ヒーローになりたくない私は今日も逃げる
「治羽ちゃんはヒーローになりたくないの?」
「え、...ひ、ヒーローは痛そうで怖いからすきじゃ、ない...。」
「ふーん、変なの。」
私はあの時の冷たい声が今でも忘れられない。
私は有り得ないくらいの怖がりだった。鳩がバサりと翼を広げる音でさえも怖くて体を震わせていた。勿論、血なんてのは目に見えた瞬間くらりと目眩がする。だから、いつも血を出して痛そうなのに私たちを守ってくれるヒーローがどうしても好きになれなかった。ヒーローですら怖いなと思ってしまったんだ。でも、それは周りから見たらおかしい事、だった。普通の子はみんなヒーローに憧れるらしい。普通の子は自分を守ってくれるヒーローが好きらしい。普通の子は、血まみれのヒーローをただ応援するだけだった。怖がりなんかせず、目に憧れを浮かべて応援するだけだった。
私はどうしてもそれが怖くて仕方なかった。
お母さんとお父さんは優しくてそんな私のことも理解してくれた。治羽ちゃんは優しいのね、治羽ちゃんは可笑しくなんかない、ヒーローにならなくても別にいいのよ。そう言って優しく抱きしめてくれた。とても心が温まった。
けど、そんな穏やかな時間は私が個性を発現した齢6歳で消えた。私の個性は、『天使』、といって天使っぽいことは全て出来るというものだった。お母さんとお父さんは誰かに優しくできるあなたらしい個性だわ、と優しく笑いかけてくれた。自分を認められた気がその時はした。
でもお父さんが私の個性届を提出した次の日だった。ある一本の電話がかかってきた。その電話の主は国、公安のお偉いさんからの電話で内容は私を養子に出して欲しいとの事だったらしい。お父さんの怒鳴り声が一日中響いた。怖かった。いつも優しいお父さんがどうしてあんな怒ってるのかあの時の私には理解出来なくてとてもとても怖くてお母さんにしがみついた。お母さんは悔しそうな、怒りを閉じ込めた笑顔で大丈夫だからね、あなたは私たちの大切な子だから。そう言って強く私を抱きしめた。
結局、公安は私を養子として受け入れることはやめた。けど諦めなかった。私の個性は『天使』だから背中から美しい翼が生えて、人の怪我を治せるらしい。治癒の個性は珍しいから公安は私にどうしてもヒーローになって欲しかった。
私はヒーローになりたくなかった。
妥協案として、狙われやすい私のため、国のため、私は護身術として武術を習うことになった。最初はそれもお父さんは拒否してたけれど公安はあの手この手で逃げ道を消してきたらしい。お父さんが私にそのことを話した時の悔しそうな顔は今でも覚えてる。私のせいでこんな顔をさせてしまったんだと思うと怖くて仕方がなかった。お父さんにたまらず抱きつけばお父さんは暖かい体で抱きしめてくれた。
「こんにちは。俺はホークスって言います。まだヒーローとしてはデビューしとらんけど天使治羽ちゃんに教える為に来ました。よろしくね。」
「天使治羽です。よろしくお願いします。」
私にヒーローデビューする前まで色々教えてくれてたホークスさんも怖くて仕方なかった。ホークスさんが教えてくれた武術はそこまで怖くないものだったけれどいつ弱気な私に愛想をつかして、怖いことをするのか分からなくて怖かった。ホークスさんは最後まで優しく教えてくれた。それでもホークスさんが怖い自分に嫌気がさした。
