燃やせないラブレター





「好きになっても良いですか?」




そう沙月に告げたのは、親友が死んでから丸3年経った頃だった。


彼女に初めて会ったのは警察学校を卒業する数ヶ月前。
もともとヒロと仲が良かった子で、ヒロから話だけは聞いていた。彼は「ご近所さん」としか言わなかった上に随分と仲が良さそうな言い回しだったから、まさか女の子だとは思っていなかったけれど。

彼女は本当にヒロと仲が良くて、年上の彼のことをよく慕っていた。
なんでもヒロと同じ仕事をしたくて自分も警察官になったらしい。所属は違ったが、同じ職に就いた二人は仕事仲間としても良い関係に見えた。


ヒロからの紹介で彼女を知って、気さくな彼女はヒロだけでなく周りのみんなとも仲良くなって。
その輪の中にいた自分も例外ではない、と思う。




「……」




今でも時々訪れるビルの屋上。
ここに来て思い浮かぶのは、いつだって助けられなかった親友の最期。

忘れられない。忘れられるはずがない。




「お前はきっと…怒るだろうなあ……」




俺の彼女を横取りしようとするなんて、って。


付き合っているという話は聞かなかったが似たようなものだった。
沙月はいろんな人と仲良くなれるタイプだったけど、いつだってあいつとは距離感が違った。

電話番号を知っているのはヒロだけ。
彼女の家を知っているのもヒロだけ。
タメ口を使うのもヒロにだけ。

知り合ってから積み上げてきたものが違った。僕は、滅多に目すら合わせてもらえなかった。


沙月を好きだと思ったのはいつ頃だっただろう。
少なくともまだ同期が全員揃っていた頃だ。彼らの沙月への視線が気になっていた時期が確かにあったから。
年下の、明るくて可愛くて警察の事情も汲んでくれる彼女は、間違いなく僕らの“癒し”だった。


やがて時は流れ、仕事中に萩原が死んで、その数年後に松田が死んで。
そしてヒロが死んでから、優しい彼女は僕のことを前よりもずっと気にかけてくれた。僕がそうだったように、彼女も僕がヒロと仲が良かったことを知っていたから。

沙月からヒロを奪ったのは、僕同然だったのに。




「これじゃあ、ただの抜け駆けだよな……」




誰もいない屋上でひとり呟く。


彼を守れなかったと伝えたあの日、泣き崩れてもなお「謝らないでください」「降谷さんは悪くないです」と言い続けてくれた彼女。
大好きなヒロを失って悲しくて辛かっただろうに、それでも僕のことを気遣ってくれる姿にいたたまれなくなって。思わず駆け寄って抱き締めて、ヒロの代わりにこの子は僕が守り抜かなければと、そう強く思った。…思ったのに。

「守る」ことを理由に、僕はヒロの居なくなった世界で彼女に近付いた。
守るためには傍に居なくてはならないと言って、僕は沙月との距離を急激に詰めた。
建前じゃなく、本当に守るためだったにしてもずるいと思った。今もヒロが居たら絶対にここまで近付けていない。


そしてこの前伝えたのが、告白と言えるのかも分からない曖昧なあの言葉で。




「ごめん。これでも一応、お前が生きてた頃からずっと沙月が好きだったから…。
沙月はヒロのことが大好きだし、それはこの先も変わらないと思うけど……生きてるうちに気持ちだけは伝えておきたいって、思っちゃったんだ」




俺もいつ、後を追うか分からないから。

つい最近聞いた班長の訃報を思い返す。同じ時を過ごした仲間がみんな先立ってしまった。
そこにヒロの3回目の命日が重なって、つい出てきたのがあの言葉だったのだと思う。


あの場に居ながらヒロを助けられなかった僕が、
彼を大好きだった沙月に向かって「好き」だなんて、一体どの口が言うんだろうって。
あれから考えない日はないけど、でも、




「……、ごめん」




――それでもやっぱり、どうしても好きなんだ。

もう血の跡も残っていない石の壁に項垂れる。沙月にも、ヒロにも、懺悔と後悔の入り混じった言葉しか吐けない。
好きな人に好きだと伝えたいだけなのに、今となっては好きになることすら許してもらえない気がして。振り絞ったのがあの言葉だった。
あの時僕が間に合っていれば、違う未来があったかもしれないのに。


誰もいない屋上で、風の音だけが虚しく響いていた。











END.