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『遅くなってごめんなさい』
もう3年。あれから3年も経った。
『話したいことがたくさんあるの…』
――今まで来れなくてごめんなさい。
何もない、ただの石の壁に向かって深く頭を下げる。
もう二度と会えないことを認めるのが怖くて、ここに来ることをずっと避けていた。
彼が死んだなんて今でも信じられなくて、いつかどこかでふらっと会える気がして。現実逃避だと分かっていたけど今の今まで目を背けていた。
でもいい加減、私も先に進まなくてはならない。
ヒロくんが最終的にどうなったかは聞かなかった。
彼は同じ警察である私にも所属を教えてくれなかったから、きっと私は頼んでも葬儀に出れる立場ではなかったのだと思う。仮に出れたとしても精神的に堪えられなかったかもしれない。
ヒロくんのお墓が何処にあるかも未だに知らないし、聞く気がないし、私の携帯には彼の連絡先が当たり前のように入っている。
そうやって実感のないまま、
ただただ仲良くしていた友達が一人、私の生きているこの世界から忽然と姿を消したらしい事実だけが残った。
『…これ、良かったら』
“感謝が伝わるような大きな花束を”
そうオーダーして作られたのはピンクのバラをたくさん使った豪華な花束だった。両手でそんなものを抱えながら特別何かがあるわけでもないビルの屋上を目指す私を、入口にいた警備員さんは不思議そうな顔をして見ていた。
もう何の痕跡も残っていない“その場所”に花束を置く。彼が亡くなったこと以外で唯一知っている情報。
ありがとうもサヨナラも言えないまま別れることになったことを後悔していた。だからせめて、これくらいは。
『わたし、警察辞めないから。
ヒロくんのこと思い出して辛いこともあるけど、辞めないから』
中学生の頃、ストーカーに悩まされていた自分を救ってくれたのが彼だった。
たまたま近所に住んでいて、でも私とは別の中学に通っていた彼。それまで知り合いでも何でもなかったのに私のことを助けてくれた。
「偶然だけど力になれて良かった」って、優しく笑い掛けてくれたことを今でもはっきり覚えている。
それ以来ヒロくんは私の憧れの人で、正義感の強い彼みたいに私もなりたくて。彼の夢が警察官だと知ってから同じ夢を追いかけた。
彼が警察になった数年後、私も無事に合格して親の次にヒロくんに知らせに行った。まるで自分のことのように喜んでくれた。
そんな彼が突然、お互いの夢だった警察の仕事で亡くなった。
いや、亡くなった“らしい”と言った方が正しいのかもしれない。彼は前に警察を辞めたと言っていたから。
あれだけ警察になるために一生懸命頑張っていたから、「辞めた」の真意についてはなんとなく察しが付いている。
彼がある日を境に疎遠になったことも、同じく警察を辞めたと言っていた彼の同期である降谷さんから訃報を聞かされたことも、私の予想が正しければ説明がつく。
『伊達さんも…この前、交通事故で……。
こっちにはもう降谷さんしかいないよ。でもそっちは賑やかになってるのかな…?』
ヒロくんに紹介してもらった警察学校の友人達。みんな良い人ばかりで、随分と仲良くしてもらった。
今後もずっとそうだと思ってたのにな。いかにこの世界が死と隣り合わせであるかを思い知らされた。
『まさかわたしと降谷さんだけが残るなんてね。
ヒロくんが言ってたこと、この前から何度も頭の中でぐるぐるしてるんだ……』
言われたのは、もう何年も前なのにね。
――カン、カン。
靴底が金属を叩く音が風に乗って聞こえてくる。
特別速くも遅くもないその心地よいテンポは、この3年の間に隣で何度も耳にした。
気配がすぐ後ろまで迫っているのを感じて立ち上がる。
だんだんと大きくなる足音に合わせて、鼓動が速まっていくのがわかった。