もっと

 



「…はぁ、」




もう何度目かわからないキスの雨。
目の前の一松は濡れた息を吐き出して、ひと呼吸を置いたもののまだなおその行為をやめようとしない。




「ぁ、ん…留衣、…」


『…ん』




座っていた私に跨るように乗っかってきた彼は、色欲に塗れた目でもっともっとと唇に吸い付いてくる。
いつになったら満たされるのか、しばらく終わりそうにないそれを私はただ黙って眺めていた。


別に何かきっかけがあったわけではない。
いつもそうだ。ソファーでスマホをいじっているとき、ベッドでごろごろしているとき、疲れてカーペットの上でうたた寝しているとき。
どこからか現れた一松が近付いてきたと思ったら唐突にキスをし始めて、満足しきったら眠る。それの繰り返し。
未だに理由はよくわからないが、そういう気分なんだろうということで片付けている。


今日もそうなんだろうと思っていたら、案の定寄りかかってきて目を瞑る彼。
その頭を撫でていたら、今日は彼が不機嫌そうな顔をしていることに気が付いた。




『どうしたの?』


「……」


『…?』


「……。
なんで、留衣って何もしてこないの…?」


『!』




ぱちり。目を開けた彼は顔を上げる。
怒っているような、それでいて甘えているような、そんな目をしていた。




「おれは…おれは、こんなに留衣のこと欲しいのに…留衣はいつもそうやって、おれのこと撫でるだけで……」




首元に擦り寄ってくる一松の頭には垂れた猫耳。元からあまり大きくない声は、語尾に向かって更に小さくなる。
身体の大きさも目線の高さも彼の方が上なのに、どうも私より小さな生き物のように見えて仕方ない。




『撫でられるの好きじゃなかった?』


「好き、好きだけど…」


『だけど?』


「……、…」


『…不満?』


「……っ」




――ぴくり。
一松の猫耳が反応して揺れる。

先程の台詞、不機嫌そうな表情。
そこから汲み取って推測した内容はどうやら正しかったらしいが、一松が何か言葉を続ける気配はない。


静かになってから数十秒、ずっと撫でていたことも相まって寝てしまったのかと思い顔を覗き込んだら、うっすら涙を浮かべた一松と目が合った。




「…僕が留衣に不満言うなんて、間違ってる」


『どうして?』


「だって、留衣はこんな社会の最底辺のゴミクズな僕にも優しくて、留衣が一緒にいてくれること自体が奇跡で……それで僕が不満言うなんて、間違ってるに決まってる…間違ってるのに……」


『…大丈夫だから、一松の思ってること聞かせてよ』




――何が不満?


放っておいたらひたすらネガティブな言葉を並べるであろう彼に、できるだけ優しく聞こえるような声色で問う。どうやら一松はあのキスの雨だけでは不満らしい。
見上げた彼の頬に涙が伝ったのを見て、袖で拭ってやる。

涙で濡れた瞳は迷いで更に横に揺れて、しかしながら、一松はおずおずと口を開いた。




「留衣は、僕に全然手出してこないから…僕のこと好きじゃないんじゃないかって……思って…。
…あ、いや、わかってる、留衣が僕のこと好きだなんて、そんな夢みたいなこと、」


『まだ夢とか言ってるの?…さっきのキスの感触は夢だった?』


「…っ!……」


『一松のことは好きだよ。…はあ、なんとなくわかった。
要するに、一松とわたしは愛情表現の仕方が逆なのね』


「ぎゃ、く?」


『そう』




“逆”。
その言葉に首を傾げる一松。

いっぺんたりともわかりません、とでも言いたげな顔だ。




『一松はキスとかハグとかするの好きでしょ?
そういうのを“受け入れる”っていうのもまた愛情表現だと思ってるんだけど、どう?』


「え、…」


『考えたことなかった?
好きでもない人にキスされそうになったら普通嫌がると思うんだけど、わたし、一松にそういうことしたことある?』


「…、あ…」




ぼぼぼっと一松の顔が紅潮する。言動は素直じゃないことが多いくせに、こういうときはわかりやすい。


一松は私のことが好きだからキスをしたがるのだろう。自惚れでも何でもないことは、一松を見ていればわかる。
一方の私はそれを受け入れることで愛情表現をしているつもりだったが、彼にはあまり伝わっていなかったようだ。




『キスに反抗しない時点で、わたしは一松のこと好きですって言ってるようなものなの。わかる?』


「……うん」


『…ああ、でも一松は女の子なら誰からでも嬉しいかな?』


「! そ、そんなことない…!!
留衣じゃなきゃやだ…!」


『……冗談だよ、ごめんって。
ねえ一松、それでも今のままじゃ不満?』


「……う…」


『正直に言ってみてよ、わたししか聞いてないから』


「……も、…」




――もっと。
もっと、愛されてるって感じたい。


小さな声でそう言った一松に、私の口角が上がる。




『じゃあ、さ』


「っ、あ…」




するりと指を頬に滑らせる。
たったそれだけのことで、一松はびくりと身体を震わせた。




『わたしからも…していい?』




瞬間、わかりやすく一松の目が期待の色に染まっていく。
その顔が見たくて若干いじわるしてる部分もあったりするのだけど、言ったら一松に怒られるだろうか。

そんなことを考えてる間に、一松が小さく私の名前を呼んだのが聞こえる。
「早くして」と震える彼の唇に、ゆっくりと自分のそれを押しつけた。






もっと



(そうやって私を求める君がとても愛おしい)




END.