このつづきは
『わたしがゼルダ姫みたいに綺麗だったら良かったのにな…』
どこまでも続く青い空には不相応なつぶやきが、澄んだ空気に溶けて消えた。
「レンも十分綺麗じゃナイ!」
『そうかなあ…』
事の始まりは、ふよふよと空中を漂う妖精“ナビィ”が私に言った「レン、最近元気ない?」という質問だった。
ハイラルに異変が起きてから約7年。
リンクと知り合ったのはその「異変」が起き始めた頃だった。城下町に遊びに行く途中、魔物に襲われそうになったところを彼に助けてもらった。
それまで道中で魔物に出くわしたことなどなく、そのような噂も聞いたことがなかった。彼が言うには、ハイラルに危機が迫っている、と。
にわかには信じられない話を当時幼かった私は気に留めつつも右から左に聞き流し、そのままリンクと一緒に城下町に向かった。それが本当の話だと分かったのは、数日間城下町で彼と遊んで別れてからしばらく経った頃だった。
ガノンドロフの手にハイラルが堕ちた後、大人になったリンクと再会した私はサポーターとして彼と共に行動した。
彼は7年間魂を封印されたためその間の記憶がない。その空白の期間をなんとか無事に生き延びていた私は、彼の世界を救う旅の力になれると。
助けてもらった恩もあったし、たった一度だけど城下町で遊んだ時も楽しかったし、危険であることは承知で彼に着いていった。
どのみちこの世界はもうどこに行っても安全とは言い難かったから。
『ゼルダ姫ってまさに“お姫様”って感じで…。
平和だった頃に何度か見たことあるだけだったけど、子供であんなに美人なら大人になってもとびきり美人なんだろうな…』
共に行動をする中で、リンクに恋をするのに時間はかからなかった。
7年間封印されていただけあって見た目の割に子供っぽいところはあるけど、気さくで話しやすくて優しい。
腕っぷしもよくて、マスターソードを手に魔物と戦うリンクの背中は誰よりもかっこよかった。
私の持っている知識で彼を少しでも助けられることが嬉しかった。
でもまさか告白なんてするわけにはいかない。これは世界を救うための旅なのだから。
私の私情で彼の勇者としての旅を邪魔するわけにはいかない。
そんな中、リンクと同じ特別な力を持つというゼルダ姫の存在は私からしたら羨ましいものだった。
「ウーン…確かにゼルダ姫は美人だったケド……」
『そうでしょ?勇者が世界を救って、綺麗なお姫様と結ばれてハッピーエンド…目に浮かぶなあ』
まるでよくある御伽噺のようだ。
主人公が魔王を倒し、平和を取り戻した世界でお姫様と結ばれる。
リンクは見た目もかっこいいし、美人と結ばれるに値するだろう。
それに比べて私はどこにでもいそうな一般的な庶民だ。
ナビィは褒めてくれたけど、少なくともお姫様と呼べるような美しさなど持ち合わせていない。豪華なドレスなんて着たことがないし、どう頑張っても特別な力なんて宿らない。
この世界にとって特別な存在であるリンクと並ぶには、それこそゼルダ姫のような人が相応しい。それを旅の中で感じる節がちょくちょくあって、ナビィの言う「最近元気がない」はそこから来ていた。
私がもしゼルダ姫だったら。
リンクに必死に追いかけて貰えたんじゃないかって、彼の隣でそう考える回数が日に日に増えていく。
『…あ!リンクには内緒よ?真剣な旅の途中にこんなこと考えてるって知られたら怒られちゃうから』
「わかってル、でもリンクは別に怒らないと思うケド……」
『そうかな?さすがに呆れられちゃうと…』
「怒らないよ」
『…え?』
不意に後ろからナビィとは違う低い声が聞こえて驚く。
家の陰から出てきたのは、まさに話題の中心人物である彼だった。
「ご、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど…」
噂をすれば何とやらとは言うが、今この場所このタイミングで実現しないでほしかった。
「驚かせようと思ったんだ」と典型的なドッキリを仕掛けようとしていたらしいリンクはやはり、7年前と変わらず子供っぽい。
しかし今はそんなことを改めて感じている場合ではない。聞かれてしまった。彼の旅には不要な、余計な感情による愚痴を。
突然の出来事にどう言い訳したら良いか慌てていると、バツが悪そうな顔をしたリンクが買ってきた夕飯の材料を手に近付いてきた。
「そっか、レンはオレがゼルダと結ばれると思ってたんだ…」
『あ、いや…ごめん、リンクはそれどころじゃないのに……』
「ううん、さっきも言っただろ?怒ってないって。
ハイラルは救わなきゃいけないけど、ピリピリしてミスでもしたら危ないし…オレも時々、レンと似たようなこと考えるときあるから」
リンクが私のすぐ隣までやってきて、私が先ほどまで寄りかかっていた木の柵に同じように寄りかかる。
似たようなこと、とは。旅が終わったら自分がゼルダ姫と結ばれることだろうか。こちらを向いた彼の顔が見れなくて目を伏せる。
「…その、全部終わったら言おうって……思ってたんだけど…」
『…?』
「あ、やっぱ全部終わってからの方がいいよな!やっぱり…」
『な、何が?』
「そのー…あれ?あれっていうか……」
急に歯切れが悪くなった彼に疑問を抱き、おそるおそる視線を彼に戻す。彼の表情を見るに、とりあえず怒っている様子も呆れている様子もなかった。代わりになぜかあたふたしていた。話を聞かれて慌てているのはこちらだというのに。
ぽりぽりと指で頬を掻いたリンクは、やがて意を決したような顔をすると、寄りかかっていた体を起こしてこちらにまっすぐ向き直った。
「オレは別にゼルダと結ばれる気はないし、ゼルダもそんな気はないと思うよ。
それとその、オレはレンのこと……綺麗、だと思ってるよ…」
『え…』
「今はまだハイラルもこんなだから言えないけど…。全部終わって、平和になったら……」
聞き間違いとも思えるような単語がリンクの口から出て驚いている暇もなく、続けて紡がれる言葉に心臓が高鳴る。
しかしその先の言葉は、閉じた彼の口の中に飲み込まれて。
少し困ったように笑ったリンクは、「おなか空いちゃったな」といつものように無邪気に零した。
このつづきは
(世界を救ったそのあとで)
(絶対ハッピーエンドにして見せるから、)
(それまで、待っていてくれますか?)
END.