ON⇔OFF

 



「「マネージャぁあああああ!!!」」


『声が大きい。…お疲れ様』




“AQUA様待機室”。
ドアの貼り紙にそう書かれていた部屋で、いつもの二人が私を出迎えた。


私の担当しているアイドルグループ“AQUA”が結成されてから一年。
初期とは比べ物にならないほど人気になった彼らは、一周年を記念してアルバム発売と共にお渡し会を開催した。

初期はライブのお客さんを集めるのも一苦労だったのに、今やチケットは抽選が行われるほど。
マネージャーとして彼らの成長と頑張りはとても誇らしいものである。


二人の忙しさに比例して自分も忙しくなるけど、それは努力が報われた証。
売上は伸びる一方、まさに順風満帆。

そんな中で、ただひとつだけ私には気がかりがあった。




「先にしてもらうのは俺だ!!な、マネージャー!!」


「は?ふざけんなクソ松、俺が先だから!!」


『……。
…じゃーんけーん』


「ポン!!…よっしゃぁああああああ!!」


「ノォオオオオオオオ!!」


『だからうるさいって…隣に聞こえるから静かにして』


「「ごめんなさい」」




持っていた書類を机の上で整理する私の目の前で繰り広げられる争い。
放置すると隣の部屋の人に迷惑がかかるので、ある程度のところで止めに入る。


唐突に始まったじゃんけんに勝利したのは一松。
嬉々とした表情で近付いてくる彼に、手を止めて椅子の向きを変えた。

――ギシッ、
座っていた私に跨った一松の重みで、椅子が低く鳴く。




「マネージャー……僕、今日も頑張った」


『うん、見てたよ』


「えへへ…ねえ、ご褒美ちょうだい…?」




猫耳のついた衣装を着ている一松。
しかしそれとは別に彼の頭からは猫の耳が生え、ズボンからは長いしっぽがはみ出る。

生えてきた耳はやや垂れ気味。
向かい合わせで膝の上に乗った彼は甘えた声で擦り寄ってきて、ライブで見られる気怠げながらも力強いハスキーボイスが売りの彼の面影など微塵も残っていなかった。




「ん…っ、んぅ……は…ぁ、マネージャー……」


『……なに?』


「もっと撫でて…もっと褒めてぇ……」


『…ん』




ちゅ、ちゅ。
唇が重なるたびにリップ音が漏れる。


普段からカメラの前で自虐ネタばかり言っている一松は決してキャラを作っているわけではなく、彼本人そのままで。
自分を卑下するのは、誰よりも褒められたい気持ちが強いから。「そんなことないよ」と言ってもらいたいから。

だからこうして頭を撫でて耳元で「よく頑張ったね」と囁けば、一松は一瞬にして堕ちる。




「……なぁ、そろそろ交代してくれないか?」


「ん…やだ……」


『一松、着替えと片付けもあるから…また後で』


「……ん」




ちらりと時計を見た一松が、最後にもう一度だけキスをしてから離れていく。
「トイレ行ってくる」と言って出て行った彼と入れ違いで、カラ松が同じように跨ってきた。




「待ちくたびれたぞマネージャー…俺にもいっぱい“ご褒美”をくれ!」


『…出来上がってるなぁ』


「んー?何の話だ、はにぃ?」




がっつくようにキスをしてきたカラ松の目が完全にハートだ。
思わず呟いてしまったが、彼は特に気に留めることもなく貪るようなキスをしてくる。

舌を入れるなんて当たり前。
夢中になりすぎて前のめりになる彼のキスを腕の力でどうにか受け止める。力の差と体格の違いを考えて欲しい。




「んぁ…ふ、ぅ……留衣、今日の俺はどうだった……?」


『今日もカッコよかったよ』


「へへ…そうだろう?」




自虐的な一松とは正反対とも言える、自分大好きナルシストキャラで通っているカラ松。
こちらもまた本人そのものでキャラ作りをしているわけではない。普段からこうだ。

その痛々しいキャラはファンからは愛されているものの、周辺の関係者からはやや引かれ気味。
言動がウザがられスルーされる率が高い彼は、構ってあげると人一倍喜ぶ。
特に「カッコいい」という言葉にはめっぽう弱く、言うとカメラの前では絶対に見せないであろうへらっとした顔で喜んでくれる。


