16
どうしよう。
今の私の頭の中はそれでいっぱいだ。
この白ひげさんの船の中で宛がわれた私の部屋。
ベッドに潜り込み、うつ伏せになりふわふわの枕で頭を覆う。
いや、もう、本当にどうしよう。
まさか。
マルコが私の事を好きだとは思ってもいなかった。
いや、家族としては好いてくれているとは思っていたけれど……。
女として、恋愛対象として好きだなんて、微塵も思っていなかったのだ。
マルコに告白され、腰を抜かし。
エース君に部屋に連れてきてもらってから……。
私はずっとこの状態で悶えている。
もう夜中も夜中。
船は寝静まっているというのに……全然眠れる気配がない。
嗚呼、もう、本当にどうしよう。
それだけがずっとループする。
「……ん?」
その時、ふと気付いたのは……手鏡。
クロロがくれた、大切な宝物。
「……クロロ……。」
手鏡を取り出し、鏡面に自分を映す。
もう一つの故郷にいる家族を思い描く。
まるで、兄妹のような人を。
数秒後。
ゆらり、と鏡面が揺れる。
写ったのは……風呂上りなのだろうか?
髪を降ろしたクロロの姿。
「クロロ……。」
「久しぶりだなナマエ。やっと連絡してきたか。」
“相変わらずお前は行動が遅いな”と、鏡の中で、クロロが笑う。
悪態をつきながらも、その表情は穏やかで……。
ぷつり、と…緊張の糸が切れた。
「ク、クロロぉ〜……。」
「は?……おい、どうした?」
ぶわりと溢れた涙。
突然の急展開に……思ったよりもパニックになっていたんだろう。
訳も解らず涙がどんどん溢れてくる。
鏡の向こうで珍しくも焦った表情を浮かべたクロロが涙でゆらりと揺れていた。
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「ぐすっ……ごめん、取り乱した……。」
「やっと落ち着いたか……。」
「うん……どうにか……。」
ひとしきり泣いた後、ようやく落ち着いてきて……。
ハンカチで残った涙をふき取りながら、鏡面のクロロを改めて見やる。
久しぶりに見た兄弟は、すでに少しばかり疲れてしまったようだ。
(いや、もう、本当にすみません。)
「で?一体どうしたんだ?」
「もう、なんていうか……思っても見なかった状況になってパニックになったと言いますか……。」
「思ってもみなかった状況?」
「とにかくクロロの顔みて落ち着きたかったというか……ごめんね、こんな時間に。」
「……気にするな、そちらとこちらでは多少なりとも時間のずれがあるらしいからな。」
どうやらこちらは真夜中だというのに、HHの世界では夜になったばかりらしい。
私が最初こちらに来たときはHHも同じように時間が流れていたけれど……。
HHの世界に戻ったときは、こちらではもう20年以上の時が流れていた。
何か法則でもあるのだろうか……。
……なんて余計なことを考えてしまうのはただの現実逃避なのだろう。
「さて。理由を言ってみろ。」
「……あ、皆は元気?マチやパクにも久々に会いた……。」
「こっちは久々に連絡とってきた家族にいきなり数十分泣かれてそれを慰めまくってたんだ。……理由を、言ってみろ。」
「あ、ハイ。」
ヤバい、今団長モードに入りかけてたな。
団長モードに入ったクロロに畳み掛けられたら怖いし反論できない。
ここは羞恥心はあれど素直に話した方が良いだろうと、戸惑いながらも口を開いた。
「あの、さ。……私がこの世界で家族だっていってた……マルコ、居るじゃん?」
「あぁ、お前が可愛い可愛いと言っていた子供か。確かもう大人になっていたな。」
「あー……うん、そう、なんだ、けど。」
やっぱり、言い辛い。
兄妹も同然の……しかも異性の人間にこんなこと相談するなんて言い辛くて当たり前だ。
言おうと思ってもやっぱり口ごもってしまう私に……クロロが大きく息を吐いた。
「……告白でもされたか。」
「うえっ!?」
突然の確信に思わず体が跳ねる。
呆れたようなクロロの表情に焦ったのはこっちだ。
「な、なんで……っ!?」
「お前は相当そのマルコとやらを大事にしていたようだからな。死んだらそんな程度の涙ではないだろうし、そもそも死なせるはずがない。」
「そ、それは、そう、だね。」
「そちらの世界で不治の病にかかっただの大怪我をしたとしても今現時点で声が出ているお前が“絶対服従命令”で治療しているはずだし、万が一念能力が効かないもので俺に助けを求めに来たのなら率直に言っているはずだ。」
