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「レンー!」
背中側から聞こえた声に振り返れば、ここのところ目で追い続けている彼がいて驚いた。
「ちょっとオレの部屋来て!」
『…え?』
用件も言わずにがしりと腕を掴まれて反射的に体が傾き、焦って足を踏み出す。
いつも突発的だが今日はいつになく突発的だと、突然現れたリンクにそれだけ思った。
じわりと熱を帯び始める腕に一体何が起きたのだろうと理解する暇もなく、お構いなしに歩き始めた彼に訳も分からず着いて行く。
目的地である彼の部屋に着くなり、「付き合って」と、ただ一言吐いた彼に事態が悪化したと感じたのはきっと気のせいではない。
『……は?』
訳が分からない。やはり今回はいつも以上に訳が分からない。
しかしながら「お願い」と普段のテンションで頼みこんでくる彼に、ああなるほどと全てを悟った。
『…何に付き合って欲しいの、リンク?』
「えっと……」
――主語がないんだよ、主語が。
一人心の中で溜息をつきながら、どうせまた何か面倒なことに付き合わされるのだろうと彼の話に耳を傾けた。
──
『リンク…この指輪は一体……』
「“付き合ってる”んだからしててもおかしくないだろ?」
用件が分かったところで事態が良くなることはなかった。むしろもっと悪化した。
部屋にて手渡されたのは指輪。見たところそこまで高くはなさそうな、その辺のアクセサリーショップに売ってそうなもの。
それを左手薬指にするよう指示され、言われるままにつけてみる。
「ぴったりだな」と、嬉しそうに笑うリンクに一瞬ドキリとした自分が悔しい。
『私が言ってるのはそこじゃないの。こんなものいつ用意したのよ…。
結婚指輪は結婚したときにつけるのよ?』
「じゃあ結婚済みって事で!」
『この歳でですか?』
突っ込みが追いつかない。そんなのは今日話をされた時からだけども。
「やあ、レン!
……ってちょっとリンク、何手繋いでんの?離れてよ」
「いいんだよオレは」
「何がいいのさ…って、……!?」
前方からやってきたのはマルス。
相変わらずの王子スマイルで声をかけてきたが、指輪の存在に気付いたらしく一瞬顔が青ざめた。
が、勘の良い彼はすぐに何かを考え始めたようで、ひらめいたように口を開く。
「…そうか、今日はエイプリルフールってヤツだったね」
「え゙」
何でバレたんだと、バレないと思っていたらしいリンクが入れ違いで青ざめた。
そう、彼の言うとおり今日は4月1日“エイプリルフール”。
リンクが私にお願いして来たのは“今日一日彼女でいること”。
何かみんなの驚くようなことがしたいと考えたらしいが、何故それに決めたのかは未だによく分からない。
そして何故相手を私にしようとしたのかもわからないが、おそらく彼なりに断られにくそうな人物を選んだのだろう。把握されている辺りがどうにも腑に落ちないが。
どうせ暇だし、リンクと遊べるならいいかと承諾したら予想以上に面倒そうなことになった。
リンクの分かりやすい態度にマルスが「当たりだね」と笑う。
第一この年齢で、何年も一緒に過ごしてきた仲間相手に突然結婚しました設定で行おうとするのが間違っていると何故彼は気付かない。
「じゃあリンクのつまらない遊びにレンが巻き込まれたのか…とんだ災難だね」
「なっ、つまらなくないし!お前最初ちょっと驚いただろ!」
「まあね、不覚にも。
……にしてもその指輪、嘘だとしても目障りだね。レン、手貸して」
「…あ!」
繋がれた反対側の左手を掬う用に攫われる。
それに反応した当事者のリンクとは関係なく、反射的にマルスの手を握って動きを封じた。
『…ごめんなさいマルス。今日だけつけさせて。
リンクとはそういう約束なの』
男とは思えないくらい細くて長い指をやんわり掴めば、ぱちりと目が合ったマルスが一瞬固まった気がした。
「……、今日だけだから」
『ありがとう』
別にマルスは今回の件に関係があるわけではないが、優しいし心配でもしてくれたのだろう。
一言礼を言って手を離せば彼は何も言わずに立ち去った。
「ありがとなレン!」
『ううん、約束は約束だし』
「リンクの要件を呑んだのは私だし」と返せばもう一度ありがとうと笑うリンク。
“人がいそうな場所”として目星を付けた休憩所にでも向かおうかと、止めていた足を進めた。
──
「レン、ピット発見」
『了解』
マルス以外とは誰とも会うことなく休憩所前に到着。
ドア越しに一人人物を確認し、「出来るだけ自然を装うぞ」と言ったリンクはいつも通りドアノブを捻った。
「あ、レンさん!