擦り寄る彼を撫でていると、先ほど部屋を出て行った一松が帰ってきた。




「まだやってんの?そろそろここ出なきゃいけない時間でしょ」


「相変わらず切り替えが早いな、いちまぁ〜つ」


『あと30分もないね。着替えて片付けてたらあっという間だから、カラ松もそろそろね』


「んん…残念だ。続きは家で頼むぜ、マネージャー?」


『またウチに来るの?夕飯の材料ないよ?』


「…これから買いに行けばいいんじゃない。この後何もないでしょ?」


『ないけど…』


「じゃあいいじゃないか。さて、俺もトイレに…」




今度はカラ松が部屋から出ていく。いい加減身支度をしないとまずい。
着替えを持って更衣室へ行った一松を見送りながら、自分も書類の整理に入る。
明日のスケジュールの確認をしつつ、連絡をしなくてはならない相手先をピックアップ。
二人が家に押し掛けてくるらしいので、夕飯のことも考えなくてはならない。




『(この前行ったスーパー、人がそんなにいなかったからあそこにするか…)』


「ねえマネージャー、まだ終わんない…?」


『終わんない。着替えるの早いね一松。
今から電話何本かしなきゃいけないから、静かにしててね』


「んー…」




後ろから抱きついてきた一松を横目に、ピックアップした番号へ電話をかける。
首に腕を回されているせいで動きづらいが、この状態での電話も慣れたものだ。


AQUA結成から一年。
今電話をしている得意先も、今日のイベントに来たお客さんも、ライブに駆けつけてくれるお客さんも。
まさか裏でメンバーとマネージャーがこんなことをしているだなんて思ってもいないだろう。
事務所にすら知られていない、私達三人のトップシークレットだ。




『…はい、電話終了。カラ松戻ってきたし、スーパー寄って帰るよ。
変装しっかりね』


「「はーい」」




体の関係こそないが、“ご褒美”と称したハグやキスは日常茶飯事。最初は軽かったスキンシップがエスカレートして今に至る。
付き合っているわけではない。ただ、彼らが私にそれらを求めてくるのだ。それがあるから頑張れると言うのだ。

デビューした当時からずっと傍にいた自分としては、悪いと思いながらも彼らの支えになっていると考えるとどうも拒めない。
ここ最近、跨られている間にゴリゴリ当たるモノに関しては少し言いたいこともあるけど。毎回直後にトイレに駆け込むので気のせいではないだろう。私自身には被害がないから何も言っていないが。


ファンを裏切る行為であることは重々承知している。
ビジネスが成功している今の私にとって、これが唯一の気がかり。




『今日またイベント中に喧嘩したでしょ?』


「したな。でも誰も原因がハニーだなんて考えてもいないさ」


「あの二人またやってる〜とか言われてたしね…」




軌道に乗ってきた彼らにスキャンダルがあってはならない。それもマネージャーが関わったとなったら最悪だ。
ファンの夢を壊し、世間からも突き放されるだろう。そうならないためにも、なるべくそれらしき行動は慎むようにしたいのだけど。




『…最近ウチに来すぎじゃない』


「別に大丈夫でしょ。俺らイケメンじゃないからマスクして帽子かぶってりゃバレないバレない」


「ン〜?俺のフェイスはイケてるだろう?」


「は?お前の目は節穴かよ」


「…ン〜?」


「仮にバレてもさ、留衣がマネージャーなのは事実なんだから名刺見せれば平気でしょ。
誰かつけてきてたらマネージャーの家で飯食いながら打ち合わせってことにして帰るし」


『…一松、そのへんは頼もしいよね』


「ヒヒッ…そりゃあね。なんせ今が稼ぎ時ですから」


「悪い顔してるな…」




パーカーにジャージにマスク着用、とてもアイドルとは思えない格好の一松がニヤリと笑う。
同じくパーカーにデニムに帽子着用というシンプルな格好をしたカラ松がそれを見て苦笑いした。

「まだこの仕事やめらんないから」と呟き、一松が衣装の入ったカバンを持ち上げる。




「元ニートだから自力で就活とか無理だし、しばらく困らないくらいは金稼がないと。
僕がアイドル辞めるときは留衣とのスキャンダル発覚って決めてる」


「何!?俺も新聞の一面に“AQUAカラ様に熱愛報道!カラ松ガールズ大ショック!”って載る気満々なのに!」


「は?僕は留衣と二人で暮らしてるとこをマスコミに捕まる予定なんだから邪魔しないで」


「俺だって留衣と暮らしたい!!留衣!俺と共に暮らそう!!」


『…馬鹿なこと言ってないで行くよ。あと5分しかない。
分かってると思うけど、ここからは頼むね。“AQUAのお二人”?』


「「了解、マネージャー」」




瞬間、数秒前まで緩んでいた二人の顔が一気に引き締まる。
こういうところはさすがにアイドルだなあ、と。


限りなく一般人に近いアイドル二人を引き連れて、私は夜の街へと溶け込んだ。






ONOFF
アイドル⇔一般人


(夢を与える二人と、現実の二人)




END.