堕落

 



馴染みのある木ノ葉マークに一本線。今宵の満月がそれに鈍く反射して、光る。
肌にこびりついた他人の血が何度服で擦っても上手く取れない。




「(全部、終わった)」




額あてを巻き直して門へと足を進める。


これからの夢だとか、
今まで築き上げてきたものとか、

ずっと一緒にいたかった人、とか。


持っていた全てを失った夜だった。




「(合流は…30分後くらいか)」




里を抜けることになった自分が次に所属することになる“暁”。
名の知れた犯罪者が集う組織らしく、この先を考えると居座るにはちょうど良い場所だった。
その組織のリーダーがこの後直々に出迎えてくれるらしい。


見慣れた門をくぐって結界を解除しつつ外へ出る。
記憶に浅い世話になってきた知人の死体。両親の亡骸。置き去りにしてきたまだ幼い弟と、一族を無視して作った想い人。
きっとこの先もずっと、瞼の裏に焼き付いて離れないけれど。

やれることはやった。最善を尽くした。後悔なんてなかった。




「(サスケは…火影様が守ってくれる。
架音は元から強いから、大丈夫だろう)」




嘘に嘘を重ねて、結局命よりも大切な弟は泣かせることしか出来なかった。
一方で彼女は自分より年上だったせいか、泣くことはせずただただ寂しそうに笑っていた。


――“話って?”

“…もう、お前と一緒にはいられなくなった”

“許嫁さんと結婚でも決まった?”

“……、そんなところだ”




「(どうか、幸せに)」




二人とも。唯一、今のオレに残っているたったふたつだけの財産だから。


里を背にひたすら平坦な道を歩く。
この先の森を抜けて少ししたところで組織のリーダーと待ち合わせだ。




「――!」




ふわり。
突如誰もいないはずの、まだ誰も来ないはずの目の前に小さく風が舞って。

真っ暗闇の中現れたその人影は、一瞬幻術か何かかと思った。




「――え、」


『…やっほ』




――偶然だね。

その人はいつも通りのセリフを、いつもよりも静かに呟いた。
大好きだった長い髪が暗闇に溶けて揺れる。


数日前に別れを告げた彼女の表情は時間が止まったかのようにそのままで、無意識のうちに脳内で“あの時”がフラッシュバックする。

もう里からはだいぶ歩いた。こんな場所でこんな時間に偶然だなんて、誰の目にも明らかな嘘だった。
「らしくないね」と、今この時まで彼女の気配に気付けなかった自分を彼女は軽く笑う。




『許嫁さんはどうしたの?…今、イタチの住んでたところが騒然としてる』


「もう……見つかったのか」


『そうね。ここのとこ警備が強化されてたから』




ならば今頃、サスケは保護されているだろうか。犯人が自分だと割り出されているだろうか。
おそらく目の前の彼女だって、オレがやったものだと気付いている。




「…嘘をついたのは済まなかった。
でもお前に全てを言う気はないし、一緒にいられなくなるのは本当だ……こんなとこまで追ってきて、何の用だ」


『別に用ってほど用はないけど…強いて言うなら、見送り』




これから犯罪者として扱われる自分の立場に、サスケ同様彼女を巻き込んではいけない。
架音は将来有望な特別上忍だ。こんなところで彼女の輝かしい未来を奪うわけにはいかない。




「……フッ、見送りか…。今までありがとう、世話になったな」


『………』




だから別れを告げた。今更失ったものなんて数える気はない。
架音との関係も家族や親しい人と一緒に失ったもののひとつであって。

一族間で結婚するのがルールだった自分には生まれた時から許嫁がいたけれど、本気で好きになったのは架音だけだった。
だからこそ幸せになって欲しかった。そのために別れるくらい、簡単なことだった。




「オレは行く。明日も任務だろう?架音は早く帰って寝た方がいい」




目の前に佇む架音は相変わらず寂しそうで。
その顔をずっと眺めていたら決心が揺らぎそうで怖くて、すれ違うようにその横を通り過ぎる。




『お願いが、あるの』




完全に通り過ぎたくらいでパシリと腕を掴まれて反射的に足が止まる。

振り向いた先で架音と目が合って、まずいと思ったのに何故か逸らすことができなかった。




『イタチがこれからどこに行こうとしてるかはもう調べてある』


「…!」


『イタチが優しいことくらい私は知ってる。さっき起きた事件も裏があるってことくらい、誰かに聞かなくてもわかってる』




握られた手首への圧力が強くなる。掴んでいる腕も、視線も、声も、全部が“逃がさない”と言っているようで。




『理由もなしに貴方はこんなことしない。理由もなしに貴方が大好きな里を出て行くわけがない。
理由もなしに…貴方が、泣くはずがない』




だからさっさと力ずくで振り払ってでも歩いていくべきだったと、そう思ったところで手遅れで。
決心が揺らぐどころではない。普段なら理性で軽く押さえ込める本音すら、彼女の前では露わになる。




『どうせまた一人で抱え込んでるんでしょう?』




そうやって何も言わなくても全部見透かしてくるのは、いつだってお前だけだったから。




『……泣かないで、イタチ』


「っく、…」


『私にも少しくらい……背負わせて』




止まったはずの涙がボロボロと地面に落ちていく。

言いたい本音などいくらでもあった。言えない本音などいくらでもあった。
出来ることならあのままずっと幸せに過ごしたかったと、何度も何度も思った。


架音の背に腕を回す。
オレを「優しい」と形容する彼女はただ、優しくオレを抱き寄せただけだった。






堕落
(君の優しさに堕ちる)




(お前もまた、)





END.




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兄さんにも本音が言えるような支えは必要だと思うのですよ、、

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