今から浮気します。

 



『どうも。わたしだけど』


「ああ、入ってくれ」




ガチャリ。
とある場所にある、ごく普通のアパートのドアが開く。

中から顔を出したのは金髪で青目で色黒の、一見日本人には見えない背の高い男。
普段“安室透”と名乗っているその人は身分を隠しているが公安警察だ。

あまり物を置いていないシンプルな部屋に入ると、入口で待ち構えていた犬が大興奮といった様子で足元を駆け回った。




『あらハロちゃん、今日も元気ね』


「相変わらず沙月に懐いてるな…」




数回頭を撫でてから「また後でね」と声を掛けるが、言葉が伝わることはなく。
机に書類を広げている間も隣で尻尾を振り続け、椅子に腰を下ろすと膝に乗っかってきた。その様子に安室が苦笑し、私も釣られて苦笑する。話をするだけならこのままでも良いかと膝の上の温かいふわふわを放置して本題に入った。




「この前張ってた男の詳細が分かったって?」


『そう。犯人グループの目星も……』




書類を指さしながら昨日までに仕入れた情報の説明をする。
内容は、一週間前に安室から依頼されていた容疑者の身辺調査の結果。

一通り話し終える頃には三十分ほどの時間が経過していて、膝の上にいたハロは暇になったのか眠ってしまっていた。




「一週間でここまで調べ上げるとは…さすがだな」


『それはどうも。タイミングが良かっただけだけどね』


「報酬は後日改めて支払うよ。…それにしても」




ハロを起こさないように気をつけながら広げていた書類を片付ける。
話しかけられてふと安室を見上げれば、彼が机の上に置いてあった私のスマホに目を移したのが分かった。




「待受……またそいつなのか?」




呆れた様子の彼は視線だけで訴える。“そいつ”とは、私のスマホのロック画面に設定してある人物のこと。通知のタイミングで画面が明るくなったのを見ていたのだろう。

全身を白で統一した衣装に、一際目立つマントとシルクハット。特徴的なモノクルを着けたその人物は世間では名の知れている人だ。




『良いじゃない、好きなんだから』


「仮にもキミは公安の協力者なんだから…わざわざ犯罪者を待受にしなくても」


『協力者になる前からわたしの待受はキッド様よ』




“キッド様”もとい“怪盗キッド”。
必ず事前に予告状を送り付け、その上で厳重な警備を潜り抜けて獲物を盗み出す彼を民衆はそう呼んでいる。

安室は自分が警察故に彼を毛嫌いするが、キッド様は他の犯罪者とは少し違う。彼の盗んだ物は今のところ全て返却されているのだ。ただの泥棒ではない。もちろん、犯罪者には変わりないだろうが。
盗んでは返すを繰り返している怪盗キッドの目的が何なのかは分からないが、その鮮やかな手口とハットから覗く綺麗な顔立ちから彼のファンは多い。私もその一人だ。




「もう何年もそいつだろ?いい加減飽きないのか?」


『飽きる……ねえ。あんまり考えたことないかな』


「…ふぅん。一途なんだな」




いつの間にやら起きたハロが膝の上で「ワン」と元気に鳴いた。ついでなので画面のキッド様を見せ、「カッコイイでしょ?」と聞いてみる。そうしたらまた「ワン」と吠えたので、たくさん頭を撫でてあげた。

ファンになりたてというわけでもないから最初みたいな目に見えた熱はないが、好きでいることには変わらない。スマホの待受ということもあってもはや生活の一部みたいなものだ。
ただ、“一途”という言われ方をされると微妙なところはある。




『どうだろうね。
実際会ったことないし、好きだけど結婚したいみたいに思ってるわけじゃないから…思ってないわけでもないけど…』


「現実的じゃないって言いたいんだろ?」


『そ。アイドルみたいなものでしょ、キッド様って』


「じゃあ浮気はOKなんだ」


『浮気…そういう意味だとしたい相手がいないだけかもね……』




元々芸能人や有名人に興味があるわけではないから、キッド様を好きになったのは偶然。ネットで見かけた写真が私の好みだったのがきっかけで画像を集め、今では趣味で彼の出ている記事を切り抜いている。熱狂的なファンかと言われるとそれも微妙だが、話題になったから追いかけてるだけのミーハーよりはファンであると思う。
一途か浮気症かで考えれば前者かもしれないが、単純にここ数年でキッド様以上に気になる人がいないだけかもしれない。安室に言われてそんなことを考える。




「…してみる気はない?」


『え、浮気を?』


「そう。相手がいないなら……例えば、僕とか」




ぱちり。唐突にそんなことを言い始める安室に目を瞬かせる。


浮気?私がキッド様から、安室に?