ホークスさんがヒーローとして活動するようになるくらいにはもう私は中学生になる頃で、私は公安に有名な国立の中学校に入れられた。そこではみんながヒーローになりたいと言ってて怖かった。ヒーローなんていいものじゃない。怖くて、危ないもの。怖がらずはっきりと言えるような性格になりたい、何度も自分を恨んだ。
中学校生活は呆気なかった。すぐに3年が経った。私の高校の進路は雄英になった。また、公安が保護しろと言ったらしい。
雄英の校長先生と面接する日は怖くて怖くて仕方なかったけど先生は思ってた何倍も可愛くてびっくりした。先生は優しくてヒーロー科に入らなくていいと言ってくれた。学校側は保護としか言われていないから、君は普通科や他の科でいいのだと。嬉しかった。
私は雄英高校に普通科の一般生徒として入学した。
お父さんとお母さんはまた自由な道に行かせてあげられなくてごめんね、と言っていたけれどそんな事ないよ。と笑えば私を優しく包み込んでくれた。
「はい、君らの為に来てくれた普通科の天使だ。」
「普通科1のCの天使治羽と言います。個性は天使で天使っぽいことが出来ます、ので治癒の個性の役割として来ました。よろしく、お願いします...」
「こちらこそよろしく!!」
「天使ちゃんめっちゃ髪長いね!」
「は、はい...ありがとう、ございます...」
「無理して敬語使わなくていいからね!?」
「は、はい...うん...」
でも、じゃあ、なんで、なんでこんな目に遭っているのだろう。
だって、仕方ないじゃない。私には個性があるのだから。個性があるから逃げちゃいけない。誰かを治してあげないといけない。
だから、真っ黒な怖いのがいるのも、手に囲まれてる怖い敵が目の前にいるのも、沢山の敵たちがいるのも、仕方がない。仕方ないんだ。
「天使ちゃん、逃げて!」
足が動かない。力を失った足はその場に倒れこんだ。怖い。怖くて怖くて仕方ないよ。誰か助けて。
「こ、こわいよ、、ぅ、あ、やめて、嫌だ、怖い。」
どうしよう。怖い。死にたくない。動けない私に大勢の敵がこちらへと寄ってくる。
「こっち来ないで!!怖い、こわい、こわい、やたやだ、お父さん!お母さん!」
「天使くん!」
私を咄嗟に引っ張ってくれたのは委員長さんだった。良かった。すごく、良かった。
「あ、ありがとう、ありがとう...ごめんなさい、迷惑かけて、」
「大丈夫だ!それより、今は自身の安全を第一にしてくれ。」
私の前で繰り広げられる戦い。目眩がしてきた、気持ちが悪い、吐きそう。先生は私たち生徒を体を張って守ってくれてるんだと思う。でも、怖い。痛そう、怖い。全部全部、怖い。
「13号、災害救助で活躍するヒーロー。やはり、戦闘経験は一般ヒーローに比べ半歩劣る。自分で自分をチリにしてしまった。」
「ッ!?」
頭にガツンと鈍器で殴られたような衝撃が走った。先生が、やられた。先生が散り散りになっちゃった!!!痛い痛い痛い、怖い!!!
「ヒュッ...」
どうしよう、呼吸が安定してない。吐きそう、気持ち悪い。やだやだやだ。苦しい、苦しいよ、
みんなあんなに頑張ってるのになんで私こんなことしか出来ないんだろう。私に足りないのって何?怖いから駄目なの?なんで、やだ、いやだ、
立てるほどの力すら失った足は震えて地へと倒れこむ。
「たすけてよ、誰でもいいから、たすけて、」
煙が舞った。
オールマイトだ。オールマイトが来た。助かった、良かった、わたし、たすかったんだ...
