もう叶っている
『今日って七夕か〜!』
夕食の材料を買いに留衣と出かけていた先で、大きな笹の木とその葉に飾られた無数の短冊を見つけた。
それなりに大きくてそれなりに賑わっているショッピングモールのど真ん中。
七夕というイベントのためにわざわざ設置されたらしい笹の木を目指して留衣が歩いていく。当然、僕も追いかけざるを得ない。
のろのろとその後を追うと、留衣の向こう側にある「願いを書いて飾ろう」という看板の横で、親子連れが楽しそうにしているのが見えた。
『“宝くじが当たりますように”……ベタだけどすっごい分かる』
「それで当たれば苦労しない…」
『でも夢はあるよね!』
「……そう?」
短冊に書いただけで本当に宝くじが当たるとは本人も思ってないだろうし、夢なんてないと思うけど。
そういうことを自然と考えちゃうあたり、こういうイベントは自分には向いていない。
それでもとりあえず留衣の真似をしてどこの誰が書いたかもわからない短冊をぺらぺらと捲ってみる。
お金持ちになりたい、サッカー選手になりたい、アイドルになりたい。小さな子供が書いたであろう拙い文字の並んだ短冊。
彼氏がほしい、幸せになりたい、結婚したい。見たら目が潰れるリア充と思われる若い男女が書いたであろう短冊。
そしてそういうものの中に紛れる、「世界平和」とかいうやけにスケールのでかい願い事の書かれた短冊。クソ松でも来たのだろうか。
『せっかくだし私たちも書いていかない?』
「え…いいよおれは……」
『そんなこと言わずに!』
「…だっておれ、願い事なんてないし」
先ほどの親子連れを指さしながらこちらを振り向いた留衣。
淡々としたおれの返事に、「なんで?」と彼女は首を傾げる。
『願い事くらいいくらでもあるでしょ?』
「ないよ、これ以上何を望むって言うの」
『これ以上?』
「……」
――しまった。
無意識のうちに出ていた言葉に口を押さえる。が、時すでに遅し。
留衣はこちらを向いたままおれの次の言葉を待っている。
ガシガシと頭を掻く。
なんでこういうときだけ素直に答えちゃうかな、おれは。
「……。
留衣と夕飯の買い出し行って、帰ったらアンタにメシ作ってもらって、一緒に過ごして。
もう十分だよ、おれには…」
『え、猫王国は?』
「…それは作りたいけど、こんなとこに堂々と飾れるわけないでしょ」
『そうかなあ』
「名前書かなければ分からないと思うけど」なんて真面目に返してくる彼女に、さっきのクソ恥ずかしい台詞の意味がちゃんと伝わってるのか心配になったけれど。
少し赤くなったその横顔を見て、ああ大丈夫だなって納得して。
「…アンタがそんな顔するなんて珍しいね」
『猫王国に勝てる日が来るとは思わなかった……』
「バカじゃないの」
そんなの付き合った日からアンタが勝ってるに決まってるじゃん。分かってくれてなかったんだ、今というこの時まで。
それなら、それが分かってもらえただけでも七夕コーナーをスルーしなかった意味はあったかな。
親子連れが遠ざかっていくのを見送った後、二人揃って「留衣が幸せになりますように」「一松が幸せになりますように」とかいうリア充爆発しろ以外の何物でもない短冊を飾り、また元のように手を繋いで夕飯の買い出しを再開した。
もう叶っている
(分かってても願ってくれるアンタの幸せを願う)
(“これ以上”の望みがあるとすれば、それくらいだ)
END.