
間抜けにもベッドの上でシーツに包まり、隈の酷い顔でぽかーんと口を開けている私。
部屋の入り口で、マルコはそれ以上入ってくることはせずにこちらを見て笑んでいた。


「もうすぐ次の島に着くからねい。ナマエ、何か欲しい物あるかよい?」
「え?あの、いや、別に……。」
「入用なものがあればナースたちと買いに行ってくると良い。」


あ、あれ?
なんだか、いつものマルコだ。
あまりにも普段通りのマルコの姿に、かるく困惑する。

まるで、昨日の告白劇など無かったかのようだ。

……もしかして、昨日のあれは夢だったのかな?(私眠ってないけど)
ああ、きっとそうだ。あれは夢だ、白昼夢だったんだなぁ。
良かったー……もう心底安心したわー……。


「……そっか!島も久々だから楽しみだねー!」
「ナースたちと買い物した後は、俺の買い物にも付き合ってほしいんだけどよい。」
「全然OKですよー。何買うの?」
「服と靴。ちょっとくたびれてきてるから新しいの買おうと思ってねい。」


昨日の“色”など微塵も感じさせないマルコの姿に、脳が良い方向に記憶修正していく。
夢だったんだと。
悪い夢を見たんだと。
ホッと息を吐いた私を、マルコが眼を細めてみていたなんて知る由も無くて。

マルコを部屋の外へ出して着替え、ベッドを抜け出し扉を開く。
すると、扉の横に背中をもたれ掛る様にしてマルコが待っていて。
にへりと笑って見上げれば、マルコもニッと笑みを浮かべてくれた。


「まずは腹ごしらえだねい。」
「今日のご飯何だろう?最近サッチさんのご飯が楽しみで楽しみで……つい食べ過ぎちゃうんだよね。」
「あぁ、だから最近ちょっと丸くなったのかよい?」
「えっ!?嘘!?」
「嘘。」


“酷い!”なんて軽口を叩きながら歩き出したその時だった。
足を止めたマルコが、私へと振り返る。


「……あぁ、忘れてたねい。」
「んん?」
「おはようナマエ、愛してるよい。」


視界が陰ったかと思えば、唇に柔らかな感触。
ご丁寧にもチュッと音を立てて離れたソレは考えるまでも無くマルコの唇で。

油断、してた。

だって、夢だと思ったんだよ。
夢だと思いたかったんだよ。
あまりにも普通なマルコに気を抜いて無防備なところに……やられた。


「……(唖然)。」
「くくっ……腕はたつのに、やっぱりナマエはどこか抜けてるねい。」
「わ……。」
「ん?」
「わあ゛ぁあああああああ!!」


それを理解した瞬間、私は驚愕して本気で逃げだした。
全速力で駆けだし、駆け込んだのは食堂……の、厨房。


「サッチさああん!!」
「ぐふっ!!」


思わず、サッチさんにタックル。
彼の腰がゴキッと嫌な音がしたような気がしたが、今の私にそれを気遣う余裕はない。
2人で床に倒れ行く中、他のコックさんたちが酷く驚いた顔が印象に残った。










17










「すみませんサッチさん、本当に申し訳ないです……!!」
「大丈夫大丈夫、俺ってば超丈夫だから。気にすんなって!」
「うぅ……」


数分後、俺の目の前でぺこぺこと頭を下げているのは俺の命を救ってくれたと言っても過言ではない……。
この船の大恩人、ナマエちゃんだった。
先ほど、俺の腰目掛けて弾丸の如くタックルを噛ましたことが相当堪えているのか、本当に申し訳なさそうな表情に苦笑が浮かぶ。
本当に気にしなくても可愛い女の子からの抱擁なら喜んで受けるんだけどなぁ、俺。
(とはいえ、マルコと張り合う戦闘力を持つナマエちゃんのタックルは正直腰が折れたと思ったが)


「ほら、ハルタのとこにまだ朝飯あるから、食べてきな」
「本当にすみませんでした……」
「良いってことよ!いつでもこのサッチさんに飛び込んでいらっしゃい!」
「……ふふっ、ありがとうございます」


そうやってふざけたように言いまわせば、多少は気が紛れたのか、くすりと笑ったナマエちゃんにこちらもホッと息を漏らした。
女の子が落ち込んでるのなんて見たくねぇしな。
ぺこりと頭を下げたナマエちゃんがハルタの所へと歩み寄るのを、ひらりと手を振って見送る。
それに気付いたハルタに声を掛けられて、嬉しそうに返事をしているナマエちゃん。
うん、やっぱ女の子が笑ってんのは可愛いねぇ。