……とついでにリンクさん」
「何でオレはおまけみたいなのさ…」
先に入ったはずのリンクに「僕としてはレンさんだけの方が良かったです」とハッキリ言いきった彼はエンジェランドの天使さん。
何故かやたら私になついている彼は、繋がれていた手を見るなり顔色を変えて騒ぎ出した。
「なななななっ…!何で手繋いでるんですか!離してください!!」
「彼女なんだから手ぐらい繋いで当たり前だろ〜?」
「へ」
ピシリと固まるピット。
嫌な予感がして「な?」とこちらを振り返るリンクに、約束も忘れて頷くのを一瞬躊躇った。
が、ノリノリなリンクが止めを刺しにかかる。
「まーピット、よく見ろよこれ」
「…え」
「こ・ん・や・く・ゆ・び・わ」
「…………」
バタリ。
『ピットーーー!!』
「ははっ、こうでなくちゃな!しかしピットしかいないとは…」
「もっといると思ったんだけど」と面白そうに笑うリンクは倒れたピットを気にも留めない。
マルスとは別の意味で人選ミスをしたと後悔した。
必死にピットを揺さぶってみるもぴくりともしない。そんな気絶するほどショックだったのだろうか。
隣で笑い続けるこの人に悪気がないというのも問題である。
『少しは心配しなさいよ!
あああ後で謝らなきゃ…ごめんピット……』
この子を相手にしたのが間違いだったのだ。後で何かお詫びをしようと心に決める。
ひとまずどうしようかと、そう思っていればガチャリとドアの開く音。
「あー、疲れた!」
『…、ロイ』
「レン!とリンク…
……ってえええピットが死んでる!!?」
「ごめんオレがやった」
「故意犯!?何してんのお前!?……ん?」
「レン、何だそれ」と指差されたのはふと目に留まったらしい私の指輪。よく見ているものである。
気付いたリンクがニッと口角を上げた。
「いいだろそれ。オレがあげたんだ」
「はあ!?まままさかリンク……!オレのレンを…!?」
「いつからお前のになったんだよ!!オレのだ!!」
「そ……、そんな…そんな………嘘だぁああ!!」
「うわあああ」と叫びながら走り去ったロイにお前もかと突っ込む。彼のものになった覚えがないことに関しては代わりにリンクが突っ込んでおいてくれたからよしとするが、何故この有り得ない状況を疑うこともなく受け入れてしまうのか心底分からない。こんな嘘が到底通るはずないだろうと考えていた私が間違っていたのだろうか。
「ロイも天然だなー!ああいう反応してくれないと嘘のつき甲斐がないよな!」
『ねえリンク、私申し訳なくなってきた』
成功したと、やはり楽しそうに笑う彼に最初はこれでいいのかとも思ったがだんだんそうでもない気がしてきた。
明日謝ったところで許してもらえるだろうか。
「……、何か聞こえる」
『…え?』
聞こえる物音に耳を澄ましだしたリンクに釣られて真似をする。
――ドドドドド。
確かにと、その方向を向けば休憩所入口。
その時、バァンとドアが勢いよく開いた。というか蹴破られた。
「うふふふ…リンク、私のレンに手を出そうとはいい度胸ね?
今日が例え本来許される日であってもこの私が許すと思いまして?」
「協力するわよゼルダ…可愛い妹に何かしたらどうなるか思い知らせてやらなくては…」
「リ、リンク…!私の、私の可愛いレン君を…!」
「オレだって!まだ諦めてない!!」
「…ふふ、僕も来ちゃった」
「『(なんかいっぱい来た!)』」
蹴破られ残念なことになったドアを気にする暇もない。本当に今日は慌ただしい日だ。
しかし今まで何処にいたんだアンタらと、もうこれ以上突っ込む気力は残っていない。
雪崩れ込むように休憩所に集まったメンバーを確認すれば、ほぼ全員がいるものだから大したものである。マスターまで来たか。
さてどうしたものかと、隣のリンクに目で訴えればぱちりとウインクをされた。
「レン、逃げるぞ」
『…はい?………わっ!!』
不意に感じた浮遊感に驚く。一番驚いたのはコンマ数秒後にあった目の前のリンクの顔。
ばっと顔が熱を帯びて、目を逸らそうとした瞬間に体が揺れた。
「リンクがレン抱いて逃げたぞ!!」
「「逃げられるとでも?」」
「怖いなお前ら!」
反射的にしがみつけばリンクはニッと笑って器用に人混みを飛び越えていく。
無残な姿になったドアを踏み越えればあっという間に背景が廊下に切り替わった。
『リンク!私重いよ!走るなら自分で…!』
「レンが重いなんてあるか!気にしないで掴まってろ!」
「大体巻き込んだのはオレだ」とどこか余裕すら見せる彼に、これがエイプリルフールじゃなかったらと感じたのはきっと気のせいなんかではない。
エイプリルフール!
(あ!リンク、ピット置いてきちゃった!)
(え?ほっとけよ、今はいいだろ)
END.
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