3
「留衣、あそこで一休みしよ。疲れたでしょ」
隣を歩く十四松が、フリーの休憩スペースを指さす。
――“僕とデートしてって頼んだら、してくれる?”
この前言われた言葉が実現したのが、今日。
少々やらかしたあの夜の次の日、十四松に頼まれた。断る理由はなかった。
あの十四松がデートで何をするんだろう、野球すんのかな、なんて失礼なことを前日まで考えていた。いや、ぶっちゃけ待ち合わせ直前まで考えていた。
いざ出かけるとなった今日、彼はいつもの袖だるだるパーカーではなくカットシャツにジーパン、黄色のリボンが巻かれたハット。
行き先はショッピングモールと水族館。思いの外真面目なデートで、静かに心の中で謝っておいた。
正直なところ、普段の彼からは想像もできなかった。
「留衣、マフラーありがとう。すっげえ嬉しい!」
『いいよ。今日のお礼』
通りがかったお店で見つけて買ってあげたマフラーは私のと色違い。帽子の色とよく合っていると思う。
「ジュース買ってくるね、留衣何がいい?」と立ち上がった彼は近くの自動販売機まで走っていく。1分もしないうちに帰ってきて、「はい」とオレンジジュースの缶を私に差し出した。
「留衣、今日楽しかった?」
『うん、楽しかったよ』
「ほんとに?」
『うん。十四松はどうだったの?』
「僕?すっげえ楽しかった。夢みたいだった」
『…!』
にへ、と笑った十四松はどこか笑い方がいつもと違う。
夢みたいだった、ともう一回ゆっくり紡いだ彼は今までに見たことのない顔ではにかんだ。
「僕、留衣のことずっと好きだったから…ほんとに、嬉しかった」
『ついこの前がアレだったのに?』
「あの子のことも本気で好きだったよ。だから僕、フられたときたくさん泣いた。でも、ね」
言葉を詰まらせた十四松に、逸らした視線を元に戻す。
目が合って、その瞬間、十四松が持っていた缶をぎゅっと握った。
「留衣にフられたら、僕、きっと死にたくなると思う」
普段ならどこを見ているのかわからない黒目がまっすぐこちらを向く。今度は、目を逸らせなかった。
「僕は今まで留衣は僕を弟としてしか見てないと思ったから、告白とか考えなかった。
今はそれはなくなったけど、でも……留衣にフられたら泣くだけじゃ済まないから、怖いから、できない…」
『………』
それだけ言って机に項垂れた十四松がどこか泣きそうで胸が締め付けられる。
いつから私は、この子にそこまで想われるようになったのだろう。
返す言葉が見つからなくて、とりあえず彼に手を伸ばす。
「…留衣は、困ったとき頭撫でるよね」
『そう、かな』
「僕だけにじゃないよ、他の兄弟にもそう」
『よく見てるね。
…そうだね、ちょっと困ってるよ。十四松こそわたしのことそういう風に思ってたなんて知らなかったから』
「それでいい。僕は今の関係が好きだから、片想いでいい」
十四松が、缶の中身を一気に飲み干した。
こんなに真面目に話す彼に、「私も好きだよ」なんて適当な返事はできない。
十四松のことは本当に好きだ。嘘じゃない。
でも一人を選べば、他の兄弟との関係が壊れる。それをきっと、彼も私も理解しているんだ。
『わたしも今の関係が好きだよ。壊したくない。
わたしだって、十四松のことは結婚してもいいくらい好きだけど、』
「兄さん達とトド松のことも、同じくらい好きでしょ?」
『…そうだね。わたしらまだまだ子供だからさ……今はそれに甘えてたい。
みんな好きだから、だからこそ一人を選べないんだ。誰か一人と付き合って仲悪くなるのは…わたしは、嫌だな』
「うん、それでいいと思う!僕もそう思うよ」
『まあ現実問題、ニートとは結婚できないけどね』
「ウッ」
私もジュースを飲み干す。少しおどけながら言った私の言葉が深く突き刺さったらしい十四松はその場で灰になっていた。
『そりゃーわたしだって全員まとめて養えるならそうするよ。でも人一人養うのにいくらかかると思う?現実は厳しいのよ』
「…じゃあ留衣は僕らの中で結婚するならトド松?」
『そうねえ…。バイトと仕事は違うけど、バイトしてるトド松はポイント高いかも。あとはちゃんと働いてくれそうなチョロ松?
