叶わないアイラブユー
「おめでとうございます、風影様」
「おめでとうございます!」
賑やかな会場、沸き立つ人々。
綺麗に飾り付けられた広い部屋、それに似合う花とたくさんのご馳走。
すべてが輝かしいこの場所は、自分にはあまりにも居心地が悪い。
「今日は特別だ!好きなだけ食べな!」
その辺の男よりよっぽど頼もしい彼女の声は今日も相変わらず。
五代目風影の姉であるテマリはいつもの任務服からパーティ用のドレスに着替え、忙しそうに会場を駆け回っていた。
右へ左へ行ったり来たり、することもなくぼうっとその姿を目で追っていれば、ぱちりと目が合って彼女はこちらにやって来る。
『……!』
「架音、少しは食べな。
せっかくこんなにあるんだから」
手には料理とケーキが盛られた皿。
お前最近ろくに食べていないだろうと半ば無理やり押し付けられる。
ぼんやりしていたせいか動きが鈍っていて、受け取った皿をしばし意味もなく眺める。
生クリームの白が、痛い。
「架音」
『…ありがとう、わかってる。
だいじょうぶ、ちゃんと食べるよ』
「そうしてくれ、じゃないと我愛羅も心配するから」
――お前に何かあったら私らも困るんだ。
そう言って苦く笑うテマリに、もう一度だけありがとうと呟く。
「……、」
『なあに?そんなに見張らなくてもちゃんと、』
「本当にこれで良かったのか…?」
『!』
ちらちらと人混みの中へ視線を移す彼女。
その意味を理解して一緒になって目を細める。
美しい純白のドレスが、その先で揺れた。
『うん。いいの、これで。
お姫様……すごく綺麗な人ね』
名前しか知らない里の、名前しか知らないお姫様。
今日はそのお姫様とこの国の長の結婚式。
国の一大イベントとなった今日はきっとこの先も記憶に刻まれて。
一生、忘れることはない。
「お前の方が……あいつには、我愛羅には似合ってた。架音」
『………』
「今日の架音の方が、あの姫様よりよっぽど綺麗だ」
『…ありがとう』
脇役である私の控えめなドレスを彼女は褒める。
その気遣いにまた泣きそうになって、化粧が崩れかけた目元を拭った。
まだ片付けがあるからと消えていくその背中の先に、あの邪魔な純白は変わらず映る。
我愛羅が貿易先の姫との婚約を渋々承諾するまでの一週間。
何度も何度も言い聞かせて、それでも全力で聞き入れようとしない彼を全力で説得した。
――風影になったのだから、
――私より里のこと、考えないと
『…なんでだろうね』
国の安定と繁栄のためならば仕方ない。
そう彼を説得していた自分が本当は一番納得していなかった。後になって、今日式を見ていて初めて気がついた。
なぜあそこにいるのは私ではなくて、あの人なのだろうと。ずっとずっと心のどこかで思い続けていたことに、今日という日を迎えて初めて気がついた。
“風影になる”
叶ったはずの夢に、我愛羅は唯一の後悔だと泣いてくれた。
『……お幸せに』
人混みに紛れて消えたその言葉にはあまりにも心がない。
薬指に輝く指輪、ウエディングドレス姿の花嫁。
すべてが、手に入るはずだった。手に入るものだと疑わなかった。
沸きあがる歓声。直視出来なかった誓いのキス。
幸せだった過去。思い描いた未来。
すべてを、心に封印した。あの日の涙と共に置いてきた。
『我愛羅』
呼んでも振り向いてくれる彼はもういない。
私を抱きしめてくれる彼はもういない。
目線の先にいるのは、私以外の人と結ばれた彼。
――それでも、
それでも、式の途中、
台の上の彼と一瞬だけ目が合ったあのとき、
声も出さずに紡がれた“愛してる”は、
確かに、“私へ”の愛の言葉だった。
叶わないアイラブユー
(確かに、愛しあっていた)
END.