なんて微笑ましくその光景を見守っていれば……近くに寄ってきた見知った気配にその手を降ろす。


「……で?お前はナマエちゃんになぁにしたわけ?」
「別に、何もしてねぇよい」


カタリと椅子を引いて座る音。
そちらへと視線を向ければ……気配通り、昔から面白ぇ髪形をした長男様がすました顔で座っていた。
俺の問いかけにもしれっと答えやがったところを見るに……何かをしたのは間違いないのだろうと悟る。


「何もしてないわけねぇだろー?ナマエちゃん可哀想なくらいテンパってたぞ?」
「俺はただ気持ちを伝えただけだよい」
「……」


マルコのその言葉に、微かに目を見開いた。
気持ちを、伝えた。
それは……こいつがこの数日悩みに悩んでいた事をだろうか?
まさか、とは思ったがこの雰囲気から察するに冗談などではないらしい。

……言ったのか、コイツ。


「……昨日までの臆病っぷりとは真逆じゃねーの。どういう心境の変化?」
「お前らのお節介とナマエの墓穴を掘る行動の結果だねい」
「あー……自滅したのか、ナマエちゃん」
「くくっ、そりゃもう見事に自分で俺の背中を押してくれたよい」


ゆるりと笑うマルコの視線の先には、ハルタやエースと話をしているナマエちゃんの姿。
……なんつー、愛おしそうな眼で見つめてんのかねー。
こっちが照れるわ。
つーかそんなお前が心底気持ち悪ぃわ。

でも、意外と臆病だったこの男が一歩を踏み出したのだと知って……自然と口角が上がる。


「随分と余裕だなぁ、サッチさんびっくり」
「あ?」
「昨日までのお前からしてみれば、もっと切羽詰ってるかと思ってな」


あれだけ、伝えることにすら怯えていたマルコの事だ。
吹っ切れて想いを伝えたとしても…もう少し思いつめるかと思っていた。
だがどうだ?
今俺の隣にいる男は余裕綽々と言ったように、緩やかに笑ってんじゃねぇか。


「まぁねい。……ちょっと気付いただけだよい」
「気付いた?」
「この世界でナマエに一番近い人間は俺だし、ナマエは俺を大事にしてるってのは自惚れじゃねぇだろい」
「……確かにな」


そりゃそうだ、と頷いて見せる。
マルコはナマエちゃんを溺愛しているし、ナマエちゃんはマルコを慈しんでいる。
それはこの船に乗る者ならだれもが知っている……周知の事実だろう。
チラリとマルコを盗み見れば……
愛しげに細められた目に見えたのは、鈍い光。
男の視線の先を辿れば、ハルタ達と楽しげに笑っているナマエちゃんの姿。
その笑顔に「あーあ」と同情した。


「ナマエは俺を置いて逃げない」
「まぁ、うん。そりゃそうだろうけどな?」
「俺を置いて消えてしまったという負い目がある限り、ナマエは俺の前から消えたりしねぇよい」
「お前……」
「ナマエは逃げない、そしてこの世界でもっともナマエに近しい人間は俺」
「……」
「……焦る必要はねぇって気付いただけだよい」


ゆっくり、じわじわと、落としていくだけだ

その言葉の中に「邪魔する奴は誰であろうと容赦しない」といった意味合いがひしひしと伝わってきて。
ヒクリと口元を引きつらせた俺に気付いていないのだろうか?
……いや、気付いていたとしても気にしていないだけだろう。

あぁ、やっぱり……


「……タチ悪ぃわ、お前」
「ハッ、言ってろい」


呆れたように言って見せれば、返ってきたのはクツリと笑う悪人面。
ため息一つ吐いて、もう一度前を見れば……先ほどと変わらず笑顔を浮かべるナマエちゃんの姿。

……あーあ、可哀想に。
なんて再び合掌して見せた。
俺は知ってるから。
この男が……

これと決めたら必ず手に入れる。
海賊の中の海賊だということを。















(ナマエさん、珍しいね?マルコと一緒じゃないなんて)
(えっ!?そ、そそそうかな?)
(ホントだな、何かあったのか?)
(な、何でもないよエース君!あ、ハルタ君そのパンとってもらっても良いかな?)
(あ、うん。どうぞ)
(ありがとう!あーやっぱりここのパンは美味しいねーっ!!)
(やっぱ美味ぇよな!?俺、それも好きだけどこっちも好きだぜ!)
(解る!こっちはふんわりだけど、そっちは食べごたえがあるもんね!)
(これも美味ぇんだぞ!喰ってみろよ)
(ありがとう!わ、本当に美味しい!あははははは!!)
(……(あからさまに話題逸らしたなぁ、ナマエさん))


END
2016/04/05


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ゆめうつつ