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「何それトッティ、香水?」
お出かけの準備をしていたらおそ松兄さんに話しかけられた。
僕が手に持っていたのは小さな瓶。ちょうど手首から香りを移しているところだった。
ピーチの甘い香りがその場にふわりと香る。
「うん、そうだけど」
「男なのに香水してんの?」
「いや、香水くらい男でもするからね?」
と言っても、僕の選んだやつみたいな甘いのをつける人はそんなにいないと思うけど。
男ならもう少し男っぽい香水がいいのかもしれないと思いつつも、気に入ってるからよくこれをつける。
「兄さんには分からないかもしれないけど、匂いって結構大事なんだよ」
「そなの?男なら多少汗臭くても男らしくて良くない?」
「全然良くないから!」
「なになにトッティ、こーすい?留衣がつけてるやつ?」
「留衣がつけてるのとは違うよ、十四松兄さん」
ひょっこり姿を現したのは十四松兄さん。犬みたいに鼻が利くから反応したのかもしれない。
留衣も香水はつけているけど、もっと甘くて女の子らしいのをつけている。
そういや、十四松兄さんが留衣の使ってる香水を欲しがってたのはいつだったっけ。彼が香水に興味を示したのが意外で印象には残っているけども。
腕時計で時間を確認する。まだ待ち合わせまでは少しある。どのみち迎えに来てくれるから待っていれば良いのだけど。
「女の子は匂いに敏感だから、汗臭いなんて論外。だからおそ松兄さんはモテないんだよ」
「モテないとは心外だな!…モテないけどさぁ。
敏感ってそんなに?そんなに気になるもん?」
「僕は男だからそこまでよく分からないんだけど…」
なんでも、女の子は本能的に匂いで男を見分ける部分があるのだとか。
より良い子孫を残すためで、好きになる人は大抵自分好みの匂いがするらしい。
逆に言えば匂いがダメならその時点でアウト。
香水でもなんでもいいから匂いの対策をしておかないと、一発で嫌われる可能性大いにアリ。
という一連の話を支度ついでに適当にしていたら、それを聞いていた兄弟の目の色が変わったことに気付いた。
「えっ…つまり、留衣には特に影響があるんじゃ…!?」
「臭かった!?俺臭かったかも!?やべえ!」
「…せ、洗濯はしてる……はず…」
「一松兄さん、留衣に会うまで服の洗濯三日に一回だったもんね!!」
「清潔感には気をつけてるつもりなんだけど…!」
「兄さん達今更過ぎない?会ってから何年経ってると思ってるの?…あ、留衣そろそろかなぁ」
「「えっ?」」
突然慌て始めた兄弟を横目に支度を済ませる。時刻は待ち合わせの3分前。
わくわくしながら座っていたら、タイミング良くインターホンが鳴った。
「トド松てめえ!今日のデートって留衣とか!!」
「そうだよ〜。今日は駅前に新しくオープンしたお店にご飯食べに行くんだ」
「つーか迎えに来てもらうって何!?留衣が彼氏役なの!?いやそっちのが似合ってるけどね!?」
『彼氏ですドーモ。…今日も皆さんお揃いで』
「留衣!おはよう〜!」
引き戸を開ければ目の前に留衣。今日もすっごく可愛い。
二人で出かけるときはいつもより女の子らしい服で来てくれるの、ほんとたまらない。
早速手を繋いで駅に向かおうとしたら、後ろから兄さん達に襲撃された。
「留衣ちょっと待って!!こん中で誰の匂いが一番好き!?」
『…え?何の話?』
「いったいなあもう!!そういうの後でやってよね!!僕これから留衣と…」
「僕変な匂いしないよね!?身だしなみにはちゃんと気をつけて…」
「…留衣、俺ケモノ臭かったりする?くっついたら臭う?」
『だから何の話?』
「気にしなくていいから留衣!遅くなったらお店混むから早く行こ!!」
「「留衣〜!!」」
背後から聞こえる兄さん達の叫びを無視しながら留衣の背中を押す。構っていたらキリがない。
戸惑う留衣を「後で話すよ」とやや強引に連れ出した。余計な話をするんじゃなかった。
引き止めるどころか着いてきそうな勢いの兄さん達に、相変わらず愛されてるなあと溜め息を吐いて彼女の手を握った。
大好きなあの子と香水の話
END.
おまけ→
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