カラ松とおそ松は論が』
「僕もっ、バイトすれば留衣と結婚できる!?」
『えっ』
突然立ち上がった十四松に驚いて顔を上げる。
バイトすれば結婚なんて敷居が低すぎないか、私の結婚。とは一生懸命な十四松に言えず、「じゃあ今度一緒にバイト探そうか」とひとまず返した。
『そろそろ帰ろうか?』
スマホの時計が午後5時半を回った。
もうだいぶ日が暮れていて、辺り一面オレンジ色。
缶を捨てようと立ち上がろうとした瞬間、手を掴まれる。
「もうちょっと、一緒にいたい」
呟かれたその一言に、再び座らざるを得なかった。
『…十四松が思ってたよりずっと男の子でわたしはビックリだよ』
「留衣のことはずっと前から大好きだよ」
『わたしが気付かなかった?』
「僕も気付かせなかった」
『……』
「………、心臓、バクバクしてる」
掴まれた手は腰を落ち着けたところで離されることはなかった。
夕日で照らされた十四松の顔が不自然に赤い。
そろそろ帰って夕飯とお風呂を済ませないと、明日も朝早いからなあ、なんて考えながら片手でカバンを漁る。
『ねえ十四松、ほっぺに口紅つけていい?』
「え?いいよ」
「どうしたの?」と首を傾げる十四松を横目に口紅を塗り始める。
片手で塗って、鏡に持ち替えてちゃんと塗れているか確認。私の意味わからないであろう唐突な質問に十四松は二つ返事で頷いた。
『十四松ー』
「なに、……!!」
――ちゅ。
繋がれた手を引っ張って、わざと濃く残るように十四松の頬に唇を長めに押し付ける。
何が起きたんだかわからないという風な彼の前に、にやりと広角を上げて鏡を突き出した。
『…帰ろ。十四松も夕飯あるでしょ。また今度一緒にどっか行こう』
「あ、えっ、と、うん、」
『それ、家に着く前に落とすね』
「えっ!落としたくない!」
『…そう』
頬にくっきり残った唇の跡を手鏡でまじまじ見ている十四松の顔は、口紅の色と同じくらい赤いんじゃないかと思う。
その姿がとても可愛くて思わず口元がにやけた。
微笑ましい光景を一通り眺めた後、ふと思い出したように後ろを振り向く。
『…ところであんたらはいつまで覗いてんの?最初から最後までいるの?暇なの?』
「……はっ!?」
「あれ?おそ松兄さん?何で?
…え!?みんなどうしたの!?お腹痛い!?」
近くの草陰にいた人影×5に顔を向ける。あれ、さっきまで生きてたのに3名ほど倒れてるな。
残り2名は灰になりかけてたけど呼んだら気を取り戻した。
『まあいいや…帰ろ』
「一松兄さんとカラ松兄さんとトド松が倒れてる!!大丈夫かな!?」
『人のデートに一日中着いて回ってくる人だよ?放っておいて平気だから帰ろ』
「そっか!大丈夫ならいいや!」
「留衣ちゃん!全面的に僕らが悪いけどそれ以上はこいつら本当に死ぬ!!」
「留衣留衣、待ってー!」
チョロ松が何か言っているけどまあ大丈夫だろう。さっさと背を向けて家へ向かう。
私の腕を取る十四松と「十四松が彼女みたいだね」「僕男だよ!」なんて会話をしながら、夕暮れの中を二人で歩いた。
恋する十四松 2
(留衣…留衣が……十四松兄さんに…)
(俺とカラ松…結婚論外って言われた……)
(あ〜!!留衣ちゃん消し炭を残すだけ残して行かないでー!!お前らも消し炭になるくらいなら除き見やめろよ!!)
END.
おまけ→
back