「お、仰る通りで……。」
「あれだけ可愛がっていたソイツに嫌われたとしたのなら……お前の事だ、もっと青褪めて憔悴していてもおかしくは無い。」
「うぐ……。」
「だとしたら残る選択肢で可能性が大きいのは一つ。……好きだと言われたんだろう。」
女として。
クロロの推理力にぐうの音もでない。
まったくもってその通りだったからだ。
何も言わない私に、肯定だと取ったのだろう、もう一度クロロが大きく息を吐いた。
「今まで気付かなかったのか。」
「……面目ない。」
「まぁ、お前の鈍感は今に始まったことじゃないな。」
そう言って苦笑する。
もうクロロに頭が上がらないと思いつつも、私は経緯を話し始めた。
マルコが欲しいものがあると悩んでいたこと。
それを諦めるなと挑発したこと。
やっとマルコがいつも通りになったかと思えば……
告白された、のだと。
物凄く言い辛いけど、ぽつぽつと伝えれば……クロロは更に呆れたような顔を浮かべていた。
「……自業自得も良いところだな。」
「ぐ……。」
「自分で煽ってその結果がこれか。」
「もう言葉もありません……。」
「……そのマルコとやらに同情するよ。」
クロロの言葉に私はただひたすら小さくなるばかりだ。
実際、私は何も気づいていなかったし、自覚は無くとも煽ってしまったのは事実だ。
再び、思考がループし始める。
「どどどどうしようクロロ!私これからどうすれば……。」
「どうするもこうするも、俺が決めることじゃない。」
「うぅ……クロロが冷たい……。」
「甘えるな。それにこれはお前が決めることだろう。」
お前は、どうしたいんだ。
クロロに問われて、口を噤む。
どうしたい……。
どうしたい、なんて……。
「……わかん、ない。」
「……。」
「マルコは……返事を求めなかった、し、もし求められたとしても……。」
あの時、あの状況で……マルコの想いを、受け入れることはできなかっただろう。
だって、私はマルコを家族と…弟や息子のようにしか思っていなかったのだ。
いきなり好きだ愛してるなど言われても、受け入れられるはずがない。
「それが解っていたからマルコとやらも返事をきかなかったんだろう。」
「……だよね。」
「自分でよく考えろ。こればかりは俺にはどうにもできないからな。」
肩を竦め、苦笑するクロロに……こちらも苦く笑い返すことしかできなかった。
そうだ、流石にこれはクロロにどうにかしてもらう訳にはいかないのだから。
「うん。……ありがとクロロ。おかげで大分落ち着けたよ。」
「こっちはただ疲れただけだがな。」
「ご、ごめん。いつもご迷惑をお掛けします……。」
「今さらだろう。……しかし、そうか……お前が告白をな……。」
「?」
ブツブツと何やら真面目に呟いているクロロの声は小さくてこちらには聞こえない。
「クロロ?」
「くくっ……いや、なんでもない。もう眠れそうか?」
「うーん……まだ無理かも……だけど、ちょっと横になってみるよ。」
「そうか。俺も新しい仕事の予定ができたからな、今日はもう寝るよ。」
にこりと、それはもう綺麗な笑みを浮かべたクロロ。
……クロロがこの笑みを浮かべる時は、何かしら企んでいる時なのだけれど。
今日は色々話も聞いてもらったし、問いただすのは今度にしよう。
「あんまり無茶しないでね。」
「あぁ、おやすみ。」
「おやすみ、クロロ。」
にこりと笑ったクロロを最後に、鏡面が揺れ……映し出されたのは自分の顔。
ふと気付けば……窓の外がうっすらと明るくなり始めていた。
「……もう、朝なんだ。」
結局一睡もしてないな、なんて苦笑する。
クロロと話をして落ち着いたとは言ったものの……。
嗚呼、マルコに対してどう対応すればよいのか。
いつもならご機嫌な朝だけど、今日ばかりは朝日が怨めしかった。
(さて、と。……聞いたか、マチ、パク。)
(えぇ、聞こえてたわ。)
(随分と面白い事になってるみたいだね。)
(やることは解ってるな?)
(もちろん、シャルが今お宝の在処を探ってるわ。)
(見つけ次第決行だね?)
(あぁ……。)
にやりと笑んだ盗賊団
16 END
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ゆめうつつ