見覚えのある“それ”は?
「ねーっ俺チョコ貰っちゃったー!」
意気揚々とリボンのかかったボックスを掲げるその人は、いつもながら楽しそうだった。
同棲している彼氏、松野おそ松。年齢は私と同じはずなんだけど、働く気がないそうなので生活費は9割型私が負担。
なんでこんな将来期待できないニートと付き合うことになってしまったのかは未だによくわからないのだけど、押しに負けちゃっただけというか。結婚には至ってないからまだいいかなって。
そんなクズ彼氏がバレンタインという名の平日に私が帰宅した瞬間、「チョコを貰った」という報告をしてきた。
『チョコ?うちにお母さん来たの?』
「母さんじゃねーし!!女の子からだし!!」
『へー、良かったね』
「反応うっす!!」
一言だけ返してリビングに向かう私に「もうちょっと何かあんだろ」と抗議する彼。おそ松はもともと構ってちゃんだけど、今日は特に酷い。
チョコを貰ったのがよほど嬉しかったのか知らないが、封を切っていないその箱をとにかく必死に見せつけてくる。
しかし残念ながら今日は平日。時刻は夜の9時半を回ったところ。
私はこれからご飯を食べてお風呂に入って明日に備えてさっさと寝なければならない。私からのチョコなら朝会社行く前に渡したし、その時点で私の中での“バレンタイン”という行事は終わった。おそ松がどこかの誰かからチョコを貰ってきて見せつけてきたところで、今の私には「疲れたから早く寝たい」以外の思考はない。
おそ松の構ってちゃんに付き合ってたら明日に支障が出る。
コンビニで安くなっていた今日が消費期限のお惣菜を机に広げていると、あんなに激しかった構ってアピールが途絶えたことに気付いた。
『…どうしたの?』
「……じゃん、…」
『え?なに?』
「もっと妬いてくれたっていいじゃん!!留衣のバカ!!」
「もう知らない!」とあれだけ自慢してきたプレゼントボックスを投げ捨て、私に背を向けたおそ松。情緒不安定か?
構うのはめんどくさいけど、このまま構わないのもそれはそれでめんどくさそう。渋々箸を止め、床にどかっと座ったおそ松に近寄る。
『わたしに妬いて欲しかったの?』
「…べっつにぃ。どっかの誰かさんが最近ぜーんぜん俺に興味ないんだもん。
さすがに他の子からチョコ貰ったら何か言ってくれると思ったのにさぁ…ガン無視?留衣、もう俺のこと好きじゃないんだ」
『好きじゃなかったらとっくに家から追い出してるけど』
「そ…だけど!でも!妬いてくんなかった!!」
『そう言われても……』
――そもそもおそ松、女の子大好きだからいちいち妬いてたら身が持たないし。
つい馬鹿正直にそんなことを零すと、覚えがあるのかおそ松が苦い顔をして黙り込んだ。なんだ、自覚あるんじゃん。
告白してOK貰ったくせに可愛い子見つけるたびだらしない顔するの、最初こそどうかと思ったけど性格上直りそうにないから諦めたのはこっちだというのに。そのくせこういうときは都合良く妬いて欲しいとか、クズニートのくせにどこまでわがままなんだ。
胡座をかいて背を向けている彼が何も言わないから、仕方なしにこちらから声を掛けようとしたとき。
「でも、」と小さく掠れた声が聞こえた。
「それでも、留衣に妬いて貰いたかったんだもん…」
パーカーの裾を握り締める彼は、とても下に5人も弟を抱える兄には見えなかった。
『(これで可愛いって思っちゃうんだから、わたしも困ったもんだよね)』
おそ松に呆れるのと同じくらい自分にも呆れてため息をついた。
本当にどうしようもない人だと分かってはいるんだけど、私のことを大好きなのも知ってるから、別れる気にもならず。
最後は押し負けるというか、なんだかんだで私も自分で思っている以上に彼のことを気に入っているのだろう。
バレンタインも忙しい中ちゃんと手作りしたからね。
まだしょんぼりしているおそ松の頭をぽんぽんすると、彼は黙ってハグを要求してくる。
「キスしていい?」と聞かれたから、短く「いいよ」とだけ答えた。
深くはないキスを何度も繰り返してから二人揃って床に転がる。
「留衣も働いてなかったらこんなことにはならないのに。お兄ちゃん毎日寂しいよぉ…」
『働いてなかったら二人暮らしなんて出来てないから』
「……うん。ありがと、大好き。早く結婚しよーね」
『お金ないから無理』
「俺が競馬で一発当てる!」
『…じゃあ3年以内くらいによろしくね』
「任せろ!」
「俺風呂ためてくる!」と起き上がって駆けていくおそ松を見送った。流れでまた根拠のない約束をしちゃったな。
体を起こし、雑に広げたままの夕食が載っているテーブルに戻る。
熱を失った床の上には、まだあのギフトボックスが転がっていた。
見覚えのある“それ”は?
(あのチョコ自分で用意したでしょ)
(えっ!)
(コンビニで同じの売ってたよ)
END.