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『珍しく弱ってると思ったら…』
安室に呼び出された先は、都内にあるホテルの一室だった。
仕事の関係上お互い常に忙しい身、アポなしの呼び出しなんていつぶりにされただろう。
ベッドに横たわるその男を近くにあった椅子に腰掛けながら見下ろす。
『どうやったらそういうことになるわけ?』
「……飲んだ酒に…変な薬が…」
『そんなの見れば分かるわよ…』
電話越しの掠れた声を聞けば様子がおかしいことくらいすぐ分かる。
溜め息を吐きながらそう言ったら、「それで気付けるのは貴方くらいですよ」と笑われた。
「他の人だったらまず驚くのに……貴方ときたら…最初から顔色一つ変えず…」
『…無理して喋んなくていいから。水でも持ってくる?』
「……頼みます」
ベッドで荒く息をするその人は、普段からは考えられない状態だった。
安室透。ざっくり言えば仕事仲間。
頭が良くて運動神経も抜群の万能人間。過去に同じ仕事をしてからこの人には度々呼び出される。
銃の腕前と小回りの利くところが気に入ったとか。それは別にいいのだけど、まさかこんな用事で呼び出されるとは思っていなかった。
『気分はどう?』
「…最悪」
「あんまり近付かない方が良い」と呟いた彼の目は眠そうにも見えた。
話を聞いたところ、調査対象の女性を尾けていた先の店でやられたらしい。
出された酒に変な薬が混ざっていた。直接その女性から受け取ったものではないから、店自体か店員ごとグルだったと。
滅多にヘマをしない男だから、相手方も相当な人物だと窺える。
『まあ、毒入りじゃなくて良かったんじゃない』
「向こうも僕の情報が欲しいだろうから…殺すことは……」
『…だからって媚薬って。今時そんなハニートラップある?』
「ハニーなんて…」
『そこに置いてあった写真、調査対象の人でしょ?すっごい美人。わたしは好みだったけど。
……ねえ、本当に大丈夫?』
「はぁ…っ」
喋ってる間に息がどんどん荒くなっていく。返事も途切れ途切れ。
顔が真っ赤なので額に手を当ててみたら、かなり大袈裟にびくりとした。
『しんどいなら一回抜いてきたら?
お風呂場もあることだし』
「…、…そうする…」
『起き上がれる?』
「動くのは…そこそこ……」
ゆるゆると上半身を起こした安室は見るからにぼんやりしていた。
薬のせいで頭がぼうっとするのだろう。全ての動作が遅いし鈍い。
これがあの安室透で降谷零だなんてにわかには信じがたい。弱っていること自体珍しいが、ここまで弱っているのは初めて見た。
何でもこなす超人ではあるけど所詮は人間、薬にはさすがに勝てないか。
本人は嫌がっていたが、しばらくしてこれ以上症状が悪化するなら病院も視野に入れなければ。
そんなことを考えながら傍で様子を見守っていると、不意に名前を呼ばれた。
『…え、なに?』
「ごめん」
突然こちらに寄りかかってくる彼。
状況がよく分からずただただ瞬きしていると、弱々しい力で抱き寄せられた。
「…感覚で、そっちの薬って分かったとき。
このままだと何するか分からない、誰か呼ばないとって思って。
でも、こんなとこ見られるって思ったら…部下も同僚も気まずくて……間違っても風見なんて呼べないし…」
『まあ、それはね』
「それで…事情話せる中で探したら……沙月しかいなくて。
女性をこんなことで呼び出すなんて、それこそまずいけど…沙月なら……ホラ、万が一があっても力ずくで逃げ出せるでしょう?」
『そんなことがあれば間違いなく二度と使い物にならなくしてから逃げるわ』
「ハハ…」
すぐ横から乾いた笑いが聞こえる。
視界には後頭部のブロンドの髪しか映らなかったけど、引き攣った顔してるんだろうなっていうのは何となく分かった。
「…気持ち悪いだろ?巻き込んで、本当にごめん」
『ごめんと言いながら抱きついてることには目を瞑ってあげるから、早くお風呂場行ったら?苦しいんでしょ?』
「……、うん、ごめん」
重力のままに体重が乗っかってくる。安室は見た目の割に筋肉ついてるから、正直、重い。
言う割に離してくれそうにないから仕方なく頭を撫でてあげたら、縋るように力を込められた。
「……。
今なら…好きって言っても薬のせいにできるかなって……思うくらいには、どうかしてる」
『…どうかしてるわね。さ、早く行ってらっしゃい』
「……。敵わないな」
ようやく離れた安室が目の前で諦めたような顔で笑う。
ふらふら洗面所に消えていくのを、彼の体温の残るベッドから見送った。
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