『…安室のファンになれってこと?』


「いやそうじゃなくて…。……お前に限って言わないと分からないなんてことはないよな?」


『え、でも…だってそんな……そんなことってある?』




まさか安室が。言われないと分からないほど子供でもないが、分かったところで信じられるかは別の問題。
そもそも安室の協力者になったのはもう何年か前の話だし、今更そんな話が浮上するような仲だとは思えない。




『な、なんで突然?わたし何かした…?』


「別に何もしてないよ。沙月はいつも通り良い働きをしてる…それだけだ」


『ならなんで…』


「こうでも言わないといつまで経ってもお前が待受をその男から変えてくれそうにないからな」




珍しく不貞腐れている様子の安室は相当待受のキッド様が気に食わないようだった。今までも何回か注意を受けたことはあったけど、単純に警察側の人間が犯罪者を褒めるようなことをするなという意味だとしか受け取っていなかった。
仮に本気でキッド様から他に変えて欲しいにしても、冗談で安室がこんな発言をするとは思えない。あの安室が協力者に待受を変えて欲しいくらいで“僕に浮気しろ”なんて言うわけがない。つまり待受の件は建前であって、そのまま言葉通りに受け取って良いのならそういうわけで。




『あ、安室ってほんとに彼女いなかったんだ…?』


「いないって言ってるだろ…立場上作る気もないし……」


『それって浮気したところでわたしが損するだけなんじゃ…』


「付き合ってるって公言しなければ問題ない。今だってこうして僕の家にいるんだから、仕事だろうがプライベートだろうが結果は同じだ」


『…浮気ってされて嬉しいもの?』


「人によるんじゃないか。嬉しい人もいれば浮気っていう行為自体を許せない人もいるだろうし……少なくとも僕は、沙月がそいつから僕に変えてくれるなら嬉しいけど?」


『でも浮気したっていう前例が…』


「その後させなきゃいいだけだ」




安室から発せられる不穏な空気を感じ取ったのか、膝の上にいたハロが勢いよく隣の部屋へ走り去ってしまった。待って、今のこの人相手に一人にしないで欲しい。

今まで安室と築き上げたものが脳内にぶわっと蘇る。安室と初めて会った日、協力者としてスカウトされた日、初めて仕事で組んだ日。表向きの誰からも好かれる“安室透”と、素の顔である強引でわがままでそれでいて完璧な“降谷零”の差を知ったあの日。公安警察と協力者という、遠いようで近いような曖昧な人間関係を続ける毎日。

安室のことが好きかと言われれば答えは出ているつもりだが、この人があまりにも完璧な人間であることは思い知らされているので正直恐れ多いとしか言えない。だからこそとても信じられないし、それ以外にも立場とか周りの目とか余計なことを色々と考えてしまう。


なんと答えればいいか迷っていることを察したのか見かねたのか、目の前の安室は机をバンと叩くと椅子から立ち上がった。




「――ああもう、じれったい!
返事に関係なく今後の関係は保証するから、沙月は僕に浮気するのかしないのか、どっちだ!?」


『……さ、させて頂きます…』




見上げた彼は“安室透”としては有り得ない怖い顔。
こんな顔ポアロでさせたらきっとお客さんが全員二度見するくらいびっくりするんだろうなと、なんとか喉の奥から返事を絞り出しながらそんなことを他人事のように考えていた。






今から浮気します。


(待受は僕が写真NGだから…そうだな、ハロにしよう)
(ハロちゃん、さっきの音で怯えてるけど……)





END.




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ふるやさんからのリプライをネタにしました。
ありがとうふるやさん…ごめんなさいふるやさん……