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「架音!待ってたわ!」
見渡す限り人で埋まる会場の前で、友達が私を見つけて手を振ってくれる。
見失わないうちに合流しなきゃと自然と早足になった。
『ごめん、着替えで手間取っちゃった』
「大丈夫よ!」
身にまとった衣装を人波に持って行かれそうで、スカートの裾を掴んだまま歩く。
毎年恒例、このあたりでは最大規模のハロウィンイベント。
「今年は何?赤ずきんなの?」
『可愛くてつい買っちゃったの…』
会場の真ん中目指して歩きながら聞いてくる彼女に、頭にかぶった赤い布を引っ張りながら笑ってみせた。
イベント用の衣装を売っている服屋で、今年はどれにしようかなと探していたときに見つけた赤ずきんの衣装。
正直“ハロウィン”というイベント自体にはあまり向いていないような気がしたけど、その可愛さに負けて買ってしまった。
「わたしはいつも通り魔女っ子で!」
『なんかまた派手になった…?ホウキなんて持ってたっけ?』
「おニューで買いました!」
へへんと鼻を鳴らしながら目の前に出されたのはホウキ。見覚えがないと思っていたら少し前に買ったとか。
こんな人混みの中にそんなものよく持ってくるなと思っていたら、不意に少し離れたところから歓声が上がった。
『えっ、なに?』
「あー…さっきからちょいちょい騒がれてるの。うちはイタチって分かる?」
『分かるよ。来てるの?』
「そうみたい」
周りが騒がしいから、噂話もある程度の大声で。
うちはイタチといえば優秀な忍として有名だ。アカデミーで飛び級をして最年少首席で卒業したことは周知の事実。
もう数年前の話ではあるが、忍ではない私達の間ですら今でも語り継がれる伝説みたいなものである。
そんな有名人がこんなイベントに参加しているとは思わなかった。偶然任務がなかったのだろうか。
見れるものなら見てみたいと思いつつも、騒ぎのする方向を見てため息を吐く。
『……あんなに人がいたら全然見えないね』
「そうよねー。イケメンらしいし拝んでみたいなあ…」
「やあお姉さん達、合言葉は?」
「『トリックオアトリート!』」
人と人の隙間から現れたお菓子の袋を大量に抱えたお兄さんの声で引き戻される。別に私達は有名人を見に来たんじゃない、今日はハロウィンイベントに参加しに来たんだ。
フランケンシュタインの格好をしたその人は、にっこり笑ってクッキーの入った小袋を渡すとまた人混みへと消えていった。
――
『(うわー…戻れないなー……)』
着いて一時間くらいしたところでお手洗いのために会場の外に出たら、来たときよりも人が多くなっていた。
友達と別れたのは会場の奥側。この人の波を掻き分けていく元気はない。
もう少し待ったら空くかもしれないと、とりあえず入口方面へ向かう。
『(…あれ?)』
出入り口周辺より少し離れたところで待っていようかと思ったら、壁にもたれかかっている小さな男の子を見つけた。
周りに親らしき人はいない。迷子かなと、その子に向かって歩み寄る。
『どうしたの?親とはぐれちゃった?』
「…!」
10歳くらいだろうか、もう少し上だろうか。いずれにしろそこまで大人とも言えない男の子がこんなところで一人でいることに違和感を覚えた。
声をかけてみれば大きな瞳がこちらを向く。
「ううん。兄さんを待ってるんだ」
『…兄さん?』
隣に屈んで話を聞く。どうやら迷子ではないらしい。
もともと家族三人で来てたらしいが、お母さんは夕飯の支度があるからと先に帰ったようで。
お兄さんがまだ会場内にいて、それを待っているらしい。
『すぐ戻ってくるの?』
「わからない。忙しそうだったから」
『こんなとこでほっとかれちゃうくらいならお母さんと一緒に帰っちゃえば良かったのに…』
「……今日、兄さんと修行する約束してたんだ」
――兄さん、滅多に休みが取れないのに。
ふくれっ面で呟いたその子は多分、その“お兄さん”が大好きなんだろうなと容易に想像がつく。
今日はたまにある休みだったのに、お兄さんは弟を置いてこのイベントで他の人と遊んでいるのか。
せっかく可愛らしいハロウィン用の帽子をかぶっているのに、こんなとこで放置されて。
『お菓子食べる?』
「…ねーちゃんは一人なの?」
『んー…友達と一緒だったんだけど、疲れちゃったからここで一休み』
中で他の友人と合流していたし別に大丈夫だろう。男の子の隣に座るとその子も同じように座った。
スタッフさんからもらったクッキーを手渡して、自分も一枚かじる。
『お兄さん、早く来るといいね』
「…うん」
魔法使いのローブのようなものを羽織っているその子が頷く。
修行と言っていた。この子も忍を目指しているのだろうか。
「――サスケ!」
「兄さん!」
『お兄さん?どれ?』
タイミングが良かったのか、ものの数分でその子を呼ぶ声らしきものがしたけどあまりにも人が多すぎてよくわからない。
さっきまでしょんぼりしてた“サスケ”くんがぱっと顔を明るくして立ち上がる。
その視線の先に目を凝らしてお兄さんらしき人を探していれば、人を押しのけるようにして男の人が現れた。
『(…わ、)』
――綺麗な人。
背が高くて綺麗な顔立ちのその人に思わず声に出しそうになった。
お兄さんといってももう少し年齢の低い人を想像していたから、こんなに大人っぽい人が来るとは思っていなかった。
「兄さん?」
「…!
すまないなサスケ、待たせたな。母さんは帰ったのか?
えっと……ありがとう。見ててくれたんだな」
『いえ、そんな…』
狼の格好をしたお兄さんはこちらに向かって軽く会釈する。その両手には大量のお菓子、お菓子、お菓子。
何をどうしたらそうなるのかわからないけど、サスケくんの言っていた「忙しい」の意味をなんとなく理解する。
多分、全て貰い物だろう。幼い弟を放置して遊んでいるのかと思っていたがそうでもなかったらしい。心の中で謝罪しておく。
「じゃあなねーちゃん!」
『うん、またね』
お兄さんの荷物を一部抱えたサスケくんが手を振ってきて笑顔で見送る。
またね、なんて言ったけれどもう会うことなんてないのではないだろうか。
「どうしたの?ぼうっとして」
『……ううん、何でもない』
いくらか人が減った会場内の友達のもとへと戻る。脳裏に描いていたのはさっき出会った“お兄さん”。
あの人がうちはイタチだって気付くのは、パーティが終わったもう少し後。
ヒトメボレ 1
END.