「天使さん!大丈夫?」
「あ、ありがとう。えっと、」
「私葉隠透!ほら、手取って!!」
「ほ、ほんとにありがとう...」
手袋だけの手を取って足に力を込める。まだ、少し足が震えてて怖いけど、大丈夫。
「1ーAクラス委員長飯田天哉、ただいま戻りました!」
「飯田くん...先生呼んでくれたんだ...」
「あ、うあ、うわぁぁぁぁん、良かった、良かった、怖かった、怖かった!!!!もうやだよぉ...」
「天使ちゃん!?!?」
「ぐすっ、ひっ、うぅ...怖かった!怖かった!!」
「めっちゃ泣いてる!!どうしよう...と、とりあえず先生のところ行こ?ね?」
「うん...ひぐっ、...」
葉隠さんに手を引かれてなんとか足を動かす。
こうして、恐怖のUSJ事件は幕を閉じた。
◆
「どういう事ですか。私の娘を危険に巻き込むなんて。話が違うでしょう。なにが守らせてもらう、だ。逆に要らない危険を与えて。なんなんだ、君たち。」
お父さんが怒ってる。隣のお母さんも怖い顔。私のせいだ。私のせいで先生たちが怒られてる。
「勿論それは重々承知しております。しかし、こちらに守らせていただけないでしょうか、娘さんを。」
「だから...」
「今回は本当に私たちの落ち度です。ですが、もう一度、チャンスを頂けないでしょうか。お願いします。娘さんを、私たちに預からせて下さい。」
頭を下げる先生たち。
「お父さん!お母さん!...私、雄英に通うよ。あのね、すごく、怖かった。怖くて怖くて仕方なかったけどでも、それと同じくらい雄英凄く楽しいんだよ。みんないい人で優しくて、本当にいいところなんだ。」
「治羽...」
お母さんが頭を下げた。
「...どうか私の娘を、治羽をお願いします。治羽は優しい子なんです。優しくて、硝子のような子なんです。大切にして下さい。」
「ありがとうございます...!!大切に預からせていただきます。」
もっともっと、つよいひとになりたい。
△▲△▲△▲△
「ね、天使さん!!ヒーロー科混じったら敵に襲われたんでしょ!?」
「え」
「ヒーロー科の人たちどーだった!?」
「ひっ」
「私たちさ、一応ヒーロー志望だったンだけど落ちたクチでさ、少しでも知りたいんだ。ね、教えてくれない!?」
怖い。大人数で来ないでほしい。怖いから言えない。でもこのままなのももっと怖い...。
「なぁ、やめなよ。聞きたいのは俺もわかるけどさ、怖がってんだろ。」
助け船を出してくれたのは同じクラスの人。名前は確か心操人使くんで、紫の髪が特徴的。
「え、...確かに、ごめん。怖かったよね。」
「あ、うあ、大丈夫、です...」
ぞろぞろと立ち去っていく人たち。良かった。御礼、言わなくちゃ。
「あ、あの!ありがとう...ございます...!!」
「...別に。」
心操くんは直ぐにその場を立ち去ってしまった。いつか、御礼したいな。ちゃんと、ありがとうを言いたい。
「雄英体育祭、ですか?」
「うん。天使さんは事情が事情だし見学でも大丈夫なんだけど、どうする?」
休みたいな。怖そうだし、怖いし、休みたい。でも周りになんて言われるんだろう。みんな頑張ってるのに私だけずる休み。怒られる。怒られちゃうのはもっと怖い。
「...出ます、出させてください。」
とぼとぼと廊下を歩く。顔をあげれば気まずそうに私の事を見てる、心操くん。
「...あ、心操、くん。聞いてたの?」
「あー、うん、まぁ。...天使さん、体育祭とか興味あるんだ。意外だね。」
う、うーーー、
「心操くんは!興味あるの?体育祭。」
「俺も、ヒーロー志望だからある、けど...」
そうなんだ。凄いな。目標があって凄いや。
「え、っと、頑張って...!」
「...ありがとう。」
心操くんはまたあの時みたいにすぐに体を翻していなくなってしまった。
また、御礼、言えなかった...
