Melt

 



「ただいまー」




玄関先から声が聞こえる。

濃い色の肌に映えるブロンドの髪と、長身に似合うすらっとした細身のグレースーツ。公安警察というエリート集団の中でもトップクラスのエリートであるその人は、場に存在するだけで周囲がざわつく仕事の鬼。

しかしそれは、この家のドアが閉まると共に姿を消す。いや、正しくは。




『おかえり、零』


「沙月」


『こら、手くらい洗いなさい』




私が出迎えたと同時に、だろうか。

さっきまで公安のエリート降谷零だったのにほんの数秒でそれが崩れる。甘ったるい声で私を呼び、上着も脱がずに抱きついてくる。
擦り寄せられた頬はまだ冷たい。軽くたしなめると、「はぁい」とまた甘い声を出して洗面所に消えた。その間に預かった彼の荷物と上着を片付ける。
一人でなんでもできるその人は、この家限定でいろいろなものを放棄するのだ。




「洗ってきた」


『ん。ご飯とお風呂どっちが先?』


「沙月って書いただろ」


『だから、その後のことを……』




聞いてるのに、言葉の途中で手を引かれてソファに連れられる。どちらを先にするか帰り際にメールを送ったのに、返ってきたのは選択肢にない私の名前とハートマークだった。ベタな返事の仕方ではあるけど普通に困る。彼はあんまり分かっていないようだけど。

ソファに並んで腰かけて、そのまま流れるようにキス。ちゅう、と吸い付いてくる零の頭を撫でる。
何度か唇を重ねてる間に目がとろんとしてきて、キスの合間にそのタレ目にうっすらと残っている隈をなぞった。




「お腹が空いたから、ご飯にする」


『わかった』


「でもまだ、」




もうちょっと、と零が呟く。直後にちゅ、ちゅっと再び啄むようなキス。首の後ろに腕を回されたから私も彼の背中を抱きしめた。零の唇は柔らかいけど少しがさついていて、疲れてるんだなと察する。やなことでもあったの、と覗き込むと「ちょっと疲れちゃった」と言って彼は私の首元に顔を埋めた。




『今日は早めにご飯食べてお風呂入って、すぐに寝ようね』


「やだ…沙月と遊ぶ……」


『じゃあ、少しだけ遊んだら一緒に寝よう』


「うん……」




ぐりぐり頭を押し付けてくるから顔に髪の毛が当たってくすぐったい。よしよしと撫でたら静かになって、抱きついたまま「ふふ」と幸せそうに笑った。職場の人が見たらびっくりするだろうな。風見さんなんてひっくり返っちゃうかもしれない。降谷零の面影なんて、もうどこにもないんだから。


それでもこの人は、紛れもなくあの“降谷零”だ。




『零、わたしご飯の支度するね』


「うん。……ん」


『ん。…じゃ、ちょっとだけ待ってて』




キス待ち顔の零に軽く口付けてからキッチンに戻る。

甘やかしたら甘やかしただけワガママになるのは分かっている。だってそれが人間だし。
零の場合はもともとワガママで自分勝手だから、今後それに更に磨きがかかるだろう。

それでも辞める気は起きない。だってきっと、この人を甘やかすのはもう私くらいしか残っていないから。


冷蔵庫から取り出したサラダには、今日もこの人の好物がたくさん載っていた。





M e l t
(君は、君自身にも甘やかしてもらえないから)






END.



-------------------------------
人にあげたやつです。