長男と長女


 



「じゃあね〜留衣!」


『うん、またね』




夕焼け空の下、兄弟全員で留衣に手を振る。

留衣の家で遊ぶの久しぶりだったな。そうたぶん、二週間ぶりとか。
あれ、あんまり久しぶりでもない?


玄関から顔を出して見送りをしてくれた留衣。やがてドアが閉まり、留衣の姿が完全に見えなくなる。
大した距離もない帰り道の半分くらいのところで、俺は突然足を止めた。




「やっべ、忘れ物してきた!」


「え〜?おそ松兄さん何か持ってたっけ?」


「ちょっと探してくるから先帰ってて!」




くるりと反転して元来た道を辿る。兄弟たちは怪訝な目線を向けつつもそのまま家の方向へと歩いて行った。
それを振り向き様に確認した俺は小走りでさっきまでいた留衣の家に行き、インターホンを鳴らす。

モニターで俺を確認したらしい留衣がスピーカー越しに「なに?」と気だるげに返事をした。




「留衣ちゃーん、もしかしなくても具合悪いっしょ?」


『……敵わないね』


「入っていい?」


『ドーゾ』




カチャリ。玄関の鍵の開いた音がした。
本日二度目の「お邪魔します」を言いながらドアを開ける。
戸締まりをしてから留衣の部屋へ。

流れは完全に彼氏のそれなのにな、なんて呑気に言っている場合ではない。




「ありゃ、結構まずそうじゃん。大丈夫?」


『一応…』


「とりあえず布団いこっか?抱っこする?」


『要らん』


「即答かよ〜」




見るからに具合の悪そうな彼女は先ほどまで遊んでいた人と同一人物だとはとても思えない。
この人、嘘つくの下手なくせにこういうときだけ演技力発揮するクセどうにかならないんだろうか。
まあそれでもこの俺のことは騙せないんだけど。


最初に異変に気付いたのは15時くらいだっただろうか。
明らかに具合悪そうにしてたとかじゃないけど、なんとなく。なんとなく具合悪いのかなって思う節があった。

一度そう思うと気にせずにはいられない。確信したのは、ふとしたときに深呼吸するように長く息を吐き出していたとき。
それも俺たちにバレないようなタイミングで、溜め息に被せるような形でするものだからなかなか気付きにくい。
隠すことないのに、なんて思ったところで留衣の具合が悪いと分かればあいつらめちゃくちゃ狼狽えるだろうしなあ。心配される側としては隠したくもなるか。


だからこそこうして、誰よりも早く俺が気付いてやらないと。




「うわ、熱めっちゃあんじゃん……ちょっとタオルと冷えピタ持ってくるわ。場所変わってない?」


『うん…ありがと…』




体温計を見たら38.1と表示されて驚いた。ちょっと様子見するけど、場合によっちゃ病院連れてかないと。
ベッドに留衣を寝かせてから別の部屋へ。引き出しからタオルと冷却シートを取り出し、コップに水を注いで留衣の元へ戻る。


同棲している彼氏でもないのになぜここまで手際が良いかって、前にも同じようなことがあったからだ。




「冷えピタ貼った、水持ってきた、タオルも用意してある、あとはー…薬?んー、でも熱ってあんまり無理やり下げちゃだめだよなあ?
しばらく様子見るから、どっか痛いとか苦しいとかあったらすぐ言えよ?」


『わかった…』


「食欲はある?もうちょっとしたらお粥作るからさ。それまで寝てて?」


『ん……おそ松、あんまりいるとうつるよ…』


「いいんだよ俺のことは。もっとお兄ちゃんに甘えてくれよぉ〜」


『ハハ…』




――おそ松の方が年下じゃん。
そう言って力なく笑う留衣。

年上のプライドで弱いとこを見せるのを嫌う留衣のこんなとこを見るのは、知ってる限りだと俺だけ。
そもそも一人暮らしの女の子が部屋に男あげて看病されてるんだ、相手を選んで当然だ。光栄なことに俺は唯一そのポジションにいる人間。留衣に対しての観察眼が特別長けていて良かった。

留衣の具合が悪いのをなるべく早く察知してなるべく早く治してあげたい気持ちは当然ある。でもどちらかというと、俺だけに甘えてほしい気持ちが強い。


俺だけに弱いとこを見せてほしい。俺だけにしか見せない部分があってほしい。俺だけが留衣のそういうとこに気付く存在でありたい。




「こういうときくらい頼ってもらわねえと、お兄ちゃん寂しいよ〜?」


『…うん、ありがとう』




年下でも俺だって男なんだから、好きな女の子には頼りにされたい。そんなこと言ったところでどうせ頼りないって言われちゃうんだろうけど、病人の看病くらいなら俺にもできる。
頼りっぱなしは嫌だよ、俺。

しばらく頭を撫で続けていたら留衣が静かに寝息を立て始めた。
熱のせいで体温は高いけど、安心しきった表情で眠る彼女に安心する。




「……俺、留衣のためならなんでもできちゃうんだよぉ?」




意識のない留衣からの返事はない。


お粥だって、料理をしない俺が突然作れと言われて作れるわけがないんだよ。初めてこうやって留衣の看病したときに作れなかったから、その後母さんに特訓してもらったの。
ついでにお粥以外の料理も教わったから多少のごはんは作れるようになった。兄弟には「なんで料理なんかしてんの」「天変地異?」とか言われたっけ。
「料理ができる男はモテるんだぜ〜」みたいなこと言って適当に流したけど、俺が留衣のため以外で料理なんかするわけないじゃん。

女の子の部屋にいるのにこの俺が余計なことしないのも全部留衣に嫌われたくないからで。
普段の俺なら間違いなくタオルを探すついでにいろんな引き出し開けてラッキースケベ狙うし、目の前で寝られたら間違いなくこっそりキスを仕掛ける。実際はそんなことする前に家で二人になった時点でやらかしてボコボコにされて追い出されてるだろうけど。
そんな軽率な行動をしないのは相手が留衣だから。一回手を出しかけて怒られて以来、一切そういうことはしていない。
だって嫌われたら何もかも終わりだし。


それこそ留衣が本気で結婚してくれるって言うんなら、死にもの狂いで就活してサラリーマンにでも何でもなってやるよ。




「さってと、お粥作りますか〜」




誰よりも頼りがいのあるお前に頼ってもらうの、結構大変なんだぜ。


そういやあいつらには忘れ物を取りに来るって言ってここに来たんだっけ。後で言い訳も考えておかないと。
朝までコースになりそうだったら正直に言うべきか。事が事だし、二人きりで朝まで家に居ようと許されるだろう。俺の身の潔白は留衣が証明してくれるから。…たぶん。

熱を出した留衣に美味いお粥を作ってやるべく、いつぶりか分からない料理を開始する。美味いお粥ってどんなのか知らないけど。留衣に食べて貰えれば、それで。


早く元気になってね、留衣。






長男と長女


(お互い上に頼る人がいないんなら、お互いが頼れば良いだろう?)




END.






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