△▲△▲△▲△
怖い、怖い。
第一種目は皆での障害物競争。怖い。無理だ。絶対無理。
あと少しでスタートだ。怖い、怖いよ。
「天使ちゃんめっちゃ緊張してんじゃん。大丈夫?」
声をかけてくれたのはクラスメイトの子だった。
「だ、大丈夫...」
「気を付けてね、人多いし。」
「う、うん。」
「スタート!!」
始まった。先頭はもう走ってる。速いな、凄いな。
ひんやり、冷たいのが来た。びくりと、個性が出てしまう。
足元を見れば氷。危なかった。個性咄嗟に出して飛んでなきゃ氷漬けだった。結構人減ったし怪我も少なくて済みそう。私は翼をしまって、また歩きだした。
「心操くん!」
「天使さん...」
少し走れば心操くんがいた。心操くんはヒーローになりたくて、心操くんにとってはここが今年最初で最後の舞台なんだ。
今なら、恩返し、出来るかな。
「心操くん。手、取って下さい。」
「は?」
「わたし、あの時、心操くんに助けてもらった恩返しがしたいの。だから、その...心操くんがいやじゃなきゃ、手伝わせて!心操くんを第二種目へ送らせて!!」
「でも、どうやって...」
私は個性を出した。白くて大きい翼。頭の上に乗っかる金色の輪っかがちょっと邪魔だけど。
「わたし、飛べるの!!怖いし、目立つし、怖いからあんまり嫌なんだけど、心操くんに恩返し出来るなら、頑張る!だから、だから、」
「ありがとう...頼んでもいい?」
「うん!」
ばさり、翼が体と心操くんごと宙を舞った。ひらひらと、羽が散らばっていく。高い。高いけど。がんばれ、頑張るんだ、私!!
「たか...ってあれ...」
「おっきいろぼ!!うそうそ、どうしよう」
心操くんも困ってる。手立てがないんだ。どうしよう。
「なんだアレーーー!?!?空を舞う天使か!?普通科天使治羽!!!!ちょー綺麗だなオイ!!!けど、天使にロボは倒せんのかーー!?」
実況!!!!!めっちゃ目立ってる。怖い、めっちゃ怖い!!!!でも、でも...
「心操くん。私の頭の輪っかロボに向かって全力で投げて、下さい!!!」
「え、取れんの?」
「い、一応。ブーメランみたいに返ってくるんだけどね。」
私の手を片手だけ離し輪っかへと手を伸ばす心操くん。そのまま手は輪っかを掴みロボへと投げた。飛んでいった。
「なん、なんだアレ!!!!!あの頭ン輪っか取れんのかよ!!!まじでなんで普通科!?!?」
実況!!!!!余計目立つ...
次は、綱渡りか。これも余裕かな。飛べるし。
綱渡りを終えたら目に入ってきたのは第三関門だった。地雷だ。これも大丈夫かな。
私と空を舞う心操くんが声を出した。
「なぁ、天使。なんで、お前普通科なんだ?」
時が止まった気がした。
「...え。」
「あの女に捕まれ!」
足を、引っ張られた。最悪。どうしよう。心操くんをまだ送り届けていないのに。
「...っ、」
まだ送り届けていないのに!!!
私は愚図で弱い駄目な人間だけど心操くんは違うんだ。ひたむきにヒーローを目指してて、凄い人なんだ。ここで私が心操くんの邪魔をしてどうする!?
もう先頭は少し前にゴールしきってる。なら、私がやれる事は、
「心操くんいっけ〜〜〜〜!!!!」
心操くんを思いっきり翼で押す。翼は腕より筋力があるから。
私に飛ばされた心操くんは笑っているような気がした。
「頑張って!!心操くんありがとう!!!!」
私はゆっくりと地面へこんにちはした。いたい。いたいな。
◆
「いたい、です...」
「随分と遅い目覚めだね。もう閉会式前さね。」
「うっそだぁ...」
「ほれ、迎えだよ。さっさとお行き。」
迎え?目をやればそこにいたのは心操くんだった。
「おそよう。」
「うん、おそよう...」
「ごめん。なんとか第三種目までいったんだけど倒されちまった。天使が背中押してくれたのに、ごめん。」
「ううん、そんなことないよ。心操くんが頑張れたのならそれが本望だよ。心操くん、お疲れさま!」
「うん、こちらこそ、お疲れ。」
はてさて、言い忘れていたのだけれど。
これは私、天使治羽が少しづつビビりを克服していくための物語である。
ヒーローになりたくない私は今日も逃げる。