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「あっ」
突然体が中途半端に透明になり、内臓だけが見える状態になってしまった俺達。
出だしから何を言っているのか分からないとは思う。俺にも分からない。しかし、そうなってしまったものはそうなってしまったのだ。
さすがに内蔵剥き出しのまま外を出歩くわけにはいかない。どうするか考えた結果、ひとまず自分達で絵の具を使って色を塗ってみたのだが、全員が元の姿とは似ても似つかないものになり終了した。
カラ松は顔面にサングラスのイラスト、チョロ松は白い体に「シコ松」と文字で書いただけの顔。
一松は細いつり目に不格好な紫の唇、十四松は麻呂みたいな眉毛になんとも言えない間の抜けた顔、トド松は大きなキラキラの目から黒い絵の具が垂れている。
俺だけは何故か本物とやや似ているものの、画力不足で元の顔とは程遠い。
そんな醜い姿にもかかわらず、親を含め周囲の人は俺達に何の疑問も持たない。イヤミに至ってはいつも俺とトド松を間違えるくせに今回ばかりは全員きっちり当てやがった。
みんなには俺達はこんな風に見えているんだ。そのことで小一時間ほど泣いた頃。
塗った絵の具は涙で溶けてドロドロ、泣くのにも疲れ一旦家に戻ろうと6人で帰り道を歩いていたときだった。
「留衣だ…」
視界の先に小さく映ったのは留衣。
いつもなら我先にと飛びついているところだが。
「…どうする?こんな見た目じゃ会えないよ」
「でも留衣もみんなと一緒で気付かないんじゃ……」
「まさか…留衣に限って…」
「でも…」
「………」
「気付かない…かなぁ……」
まさかあの留衣まで気付いてくれないなんて、そんなこと。そう思うが自信がない。だって今のところ誰にも気付いて貰えていない。
「留衣に気付かれなかったらもう…ずっとこのままでいいんじゃない?」
「アハハッ、確かに」
「フッ……死ぬしかない、か」
「アハハ、確かに」
「割とマジだよねお前」
絵のサングラスが貼り付いただけの顔でカラ松が何やら言っているが、多分こいつは見かけによらず本当に首吊って死ぬと思う。
最初こそ「俺はこのままでも良い」なんてかっこつけていたが、さっき大泣きしていたのを見るに所詮は上辺だけだったということだ。
確かに留衣にもスルーされたら一生このままでも良いかもしれない。
「どうせそのうちバレるんだから」と、文字通り心がないトド松に背中を押され俺が代表で声をかけに行った。
「…留衣!」
『? おそ……は?』
こちらを振り向いた留衣の表情で、俺はまたこの人に救われることを悟った。
『えっ気持ち悪……いや…ハロウィンの仮装…?』
「やったぁあああ気付いて貰えたぁああああ!!」
「「さすが留衣!!」」
「留衣に気持ち悪がられて喜べる日が来るとは…!」
「……ちょっと興奮した」
「頭目出度すぎだろ一松」
留衣の正直な感想が身に染みる。
気持ち悪いよな、そうだよな!?なんで母さんすら気付いてくれないんだ!?
俺達の感覚は全く信じられないが、留衣のなら信じられる。俺達は間違っていなかった。
間違っていなかったが、留衣以外からは本当にこんな風に見られているんだということも分かってしまった。この際だ、それは置いておこう。
「良かったぁ…僕どうしようかと思っちゃった……」
「うっ…ありがとう留衣…留衣に気付いて貰えなかったら、俺……」
『…え、ちょっと待って今なんかべちょって』
「!!? あああ絵の具付けちゃったぁああああ!!わああごめんんんん!!!」
『絵の具?これ絵の具だったんだ』
「うぇえええん僕留衣に触ることも出来ないいいいい」
『ちょ、泣かないで一松…え、一松だよね?
片手だけだし服には付いてないから大丈夫だよ、ね、泣かないで』
「うう…」
感激のあまり一松が留衣の手を握ったせいで絵の具がべったり付いてしまった。
軽くパニックを起こした一松の目のあたりから涙と絵の具が混じった変な色の液体が流れる。傍から見ている分にはマジで気持ち悪い。本当になんで気付かれないのか全然分からない。
そんな気持ち悪い人の形をした何かを留衣が必死に慰める。異様な光景だ。
『…で、なんで絵の具塗ってるの?』
「半透明人間になっちゃって…」
『は?』
「フフン、俺が説明しよう。なんと俺達は突然、体がシースルーに」
「よくわかんないけど、家にいたら突然体が透けてきて内蔵が見えるあたりで止まっちゃったんだよね。
あまりにも気持ち悪いから十四松兄さんの提案で応急処置しようとしたんだけど、なかなか上手くいかなくて」
「でも誰にも変だと思われてないらしくて、気付いてくれたの留衣ちゃんが初めてなんだよ。意味わかんなくない?」
『意味は全体的に分からないよ、チョロ松。
とりあえず原因が分からないと戻し方も考えられないよ。なんでこうなったの?』
「それが俺達にはサッパリ」
「ねえ」
『原因がなかったらこんなことにはならないでしょ…』
未だに泣いている一松の頭をポンポンと撫でながら留衣が呆れた顔でこちらを見やる。
絵の具で手が汚れると分かっていながらそうしてくれる留衣はやはり女神だ。
思い当たる原因は特にない。というのも、今日は偶然見かけたイヤミを追いかけた先で参加したパーティーで酒を飲みすぎて大体の記憶が飛んでいるからだ。
好きなだけ飲み食いして、タッパに食べ物を詰め込んで持ち帰ってきたことはぼんやり覚えている。体が透けたのはその後だ。
『どう考えてもその間に変なもの食べたか飲んだかしたんでしょ…』
「そうかなぁ」
『どっちにしろ記憶がないならこれ以上考えられないね。そうだな、こういうときアテになるとしたら…』
それはもう、あの人のところへ行くしか。
顔を見合わせ無言で頷いた俺達は、某研究所へと歩を進めた。
超洗剤 1
END.
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