初日-1






『ええっ!?どうしてですか!?』




思わず作業していた手を止めた。


後ろから声を掛けて来たのは、ここで一緒に働いているベテランの先輩。歳は一回りどころか母くらい離れているけど、面倒見が良くて優しいから同い年の友達と同じくらい普段からよく話す。
彼女は接客用の綺麗な着物姿で、私の勢いのある返事に苦笑いを浮かべながらそこに佇んでいた。




「お客様がお呼びなのよ。今日のお食事が気に入ったみたいで、ぜひ作った人にお礼をって……」


『もしかして、あの大きい声出してた…』


「あら、ここまで聞こえてた?」




くすくすと先輩が上品に笑う。


“今から客室へ向かってほしい”。
彼女から持ち掛けられた話で思い出したのは、先刻聞こえた「美味い!」という大きな声。
この台所から客室までは多少距離があるし、関係者以外が立ち入らないようにと入り口も閉めてあった。にもかかわらず聞こえてきた、大きな男の人の声。

料理を担当した自分からすれば、驚きはしたけど嬉しいものだった…のだけれど、まさかお礼を言いたいからという理由で呼び出されるとは思っていなかった。下っ端の私はいつも裏方ばかりで、接客なんてほとんどしたことがないのに。

しかも今日は、大変運の悪いことに。




「炎柱の煉獄様よ。少し顔見せるだけでいいから、行っておあげなさいな」




お偉いさんが来ている、のだ。


“鬼殺隊”と呼ばれる小隊が泊まりに来ることはこれまでにも何度かあった。
でも直接会って話をしたことはない。毎回少人数のようだし、接客は先輩がいれば十分事足りていた。

今回今までと違ったのは、“柱”――鬼殺隊の幹部にあたる立場の人が来ることだった。が、少人数であることに変わりはなく、私はいつものように裏方担当だった。食事の準備をしたり、洗濯を手伝ったり、布団を干したり。
鬼殺隊のことはほぼ何も知らないけどなんとなく怖そうな印象があったし、実際そういう噂も聞いたことがあったから、できればこのまま関わりたくないと思っていたのに。


急に回ってきた予定外の仕事に一人だらだらと冷や汗を流していると、「明華ちゃんなら普通にしてれば問題ないわ」と先輩が微笑んだ。




「それに、そんなに怖そうな人たちには見えなかったわよ」


『…わ、わたしこんな格好で大丈夫でしょうか……』


「大丈夫よ。別に変じゃないわ。
炊事中に呼び出したことは向こうも分かってるから、気にせず行ってらっしゃい」




先輩の綺麗なお召し物とは違い、私のは作業用の簡易で質素な着物。一応最低限人前に出れる格好ではあるものの華やかさは全くない。これで行っても平気だろうかとあたふたしている間に、「長引きそうだったら様子見に行くわね」と残して先輩が部屋を出て行く。
…どうしよう。あまり待たせるわけにもいかないから、私も早く行かないと。こうなったらもう迷っている場合ではない。

隅に置いていた手荷物から手鏡を取り出し、髪型だけ整える。着替える暇はないにしても、こんなことになるならもっと丁寧に化粧をしておけば良かった。そう思いながら台所を出て早歩きで客室に向かう。


中から声の聞こえる部屋の前で立ち止まり、深呼吸を一回。
大丈夫。挨拶するだけ。大したことはしない。…でも、もし強面のお兄さんがたくさんいたらどうしよう。

波打つ心臓を抑えながら、意を決して襖に手を掛けた。




  



<<prev  next>>
back