本命からの“義理”のチョコ


 



「トッティ、これ」


「ありがとう!」




バイトの休憩時間。
一緒のシフトだった女の子からラッピングされたチョコレートを受け取る。
今日はバレンタインデー。


バレンタインに仕事というのはクリスマスのそれとは違ってさほど憂鬱ではない。むしろ場合によっては嬉しいものだ。
うまく時間が合えば、義理という形であれどチョコレートを受け取れる確率が高い。
毎年チョコを貰えず嘆いている兄さんたちと違って、僕にはそういう機会がある。




「(留衣も後で来てくれるだろうし)」




受け取ったチョコレートをカバンにしまいながら思い浮かべた一人の女の子。
去年も一昨年も貰えてるから今年も例外なく貰えるはずだ。
僕がこの時間に仕事をしているのは知られているし、いつも帰りに寄ってくれるから今日も来てくれるだろう。
うきうきしながら支度をして仕事場に戻る。




「いらっしゃいませ〜」




いつ来てくれるかな。声はかけてくれると思うけど、見逃さないようにしないと。
目の前のお客さんの対応をしながら、入れ替わりの激しい店内を注視した。




――




「(…え、もうこんな時間?)」




あれから何人の対応をしたかは覚えていない。が、彼女がいないのは確かだった。
ふと目を向けた時計の指す時間にびっくりした。あと10分もせずに自分の仕事が終わる。




「(うそ、見逃した?トイレ行ってる間に来た?)」




考えながら、いやいや、そんなわけないと。仮にそうだとして、彼女だったら僕が出てくるのを待つか連絡を入れるかしておいてくれる。
盗み見たスマホの画面に不在着信やメッセージの形跡はない。




「(来てくれなかった…?今日に限って…?)」


「トッティ、時間だよ〜」


「あ…うん、お疲れ様」


「これ、バレンタイン!」


「ありがとう」




交代で入ってきた女の子からすれ違いざまにチョコレート。
休憩室に戻り、ロッカーから出した手提げにそれを追加する。


カラフルなリボンやシールのついた箱が手提げカバンから顔を出す。
それなりの量の荷物に、それなりに気分が高まった。

でも、“それなり”止まりだった。




「(…代わりにはならないんだな)」




こんなにたくさん貰ったのに虚無感がすごい。ただ貰えるだけで浮かれていた頃とはもう違った。
また今年も兄さんたちに羨ましがられるだろうけど、それだけでは足りない別の何かがあった。


日もすっかり暮れた寒空の中、まばらになった人通りを歩く。
明日からは街から“バレンタイン”という文字が消えて、うちの店からも限定メニューが消えて。売れ残った商品が安売りされるんだろうな。
そんなことをぼうっと考えながら歩いていたら、不意に自分の足音にもう一人分の足音が重なったことに気付いた。




『トド松』




振り向けば、昼間に僕がずっと探していたその人。




「…留衣」


『今帰り?』


「うん」


『そっか、お疲れ様。合流できて良かった』




駆け足で寄ってくる留衣は外に出向くときの格好だった。うちに来るときはあまり着飾らないからすぐわかる。
花柄の短いスカートにファーのついたブーツ、髪の毛にはリボン。どこかに出かけていたであろうことは想像に容易い。
それが“僕の店に寄る”という日課よりも大事な用事だったんだと思うとちょっと悔しかった。

顔に出ていたのか、留衣が困り顔になる。




『友達が今日限定のスイーツを食べに行きたいって言い始めて。
お店が遠かったし並んでたからこんな時間になっちゃった。寄れなくてごめんね』


「…べつに」




――留衣が来てくれると思って、ずっと待ってたのに。

むすっとむくれてみせると、留衣が困りながら「これ」と袋を取り出す。




『遅くなっちゃったけど、バレンタイン』


「…ありがとう」




受け取った紙袋。中には、透明な袋に入れられた手作りのお菓子。
もう終わりの時間までを数える方が早い今日という日の中で、一番求めていたもの。

同じチョコでも、貰ったときの気持ちがこんなにも違う。
手作りだから特別嬉しいというのもあるけど、既製品だったとしても違うんだろうな。


手提げに入っていたお菓子を見て「今年もたくさん貰ったんだね」と白い息を吐く君を見て、僕のこの気持ちはどうやったら伝わるのかと考えた。




「僕、バレンタインって貰えれば貰えただけ良いと思ってたよ。兄さんたちに自慢もできるし。
でも違った……周りの子からはたくさんチョコ貰ったのに、留衣が店に来なかったからすごくがっかりした」


『…ごめんね』


「がっかりしたってことは、それだけ楽しみにしてたんだよ。
このチョコ全部受け取ったときの嬉しい気持ちより、留衣が店に来なかったことの方が大きかった」




話しながら歩いているうちに留衣の家に着く。
僕の言葉に留衣は「ありがとう」とだけ呟いて門を開ける。
ギイ、と鈍い金属の音がした。




「…大事に食べるね。チョコありがとう。
おやすみなさい」


『おやすみ、トド松』




バタンとドアが閉まる。留衣が完全に見えなくなったのを確認してから、僕も家へと向かう。

貰ったチョコレートをひとまとめにした手提げの中に、留衣の分を追加する気にはなれなかった。




「……本命だったら良かったのにな」




さっきの言葉の意味を分からないほど留衣は幼くないし鈍くもない。
今年もまた、平行線を辿ってしまった。


人の気配ひとつしない夜の道。
ポツリと呟いた僕の声は、白い息と共に溶けて消えた。









(君の本命は誰のもの?)





END.









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