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「あっという間だな」
薄暗くなってきた外の景色を眺めて杏寿郎が呟く。
換気のために全開にしていた窓を閉めて振り返ると、珍しく口角の上がっていない彼と目が合った。
「君と居ると、つい時を忘れる」
『そう?大袈裟だな』
「…君は違うのか?」
『……、違わない』
「確かにあっという間だね」と笑いかけると、どこか寂しそうに杏寿郎も笑った。
今日だけで何回キスしたか分からない。
一生分したんじゃないかって言うとそれこそ大袈裟かもしれないけど、そう表現したくなるくらいにはした。今日は暇さえあればキスをしていた。
それは杏寿郎からだったり、私からだったり。触れるだけだったり、深かったり。幸せなキスが大半だったけど、泣きたくなるようなキスもたくさんあった。
一日のほとんどがベッドの上で終わるなんて、風邪で寝込んだ以外で初めて体験した。
そろそろ夕飯の支度を始めなければと思い台所へ向かう。杏寿郎が黙って後ろを着いてきた。
邪魔にならないようにしようと思ったのか、彼はそのまま台所を通り過ぎて食卓へ。ご飯ができるまでまだまだ時間が掛かるのに、彼はぼうっとこちらを眺めているようだった。
『ちょっと早いけど、お風呂入る?その方がこの後ゆっくりできるし』
「…ん、では湯を張ろうか」
『ありがと。…さすがに料理中は危ないから何にもできないや、ごめんね』
「うむ、分かっている!俺が勝手に明華を見ていたいだけだ、気にしないでくれ」
杏寿郎が手提げと刀を持って立ち上がる。「帰り支度」として渡したその荷物を、つい野菜を切っていた手を止めて横目で追い掛けた。
いつでも帰れるように、いつ飛ばされても困らないように服や靴をまとめて入れておいた手提げカバン。元は私の持っていたエコバッグ。
そのまま持って帰っていいよと言って彼に預けた。まだスペースが余っていたから、もし時間があったら何かお土産でも持たせようかなあ、なんて。
「よし、今日はできるだけ早く風呂から上がるぞ!」
『…お風呂くらいゆっくり入りなさい』
「君と居る時間が減ってしまう!それに、風呂の間に向こうへ飛んだら滑稽だろう」
『それは……そうだね』
さすがにそんなことになったら面白いけど、と呟いたら「面白くないし悲惨だ」と怒られた。咄嗟に服か荷物を掴めればいいけど、何もなしに全裸でほっぽられたらなかなかに大惨事だね。湯冷めもしそう。
可能性としてはゼロではないけど、ここまできて私達の最後がそんな風にならないように台所から祈ってるよ。
『ちょっと、こっち』
「! ん?…ああ、……ん」
『ん。…愛してるよ、杏寿郎』
「…! あ、…俺も、愛している……」
一応念のため、と。お風呂に入る前の彼を引き留めてキスを強請る。唇を合わせるたびに「最後かもしれない」という考えが過るのはもうどうにもならない。
「好き」のその先の言葉を初めて伝えたら、杏寿郎は真っ赤になってそそくさと洗面所へ消えていった。
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