この恋は多分、少しだけ甘い

 



「なあ咲来」


『はい、何でしょう』




モビーディック内部、隊長にのみ許された自室。
そのひとつであるこのおれの部屋に、最も似合わないであろうペンを走らせる音。




「…暇」


『そうですか』




時々ふと考えるように止まっては、再びカツカツと鳴り出す。
普段なら気になりもしないその小さな音も、今はやたら耳の奥で響く。

デスクに目をやれば仕事のために訪れた客人。
一番隊の優秀な副隊長、咲来。




「暇」


『私にも分けて頂きたいですね』


「出来るならそうしてる」


『では、お気持ちだけ頂いておきます』




凛とした顔立ちとそれに似合う言動。真面目で仕事熱心で、お堅いだの小難しいだのと称されるマルコとも相性が良い。
今ではあいつのお気に入りで、周りからは「高嶺の花」と名高い女の子。

そんな彼女がついこの前からしばらく、おれの隊の重要な書類を扱うとかなんとかで毎日30分ずつ部屋に来ることになった。
隊長という立場に就きつつもなんだかんだ絡む機会がなくて、それこそ最初はまじまじと観察してしまった。これが噂の美人副隊長か、と。

確かに美人だとは思うが、正直おれには想像以上に背が低かったことの方が印象深い。




「咲来ー。暇」


『先程聞きましたが』


「…お前それしか言ってくれねェのな」


『何かご不満でも?』




こうなってから以前と状況が変わったかといえば、答えはノーだ。数日前から散々話しかけてるのに彼女は未だ振り向いてすらくれない。




「そんなつまんねー仕事、よくやるよなァ」


『仕事ですから』


「おれの隊ならねェぞ?マルコのとこなんかやめてこっち来ねェ?」


『ないのではなくて回さないのだとマルコ隊長がおっしゃってましたが。現に本来エース隊長の仕事です、これは。
それと私、移動は致しませんので』


「……変わらねェなァ」


『マルコ隊長からクビにされるまで、私は一番隊です』




ペンは走らせたまま、視線も手元の資料のまま。
淡々と答える咲来は噂通りの仕事のデキる女で、多分おれとは真逆のタイプ。

こういう人材は自分の隊にはいない。きっと戦闘でも、陣形だとか作戦だとかを上手い具合に考えてくれるのだろう。
マルコは一人でも頭が良いんだから、咲来みたいな人間をおれの隊にくれたっていいと思う。
そう考えて引き入れようとしても、今のところ全部撃沈。


――咲来ちゃんはツンデレじゃなくてツンツンだな
――でもああ見えてマルコのことは大好きだからなァ





「(なんだよ、そんなにマルコがいいってのか)」




いつだかサッチが言っていた。マルコ相手には割とデレる、と。
数日経った今もおれにはニコリともしてくれないのに。




「咲来」


『……、何でしょう』


「暇」


『知ってます。すみませんね、あと少しで終わるのでそうしたら皆さんと遊びに行ってらっしゃいませ』


「…違ェ、そうじゃねェんだよ……」


『では何でしょう?』


「いい加減おれに構えって言ってんだよ!」


『…!』


「あ、…いや……」




あまりにも気づかないから、あまりにも振り向いてくれないから。
ついイライラした結果出てきた言葉に口を押さえる。「構え」って、ガキじゃあるまいし。




「その…、おれ、あんまり咲来と話す機会ねェし……。
でも咲来、仕事終わったらとっとと帰っちまうから…、仕事中は黙ったままだし…」




上手く口が回らない。ぐるぐる視線を彷徨わせ始めたそのとき、初めて。
初めて、咲来がおれをその目に映した。




「……!」


『ふふ…確かに今回、初めてお話しましたね』


「あ、あァ」


『エース隊長って、強くて格好良くて人気ですから、私には近寄りがたいところがありました。
でも案外、可愛らしいんですね』


「!? か、可愛いはねェだろ…!」


『エース隊長は甘いものお好きですか?』


「は?」




クスクスと。あの咲来が口元に手を当てて、軽く笑った。その顔が想像以上の破壊力で、カッと熱が顔に集中する。
そんなおれを気に留める様子も無く、唐突な質問をした彼女は頷いたおれを見るなり部屋を出て行った。

一人取り残されたおれはただ呆気にとられる以外にない。数分後再び現れた咲来は何やら箱を持っていた。




『この前立ち寄った島で買ったケーキです。ひとつしかないのですが、良ければ』


「え?」


『美味しいと評判なので味の方は大丈夫かと。
お暇なのでしょう、少しは時間潰しになるでしょうか。なるべく早く片付けますので少々お待ちくださいませ』


「ってことは、」


『私で良ければお相手いたします』




おれにケーキの載った皿とフォークを持たせ、それだけ言ってまた椅子に座り直した彼女。
見える後ろ姿はさっきと何も変わらないのに、自分の心臓の音だけがやけにうるさい。


小さくすくい取ったショートケーキは、甘く舌の上で転がった。






このは多分、少しだけ





END.





オマケ




「咲来。そろそろ仕上がっ……」


「!」


『マルコ隊長、お疲れ様です。あと5分もあれば仕上がります』


「おい咲来……いや、エース。それ…」


「あァ、咲来にもらった。すげー美味い!」


『隊長の分はございますので大丈夫です。ご安心を』


「…お前の分がないんじゃねえのか?」


『ええ。構いませんが』


「え?これ1個しかねェやつ?」


『はい。しかしまた買いますので、お気になさらず』


「………。
咲来、今日はいつもより早く来いよい。…それとエース、覚悟しとけ」


「…え?」




(咲来が優しいとマルコ隊長が怖い)




オマケEND.